史上最高のヒット『鳴梁』に湧いた2014年の韓国映画界――韓国映画動員ランキングトップ30
日本に迫る韓国映画市場
まだ発表されませんが、2014年の日本の映画市場は『アナと雪の女王』の効果もあり、その前の3年間よりもやや持ち直した結果となりそうです。では、おとなりの韓国はどうなのでしょうか。
まず押さえておきたいのは、近年の韓国映画市場はとても活性化しているという事実です。2014年の総興行収入は1兆6641億6819万ウォン(約1830億円/1ウォン:0.11円)となり、過去最高を記録しました。2013年の日本の総興行収入が1942億円だったことを考えると、それがいかに大きな数字かわかると思います。
韓国の人口は日本の40%ほどの約5000万人であるにもかかわらず、映画市場は日本と比肩するほどに成長しているのです。しかも、韓国の映画入場料金は7738ウォン(約851円)ほど。日本は約1250円ですから、入場者数はとても多いわけです。
こうした日本と韓国の映画人口を比較したのが、以下のグラフです。
韓国では一昨年はじめて入場者数が2億人台を突破し、昨年はわずかながらそれを上回りました。4年前の2011年には日本の映画人口を抜いていたのですが、それからさらに伸長しているのです。国民ひとりあたりの映画館における観賞回数は4回を超え、世界でトップだと見られています。
ブロックバスター時代劇の大ヒット
では、こうした韓国では昨年どのような映画が観られたのでしょうか? 入場者数トップ30作品のランキングが以下となります。
トップの『鳴梁(ミョンリャン) 渦巻く海』は、09年に公開された『アバター』を抜き、韓国映画史上最高の1761万を動員しました。興行収入では1357億ウォン(約149億円)の大ヒットです。このヒットには理由があります。この映画は、1597年の豊臣秀吉による慶長の役(朝鮮侵略戦争)において日本軍を撃退した李舜臣(イ・スンシン)を描いた映画だったからです。つまり、韓国の歴史的英雄を描いたわけです。なお、タイトルにもなっている「鳴梁」とは韓国南西部の海峡の名前で、朝鮮軍と日本軍が海上で戦火を交えたところです。
この『鳴梁』ですが、その出来については韓国国内でも賛否はさまざまです。ここまでヒットすればどうしても騒がれるのですが(否定的な反応も含めて大ヒットの証です)、私の友人の韓国人2名がともに言っていたのは「映画として、あまり出来は良くない」ということでした。監督のキム・ハンミンは、『神弓-KAMIYUMI-』という弓矢をメインとした斬新なアクション時代劇を撮ったひとなのですが、『鳴梁』はどうも全体の構成がイマイチのようです。なお、日本では劇場公開されるかどうかはまだわかりません。さすがにビデオは出るとは思いますが。
さて、そこからランキングを下っていくと、ひとつ見えてくるのは時代劇の強さでしょうか。『鳴梁』以外にも、4位の『海賊:海に行った山賊』、9位の『群盗:民乱の時代』、16位『王の涙 -イ・サンの決断-』と上位にランクインしています。これは数年前からの傾向ですが、昨年もそれが継続した状況だったと言えます。時代劇はアクションシーンを盛り込みやすいのと同時に、設定をアレンジしやすいのが特徴です。いわば、ファンタジーのように扱えるわけです。また、時代劇では必ず主演男優がその肉体美を見せることもあり、女性客にも受けが良いようです。
それ以外では、ノ・ムヒョン大統領の弁護士を描いた『弁護人』や老夫婦のドキュメンタリー映画『あなた、その川を渡らないで』など、韓国社会を描いた作品がしっかりランクインしています。なかでも、年末に公開され現在も大ヒットを続けている『国際市場』は、注目すべき作品かもしれません。これは朝鮮戦争終了後から釜山の市場で働く男性とその家族の人生を描いた物語のようで、韓国版『ALWAYS 三丁目の夕日』的といった喩え方をするひともいるようです。なお、主演のファン・ジョンミン(貴乃花似)は昨年日本で公開された『新しき世界』などヒット作に出演している実力派の俳優です。
さて、もうひとつだけ紹介しておくなら、25位の『私の愛、私の花嫁』でしょうか。恋愛コメディ映画のようですが、この映画のヒロインを務めるのは、『GO GO 70s』やテレビドラマ『僕の彼女は九尾狐〈クミホ〉』などで知られるシン・ミナです。私が韓国の女優でもっとも好きなひとですので、この映画もオススメです(観てないけど)。
『アナと雪の女王』は韓国でも大ヒット
一方、外国映画も韓国では順調にヒットしております。昨年の全体に占めるシェアは49.9%とほぼ半分です。なかでも、『アナと雪の女王』は大ヒットをしました。興行収入ベースでは、北米、日本に次いで世界で3番目のヒットです。日本と韓国で『アナと雪の女王』が大ヒットするのは、やはり興味深い現象です。この両国は、先進国のなかでも女性の高学歴率が高く、同時に社会進出率が低いからです。
また上位には日本でもすでに公開されたハリウッドのブロックバスターが並んでいるのですが、20位以下にはまだ日本で公開されていない作品がふたつランクインしています。
ひとつが、日本では2月7日に公開されるキーラ・ナイトレイ主演の『はじまりのうた』です。韓国では、8月13日の公開から1ヶ月半後にピークが来る興行となったようですが、北米でも口コミで評判を呼んでヒットした音楽映画のようです。日本では全国5スクリーンのスタートですが、もしかしたら口コミ拡がるで可能性を秘めた作品だと言えるでしょう。
もうひとつは、ティーン向け小説を映画化した『ザ・メイズ・ランナー』です。メイズ=迷路にティーンの若者たちがなぜか送り込まれるというSF映画のようですが、予告を観るかぎり、『CUBE』や『ハンガー・ゲーム』を連想させる雰囲気ですね。この映画も日本では年内に公開予定です。
大ヒットの一極集中傾向
さて、こうした韓国映画界にも問題がないわけではありません。なかでも大きいのは、大ヒットへの一極集中です。韓国映画市場では、ランキング10位までの累計興行収入が総興行収入の37.9%を占めます。日本が28.4%(2013年)、北米が24.7%なのと比べるとかなり偏りが際立っていると言えます。
これはやはりシネコンの影響が大きいと思われます。韓国の主要シネコンチェーンは、CGV、ロッテシネマ、メガボックスですが、この3つだけで全2559スクリーン数のうち約95%を占めます。こうなると、インディペンデント系映画や低予算作品はかなり不利になります。3年前にはこうした状況に抗議するために、キム・ギドク監督が『嘆きのピエタ』を1ヶ月で上映終了するという出来事もありました。韓国には国際的にも評価の高いホン・サンス(『ハハハ』など)のような監督もいますが、そうした存在はかなり隅に追いやられているということです。
中国へ積極進出する韓国映画界
最後に、映画興行から離れて海外進出する韓国映画について少し触れておきます。
昨年から一昨年にかけて、国際的にも評価の高い3人の監督が、ハリウッドで映画を撮りました。パク・チャヌクの『イノセント・ガーデン』、キム・ジウンの『ラストスタンド』、そしてポン・ジュノの『スノーピアサー』です。製作費を踏まえるとそれぞれ芳しい結果とは言えませんが、作品の出来では監督たちの実力をハリウッドに知らしめる内容になりました。
『スノーピアサー』は韓国の大手映画会社・CJエンタテインメントが主導となって創ったものですが、韓国資本でハリウッドに進出する例では日本でも2月に公開されるアニメ『ナッツジョブ サーリー&バディのピーナッツ大作戦!』があります。全世界で1億1300万ドルのヒットとなっており、採算分岐点を超えそうです。
ただ、現在の韓国映画界がハリウッド以上に重視しているのは、中国の映画市場です。一昨年、韓国資本・韓国スタッフ・中華圏俳優で創られた『最後の晩餐』が中国でヒットし、昨年は韓国のリアリティ番組の中国版映画化『パパ、どこ行くの?』が1億1187万ドル (約130億円)の大ヒットとなりました。今年に入ってからも、昨年韓国で大ヒットとなった『怪しい彼女』の中国版『重返20歳』が公開4日間で興行収入約23億円の大ヒットとなっています。
韓国と中国の連携は、今後さらに増えると予想されます。昨年夏、韓国と中国の両政府は「映画共同製作に関する協定」を結びました。中国は文化保護政策として映画を輸入制限していますが、この協定は韓中合作映画であれば外国映画としてカウントしないというものです。少女時代のユナも韓中合作映画『再見、阿尼(さよなら、アニー)』で映画デビューが決まりましたが、そこにはこうした政府のバックアップがあるのです。
これまで映画に限らず韓流ドラマやK-POPなどで、韓国政府が積極的に海外進出をしてきたのは周知の通りです。内需が限られている韓国において、外需を獲得するためのソフトパワー戦略は必須のことと捉えられているわけです。さらに韓国政府は、中国向けコンテンツ輸出を2017年までに40億ドルに拡大する目標を設定したほどです。
翻って日本とは言うと、政治的な関係悪化もあり中国へのコンテンツ輸出はなかなか進まないのが実状です。映画市場も自閉的な傾向が続いています。
こうした韓国映画界ととても差がついているなぁと個人的に実感するのは、業界団体のホームページを見るときです。韓国は政府が関与していることもあり、KOFIC(韓国映画振興委員会)の統計は一日単位で全国集計されたデータが公開されますが、日本映画製作者連盟(映連)は一年単位でざっくりした数字しか明らかにしません。さらに映連ホームページには、作品名にミスがあったり、あるはずの作品(『マルサの女2』)が載っていないなど(たとえば1989年のページ)、かなり恥ずかしい状態が続いています。日本は、アメリカと中国に次いで世界で3番目に大きな映画市場ですが、その業界団体がこの体たらくなのです。こんなことでは、日本映画界が市場規模でも韓国に追い抜かれるのは数年後のことになるでしょう。