仕事を提供することで高齢者を元気にする「シニア住宅」
人生いかに働き続けるか
人生100年時代を迎える中で、「年老いてもいかに働き続けるか」というテーマが次第に大きな意味を持ちつつあります。ただし、ここで語る「働くこと」の主目的は、単に収入を得ることだけにありません。
「働くこと」により、「人々と交流が生じ」、「誰かの役に立っていることで自己効力感が生まれ」「身体を動かすことで健康寿命が延びる」。こうした働くことを通じ、得られる副次的効果が、高齢期の人生をより明るく有意義なものとする。そういう観点から「働くこと」に改めてスポットが当てられています。
本年1月、英国で孤独担当大臣が新たに設けられたことが話題になりました。これは、ジョー・コックス委員会の調査では「孤独」を感じる900万人の3分の2が生きづらさを感じており、月に1度友人や家族と会話しない高齢者も20万人にのぼるという結果が明らかになったことを受けて新設されたものです。
英国よりもさらに高齢化が進行する日本では、誰とも会話をしない高齢者の数はさらに多いはずです。内閣府「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(平成27年度)でも、親しい友人がいないと答える高齢者の割合は4人にひとり(25.9%)と、米国、ドイツ、スウェーデンと比べて高い数字となっています。
単身高齢者数が600万人近く存在する日本において、いかにすれば高齢者が日々、「孤独」を感じずに明るい毎日を過ごすことが出来るか。これは大きなテーマです。そして、今後、日本でも「仕事」を通じ「孤独」を解消するというアプローチは重要になってくるでしょう。
さて、このように高齢期に「働く」ことが重要性を帯びてくるなか、6年前からすでにこれを実行しているシニア住宅があります。千葉県佐倉市にあるサービス付き高齢者住宅「プチモンドさくら」です。GW明けの5月上旬に話を伺いに訪れました。
「プチモンドさくら」の概要
「プチモンドさくら」は、JR佐倉駅から車で10分ほどに位置するクリニックモールと高齢者住宅の複合施設です。イタリア風テイストの建物は、周囲のロードサイド郊外風景と異なる暖かさに包まれています。建物入口には小さな噴水が備え付けられ、建物中央部分には光が差し込む吹き抜け構造となっています。全般的にゆったりとした設計です。
建物は3階構造で、1階部分にはクリニック、レストランと管理事務所、2、3階が住居部分です。クリニックには、神経内科、泌尿器科、歯科と3つの診療所と調剤薬局が入りクリニックモールを形成しています。加えてイタリアンレストランも入居し、平日はご近所の利用で賑わっています。
住居部のサービス付き高齢者住宅「プチモンドさくら」は全32室。居室面積は26平方メートルで全室にバルコニーが備え付けられています。共用部分としてダイニングルーム、仕事や会議ができる共同ホールなどが設置されています。加えて、玄関部分にはウッドデッキが備えられ、居住者の方々が思い思いに自宅前に花や思い出の写真などを飾っています。ここは、自宅部分とコミュニティを繋ぐ縁側空間と言えるでしょう。
施設スペースはここだけに留まりません。むしろこちらが「プチモンドさくら」の特徴的スペースかもしれません。住居棟に隣接し、約1,800坪の敷地が拡がっており、ここにはミニ農園ややぎ牧場が設けられています。ここは、「プチモンドさくら」の就労の場のひとつです。
働く場としての「プチモンドさくら」
「プチモンドさくら」の最も大きな特徴は「仕事」と「役割」を通じ、社会とかかわることをコンセプトに掲げている点にあります。同社のパンフレットには、以下のような考え方が掲げられています。
“「プチモンドさくら」では、入居者さま一人一人が、それぞれの個性や能力に見合った仕事や、役割をつくることができます。ご高齢でも、お体に不自由があっても、明日も明後日もやることをつくることにより、心も体も健やかになります。それだけでなく、仲間との絆や副収入も手に入れることができ、それが生きがいにつながるのです。”
具体的に行われている仕事例としては、牧場や野菜づくり、植栽の水やり・手入れ、門の開け閉め、建物の清掃、配食の手つだい、有機栽培野菜の販売などです。ただし、仕事内容はそれに留まるものではありません。入居者が、やりたいことや得意なこと、それぞれ個人のニーズをヒアリングし、それをプチモンドのスタッフが具体的な仕事として実現するための方策をいろいろと考える。そうしたマッチング業務を通じて、入居者それぞれの生きがいを提供しようとしているのです。そして働いた報酬として提供されるのは、「プチモンドさくら」の地域通貨です。報酬としてこれを受け取った人は、これを使って建物内で食事や送迎サービスなどをオーダーすることが可能です。
もちろん、ここには「働きたくない」という選択肢も用意されています。現在、こちらには29名の方が入居されていますが、実際に仕事に就いている方は5〜6名程度だということです。
働くことは楽しい
実際に、「プチモンドさくら」で働いている入居者の方にお話をお伺いしました。
3年前に横須賀からこちらに移ってきた佐藤敏和さん(男性・76歳)は、日々やぎの世話をしたり、プチ農園で野菜栽培や花卉栽培に励んでいます。現役時代はサラリーマンでしたが、実家が農業だった佐藤さん、家畜の面倒や野菜栽培はお手のものでした。「毎日、やぎの世話してるとどんどんなついてくれるんだよね。そうなると、わたしがいなきゃという気になるよね。」と佐藤さんは顔をほころばせます。近くにある小学校の生徒たちからは、「やぎのおじちゃん」として有名だそうです。ここで栽培された野菜は、建物のエントランスで販売されています。
同じく、こちらに入居している90歳の山口千恵子さんは、月に2回ほど、近所の小学生に対するボランティア英会話教室を開催しています。50年近く英会話の先生だった山口さん、せっかくだったらなにか教えることをしたいという希望を受け、スタッフが調整に走った結果、この教室の実施が決定しました。山口さん自身も子どもと触れ合うことで元気をもらっているそうです。
「プチモンドさくら」誕生の経緯
「働く」をテーマとした高齢者住宅の発想はどこから生まれてきたのか。「プチモンドさくら」の親会社Kudoカンパニー株式会社代表取締役の平山社長にお話をお伺いしました。
同社は千葉エリアを中心に賃貸住宅、クリニック、スーパー銭湯などの事業開発を行う総合プロデュース型建設業。以前より、介護分野にも関心があり、10年前にご夫婦でヘルパーの資格を取った平山社長。研修で訪れた施設の内容があまりにも杜撰だったことに憤りを感じ、「サービス付き高齢者住宅」制度の募集が始まった際、手を挙げました。
「サービス付き高齢者住宅のベースは、バリアフリー住宅に見守りと安否確認が付けば事足ります。しかし、私は単なる基準に沿っただけの高齢者住宅を開発するつもりはありませんでした。ここに住まう方々が、日々、楽しみや尊厳を持ち、暮らすことが可能となる施設となるように、さまざまなアイデアを盛り込んでみたのです。この施設のコンセプトは“長屋”なんです。人と人とが触れ合い、交流できる空間づくりを目指しました。」と平山社長は語ります。
そして、「働く」というコンセプトは一冊の本『奇跡の医療・福祉の町べーテル』(橋本孝著、西村書店)との出会いから始まったそうです。同書によると、ベーテルはドイツ、ハノーファーから80キロほど離れたビーレフェルト市の一角にある総合施設の名称です。創立以来140年以上にもわたり、町全体が医療・福祉の充実に取り組んでおり、世界中の医療・福祉関係者から注目されている町です。ここには、なんらかの形で障害を抱えている人が8000人ほど暮らしています。
ここベーテルのモットーは、「施しより仕事を」です。キリスト教国だけあって、施設運営には多額の寄付も寄せられますが、それとは別に、奉仕する人、障害のある人、それぞれが仕事と関わりあうことで、持続的かつ多くの人々が共存可能な福祉社会を成立させようとしているのです。そして、ベーテルでは街ぐるみで、このように人々に仕事を提供しようとする仕組みが出来上がっているそうです。
この書籍に感銘を受けた平山社長が始められたのが「プチモンドさくら」というわけです。最近では、徐々に共感が得られるようになってはきているが、まだまだベーテルには追いつけない、と平山さんは語ります。
「ベーテルではベンツなどの著名会社が高齢者や障害者のための仕事をちゃんと切り出してくれています。そういった仕組みをドイツでは国全体で進めています。しかし、日本にはそのような企業は、まだまだ少ないのが現状です。」(平山さん)
高齢者が生きがいを持ちつつ働ける、その具体的な内容はそれぞれの健康状態や体力、今までの人生経験などによってさまざまでしょう。
高齢者就労を提供する側が、そうした高齢者の多様な内実をきちんと理解した上で提供する意識改革、仕組みづくりも必要です。人生100年時代、いつまでも働くことが可能となる社会を築き上げていくためには、働く側と仕事を提供する側、双方の理解と歩み寄りも重要と言えるでしょう。