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安倍元首相銃撃事件で拡散する「統一教会陰謀論」に警戒を

辻田真佐憲評論家・近現代史研究者
(写真:つのだよしお/アフロ)

 安倍晋三元首相の衝撃的な銃撃事件より、明日でちょうど1週間になる。すでにさまざまな憶測が飛び交っているが、論拠があいまいな「陰謀論」も散見される。もういちど、情報を冷静に見極めなければならない。

■そもそも統一教会とは

 この間、急速に注目を集めているのが統一教会(現在の名称は世界平和統一家庭連合だが、以下、旧称を用いる)である。

 各種の報道によれば、実行犯は、家庭の事情から統一教会に深い恨みを抱き、その広告塔とみなした安倍氏を銃撃したとされる。

 統一教会は、1954年に韓国で文鮮明(1920〜2012年)によって設立された。キリスト教系の新宗教で、人類の血はサタンとエバの不倫により汚されたので、再臨のキリストである文鮮明によって清められなければならないなどと主張している。

 日本には、1958年に伝わった。正体を隠した勧誘活動や、霊感商法による高額商品の売りつけなど、たびたび社会問題となっていたことは、あらためて指摘するまでもない。

■日本はエバ国家、韓国はアダム国家

 統一教会は、まことに節操がない宗教でもある。「勝共」(共産主義に勝つ)を掲げるいっぽうで、文鮮明が金日成に会談し、北朝鮮に接近してもいる。

 日本における活動も同じだ。

 1968年、国際勝共連合をつくって自民党の政治家と親密な関係を築いておきながら、日本を「エバ国家」(韓国を植民地化した、エバに比すべき邪悪な国家)とみなし、「アダム国家」たる韓国に奉仕するべきだとして、活動資金を吸い上げる対象にもしてきた。

 日本はエバ国家とされ、(中略)エバはアダムを堕落させたものゆえに、アダムに侍ることが教義上求められる。そのために、1970年代以降、日本における資金調達は熾烈さを極め、1980年代に入って、霊感商法等の経済活動を展開するに至った。

櫻井義秀、中西尋子『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』、94ページ。漢数字はアラビア数字に直した。

 悪名高い霊感商法の背景には、かかる思想が存在していたのだ。

■勝共連合と岸信介

 現在、注目を集めているのがとくに勝共連合の歴史である。

 文鮮明は1967年に来日。笹川良一ら日本の右翼活動家と「第1回アジア反共連盟結成準備会」を開いた。これがきっかけとなり、笹川が岸信介元首相を紹介し、翌年の勝共連合結成へとつながった。

 統一教会はここから日本の右翼や宗教界を巻き込んで、活発に行動をはじめる。1970年、統一教会の幹部が議長を務めるWACL(ワールド・アンチ・コミュニズム・リーダー)の世界大会が武道館で開かれ、笹川が大会総裁、岸が大会推進委員長になった。

 推薦団体には神社本庁、賛同団体には自衛隊友の会も含まれたという(藤田庄市「日本における統一教会の活動とその問題点」)。

 当時、共産主義は世界的な脅威だったので、宗教宗派を超えて大同団結が行われたというわけである。その後も、紆余曲折ありつつも、統一教会と自民党を中心とする国会議員との間でさまざまな関係がつづいていることは、さきの藤田論文に詳しい。

■統一教会との関係はどこまで明らかなのか?

 このようなところから、巷間、自民党と統一教会の関係が「ズブズブ」だとする指摘が広がっている。

 だが、ここでいう「ズブズブ」とはなにを意味するのか。

 自民党国会議員の何%が統一教会と関係があるのか。その関係とは、講演、寄稿、献金、選挙応援などなにを指すのか。献金のばあい、どれくらいの額なのか。政治家の秘書に統一教会の関係者が入り込んでいると言われるが、それは何人なのか――。

 このような全体像はいまだ完全に明らかではない。

 また安倍氏は岸信介の孫だが、だからといって別人格であることはいうまでもないだろう。

 統一教会は前述のような問題のある宗教なので、政治家はみな手を切るべきだと筆者は考える。ただ、そのためにネット上の安易な政治的動員に乗る必要はない。

 大きな事件のあとだけに、細やかに考えなければならない。

 統一教会の元信者でもある、哲学・思想史研究者の仲正昌樹のことばをここに引いておこう。

 彼ら(引用者註、勝共連合などに加わった人々)の多くは、文教祖の反共主義に共鳴して、大同団結した人々なので、かならずしも宗教的な信仰によって結びついていない。(中略)天皇中心主義的な右派の人が、天皇を超える存在として文教祖を受けいれるはずはない。また、偉い学者や著名なジャーナリストは、そう簡単に特定の宗教、しかも特定の人物をメシアとみなす宗教に帰依したりしない。しかし、そのへんのことを考えないで、勝共連合に関わっている政治家などがすべて統一教会の信者であるがごとき雑な“評論”をする人がいるので、話が混乱する。

『統一教会と私』、電子版より引用。

■統一教会は「反日宗教」になる?

 また、イデオロギーにおける影響関係も未解明である。

 家父長制、家族観がそうだというが、それは神社業界の影響かもしれない。そもそも支持されているからといって、イデオロギーに影響されるとは限らない。そんなことは、自民党と公明党(その支持母体たる創価学会)の関係を考えれば明らかだ。

 もっといえば、自民党の政治家はそこまでイデオロギーに詳らかなのか。

 森友学園問題のとき、幾人かの政治家が教育勅語を再評価しながら、その内容を聞かれて、まともに回答できなかった。遥かに大きな組織を誇る神社業界の推す文書ですらこれである。ましていわんや、皆が皆、統一教会の教義をまじめに勉強しているわけがない。大部分は、集票先として利用していたにすぎないのではないか。

 今後、先述の「エバ国家」の部分をつらまえて、統一教会を「反日宗教」などと批判する動きも保守界隈から出てくることも予想される。そうすると、統一教会はあっさりと切り捨てられるかもしれない。たかが数万人規模の宗教のため、圧倒的に多くの国民から信頼を失っては意味がないからだ。

■ひとつのキーワードで説明は危険

 ひとつのキーワードで、あれもこれも説明しようとするのは、陰謀論のきわだった特徴である。保守派の好きな「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)が悪い」もそうだし、リベラル派の好きな「日本会議が悪い」もそうだ。

 いうまでもなく現実は複雑であって、ひとつのキーワードであれもこれも説明できるわけがない。

 だいたい統一教会の歴史にせよ、勝共連合と岸信介の関係にせよ、今回はじめて知ったものも多いのではないか。そういうときほど、「目からうろこ!」「こんな事実が隠されていた!」「そうだったのか!」と陰謀論にハマりやすい。

 最後にもういちど繰り返しておく。事件の発生から一週間ぐらいしかたっていない。ここで事件の全容がわかるはずがない。これをきっかけに「気に入らない人間や勢力を叩いてやろう」と大騒ぎしているものにも警戒しなければならない。

興奮状態にあるネット上の空気に惑わされず、冷静に情報を見極め、安易な情報発信は慎むべきだ。

※16時35分、仲正氏のことばを追記しました。

評論家・近現代史研究者

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

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