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日本人は「SNS戦争」に乗る必要はない。ゼレンスキー演説を前に心がけたいこと

辻田真佐憲評論家・近現代史研究者
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

本日午後6時より、日本の国会で、ウクライナのゼレンスキー大統領のオンライン演説が行われる。すでに演説が行われたイギリス、アメリカ、ドイツなどでは、第二次世界大戦の歴史などがたくみに参照され、大きな反響を巻き起こした。

日本でもなにがどのように参照されるのか、注目が集まっている。三国干渉、日露戦争、ソ連の対日参戦、シベリア抑留、あるいは広島・長崎への原爆投下――。こういう話題自体がすでに相手の空気に飲まれているともいえる。

だからこそ事前に筆者が強調しておきたいのは、感情的な動員に巻き込まれてはならないということだ。日本は第三国としてあくまで理性的に、これまでどおり、ロシアに侵略されたウクライナにたいして必要な支援をすればいいのであって、それ以上でもそれ以下でもない。

まして、われわれの社会で暮らすロシア人へのヘイト行為など、極端な言動に走るのは厳に慎まなければならない。

■ゼレンスキー大統領の振る舞いは当然だが……

まず、具体的に気をつけたいのは、ロシアを悪魔化しないということである。

モスクワを占領し、ロシアを全面降伏に追い込むまで、核戦争も辞さない――、というならば話はべつだが、この戦争はどこかで和平しなければならない。

そのとき、ロシアを悪魔化していると交渉や妥協ができない。悪魔は殲滅するしかないからだ。これは、第三国が仲介をするばあいにも当てはまる。ロシアが侵略戦争をしかけた加害者なのは自明なものの、かれらも同じ人間であり、コミュニケーション可能であるという点を忘れてはならない。

また、ロシア側に正義はないとしても、「正義と思い込んでいるもの」はある。いかに納得できなくても、その理屈を理解できなければ、うまく話し合いもできない。それゆえ狂人扱いも慎まなければならない。

それは裏を返せば、ウクライナを完全無欠な正義として扱ってはならないということを意味する。いかに被害者だからといって、戦時下の国家のことなのだから、自分たちに都合のいい情報発信もすれば、第三国の国民を過剰に煽ったりもするだろう。

それなのに、完全無欠な正義だと思い込むと、思わぬ反動も起こりうる。たとえば、正義と信じていたがゆえに、少しでも瑕疵が見つかると、「裏切られた!」となりかねない。場合によっては、「こっちが正義だ」とロシア側が発信する陰謀論に乗り込まれることも考えられる。戦時下特有の、二者択一思想が危険なゆえんである。

神ならぬ人間の社会では、めったに完全な白や完全な黒はない。ただ、灰色がグラデーションになっているのであって、われわれはそのなかで、適当なものをその都度、選んでいくしかない。そのうえで、今回は明らかにウクライナ側に理があるということだ。

したがって筆者は、ゼレンスキー大統領の振る舞いを批判したいのではない。

侵略された国の指導者が、祖国の危難を救うために、あの手この手を尽くすのは当然であって、むしろ讃えられるべきこと。そこに多少の誇張や誤解などが含まれていても仕方がない(アメリカでのオンライン演説における、真珠湾攻撃への言及もそのひとつ)。

問題なのは、それを受け止める日本人のほうである。戦時中の情報発言はなにかと刺激的なものも多いので、二者択一に陥らず、一呼吸おくべきなのだ。

■内なる「戦前回帰」にも警戒心を

戦時下は中間を奪う。味方にあらずんば敵。同胞がつぎつぎと倒れ、誰もが必死ななかで、Aでもないが、Bというわけでもないといった、多様性は抹殺される。

現在、ロシアに侵略されて辛酸をなめている、ウクライナ政府や国民がそのような状態に陥るのはやむをえない。だが、日本は交戦国ではない。いまいちど繰り返すが、いかにウクライナを支援するべきだとしても、感情的な動員に巻き込まれてはならない。

今回ふしぎに思うのは、これまで政権のプロパガンダに警戒的で、多様性を重んじてきたはずの「リベラルな」日本人の振る舞いだ。安倍政権についてはあれだけ「戦前回帰」と騒いでいたのに、みずからの内なる「戦前回帰」にはあまりに鈍感ではないか。

そもそもここ最近発生した戦争に臨んで、ここまでの感情的になったのか。胸に手を当て、イラク戦争やシリア内戦などのことを思い出してほしい。今回の、少なくとも一部の反応は、ただSNSで流れてくる情報に幻惑されているだけではないのか。

日本人は今般の情報戦たる「SNS戦争」に乗る必要はない。ことは、芸能人の不倫騒動ではなく、複雑な利害が絡み合う国際政治の問題に属する。ゆえにかかる一呼吸をおく態度は、もとより「どっちもどっち論」ではないのである。

評論家・近現代史研究者

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

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