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「傘連判状」・ストライキで、非正規教員の「無期転換」を合意へ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 本日、早朝の理事長挨拶のストライキが話題を呼んだ私立・正則学園高校(東京都千代田区)の現場で大きな動きがあった。

 非正規教員の「無期転換」や理事長への挨拶儀式の廃止など複数の改善策について労使で合意したというのだ。

 同校では、正規教員の長時間労働や非正規教員の低賃金と雇止めなどが問題となっていた。さらに、数十名の教員が、毎朝6時半頃に理事長へ挨拶をするという儀式への参加を強制されていた。

 こうした無意味な儀式ではなく生徒のために時間を使いたいと、私学教員ユニオンに加盟する教員がストライキに踏み切っていた。

 参考:「ブラック私学」でストライキ! 私学に蔓延する違法状態は改善できる

 

 同組合の教員の動きは世論からも支持され、学校法人にも多くの抗議があったという。そして、遂に学校法人の経営陣が労働条件の改善に応じることを決めたというのだ(もちろん、改善はまだ一部であり、問題は山積している)。

 特に、このストライキは正規・非正規の「垣根」を超えて取り組まれているところに重大な意義がある。

ストライキと「傘連判状」で勝ち取った多くの改善策

 先月7日に組合結成とストライキを通知して以後、私学教員ユニオンは学校法人正則学園と二度の団体交渉を行っている。

 その過程では、江戸自体の農民一揆に学び、「傘連判状」も提出された。「傘連判状」とは、だれが首謀者化をわからないように円形で名前を連ねた陳情書である。

 

傘連判状の図
傘連判状の図

 この「歴史に学んだ戦い」は社会の注目を集め、テレビでも各社で報じられた。

 そしてついに、ストライキや「傘連判状」による教師たちの闘いは、次のような改善策を勝ち取ったというのだ。

  •  ・早朝の理事長への挨拶儀式の廃止
  •  ・非正規教員の来年度の雇用延長
  •  ・非正規教員の無期雇用への転換制度の創設
  •  ・非正規教員の私学共済への加入
  •  ・正規教員の減額されていた賞与の過去二年間分の支払い、今後の賞与の全額支払い
  •  ・正規・非正規ともに、不払い残業代の過去二年分の支払い、今後の残業代の全額支払い

 また、学校側が強制でなかったと主張していた理事長への早朝挨拶は、教員の多くから強制であったと受け止められていたことも学校側が認めたという。

 これは、組合結成とストライキ決行から1ヶ月間で勝ち取った内容としては、非常に大きな成果である。

==ストライキの背景は、専任の過重労働と、非常勤講師の低賃金・不安定雇用== 

 ストライキの背景には、正則学園高校における専任教諭(正規教員)の長時間労働と非常勤講師(非正規教員)の低賃金・不安定雇用の問題があった。どちらの問題も、生徒の教育に悪影響を与えており、それが、教師たちが立ち上がった理由だった。

 専任教諭の長時間労働は、過労死ライン(ひと月80時間残業)を優に超えるひと月100時間以上だった。専任教諭は朝6時半頃~夜9時頃まで休憩もなく働き、1日の労働時間は約14時間半。帰宅時間が終電間際になったり、学校に泊まり込んだりする教員もいる状況だ。

 その結果、長時間労働は精神的余裕を奪い去り、体調を崩してしまう教員も続出した。このような状態では、生徒に対する十分な教育やケアができない。

 一方、非常勤講師の賃金は授業時間1コマに対して約2000円のみで、授業以外の授業準備・教材研究、試験作成・採点、講習などはすべて未払いだった。

 ほぼフルタイムで働いても、月の手取りは15万程度で、最低賃金水準の収入である。そのうえ、私学共済(学校の教職員を対象とした健康保険と年金の制度)には加入させず、一年ごとの有期雇用契約で、将来の見通しもたてられない状態にある。

 これで十分な教育をしろ、と言うのには無理があるだろう。

「生徒のため」「自分たちのため」に団結した教員のストライキと社会的支持が勝因

 今回のストライキは、「立場」の違う正規教員と非正規教員が手を結んで取り組まれた。この点も大変画期的なことである。

 学校を含む多くの企業内労働組合では、正規職員たちは非正規雇用を組織から排除し、彼らの利益は無視している。そうした「一部の正社員の利益」だけを主張する労働組合には、会社の中でも、社会からも広い支持を集めることはできない。

 しかし、立場が違うために、両者が連携することは容易ではなかった。正規・非正規の連帯は、日本の労働運動全体の重大課題だといってもよい。

 今回、正規・非正規の壁をのりこえることができたのは、生徒たちの教育環境をよくする「目的」で一致することができたからだ。

 「教育機関として普通の労働環境を整え、全力で生徒と向き合いたい」という気持ちで、教師たちは一致したという。

 彼らがストライキした理事長の早朝挨拶は、教員をないがしろにする学校法人の現状を象徴する「儀式」だった。この「儀式」を廃止しなければならないという思いは正則学園の教員全体が持っていたのだ。

 実際に、ストライキの後に作成された「傘連判状」には組合に加入していない教員も名を連ねたという。

 多くの教員がストライキそして「傘連判状」で団結を示したことで、学校側も教員たちの要求を受け入れざるを得ないと観念したのだろう。

 参考:私学教員ストライキで新展開 農民一揆に学び、“傘連判状”の提出へ

 

 果敢に闘う教員の姿はメディアでも大きく取り上げられ、組合には「先生たち大変だと思っていたんです」「子どものためにも頑張ってほしいです」などと、保護者や住民からたくさんの応援メッセージが寄せられている。

 逆に、学校の経営陣に対しては苦情や抗議の電話もあったという。

 学校教育は社会の未来を担う人間を育てるためのものであり、すべての人にかかわる。学校としての社会的信頼が失われれば、入学者が減ってしまうことにもつながりかねなかったろう。

 現場の団結と社会的な支持が、学校法人側の態度を変えさせた「勝因」と言えるだろう。

 とはいえ、正則学園の経営陣は、正規教員の昇給を一方的に停止した労働条件の不利益変更の問題については頑なに昇給を復活させることはできないと回答しているなど、今後の改善について消極的な面もある。

 また、非正規教員の「無期転換」後の賃金水準についても未定であり、現在の低処遇が維持される可能性もあるだろう。このように、正則学園での労働争議はいまだ解決しておらず、今後もしっかりと注視する必要があることを強調しておきたい。

非正規教員の雇用延長と「無期転換」、希望を与えた正則学園のストライキ

 最後に、今回の正則学園高校のストライキで非正規教員の雇用延長と「無期転換」が実現したことは、正則学園のみならず、多くの私学の非正規教員にとっての大きな希望だということを強調しておきたい。

 非正規教員は、有期契約という立場の不安定さゆえに、学校法人側に物を申すことが難しい立場にある。文句を言えばすぐさま雇い止めにつながるからだ。非正規教員として働いていれば、理不尽な雇い止めに必ずといっていいほど遭う。

 しかし、理不尽なことは学校の中だからできることに過ぎない。今回の正則学園のストライキのように、多くの教員が団結して労働組合で闘って外に向けて発信をすれば、社会的な支持を得ることができるのだ。

 労働組合の団結と闘いを社会に向けて発信すれば、自分たちの支配に固執する学校法人側の傲慢さが浮き彫りになるだろう。それでも強引に非正規教員の雇い止めを強行すれば、学校は社会的信頼を失うことになりかねない。

私学教員のみなさん、ぜひ専門機関にご相談をお寄せください

 今回の正則学園の報道を見て、自分も同様の問題を抱えていると感じる私学教員の方も多いのではないかと思う。

 教員であるからにはまず生徒を守らなければならない。どれだけ劣悪な労働環境であっても、子どものためなのだからと行動を起こすことを躊躇する教員の方も多いだろう。

 しかし、まさに子どものためにこそ、先生は頑張って自分の労働環境を整え、学校の運営を正常化しなくてはならない。それは、不正と闘う教員たちが公立・私立問わず、口を揃えて言うことだ。

 もし劣悪な職場環境に悩んでいるならば、労働組合をはじめとした下記の相談機関へぜひ相談してみてほしい。

 専門スタッフはもちろん、学校現場の改革のために不正と闘い始めた教員の仲間が、最後まで皆さんをサポートしてくれるはずだ。

無料労働相談窓口

私学教員ユニオン

03-6804-7650

soudan@shigaku-u.jp

*私立学校で働く教員で作っている労働組合です。多数の学校に組合員がいます。正規・非正規にかかわらず、一人からの相談にも対応します。

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

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022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

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*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。労災を専門とした無料相談窓口

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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