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「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」で訪れる「らんまん」注目の地

伊原薫鉄道ライター
太平洋に沿ってごめん・なはり線を行く「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」

牧野富太郎が生まれた地・佐川

 2023年4月、NHKの連続テレビ小説「らんまん」の放送が始まった。今回の主人公のモデルとなっているのは、明治から昭和にかけて活躍した植物学者、牧野富太郎。日本全国を巡って約40万枚ともいわれる標本を集め、またさまざまな植物の「種」としての特徴を的確・緻密に表した「植物図」を数多く世に残した。牧野が命名した植物の新種や新品種は約1500種類におよび、その功績から「日本の植物分類学の父」と呼ばれている。

「らんまん」の主人公のモデル、牧野富太郎 「日本の植物分類学の父」と呼ばれている(写真提供:高知県立牧野植物園)
「らんまん」の主人公のモデル、牧野富太郎 「日本の植物分類学の父」と呼ばれている(写真提供:高知県立牧野植物園)

 その牧野が1862年に生まれ、植物に興味を持つきっかけとなった地が、現在の高知県高岡郡佐川町(当時は土佐国佐川村)である。高知の豊かな自然が牧野を植物の世界へと導いたといえ、20代半ばで東京に居を構えてからも、幾度となく研究のため赴いた。1952年には、佐川町の生家跡に記念碑が建てられ、また1956年には佐川町の名誉町民となった。同年には高知市内に牧野植物園を設立することも決まったが、そのころ牧野は病床に伏しており、完成を見届けることなく翌年1月に永眠した。

牧野の名を冠した高知県立牧野植物園 牧野はその完成を見届けることなく永眠した(写真提供:高知県立牧野植物園)
牧野の名を冠した高知県立牧野植物園 牧野はその完成を見届けることなく永眠した(写真提供:高知県立牧野植物園)

 牧野の生誕160年を迎えた2022年、NHKは「らんまん」の製作を発表。高知県では、2010年に坂本龍馬を主人公とした大河ドラマ「龍馬伝」が放送された際にも大規模な観光キャンペーンが行われ、同年の県外観光客は435万人と、初めて400万人を突破した。今回もこれに続けとばかりに様々な観光振興策が打ち出されており、プレイベントなどではすでに効果を上げているという。2023年4月からは、「らんまん」の番組ロゴや主演を務める神木隆之介さんの写真をデザインしたJR四国のラッピング車両も登場。今まさに高知は「らんまん」一色だ。

期間限定で運行されている「らんまん」ラッピング車両(写真提供:JR四国)
期間限定で運行されている「らんまん」ラッピング車両(写真提供:JR四国)

JR四国の観光列車で2人の偉人を振り返る

 ところで、高知にはこの2人の偉人、牧野と龍馬を一度に楽しめる観光列車がある。2020年7月に運行を開始した、「志国土佐 時代(トキ)の夜明けのものがたり」(以下「夜明けのものがたり」)がそれ。2両編成のディーゼルカーは、それぞれ蒸気船をモチーフとした「KUROFUNE」と空想科学上の宇宙船をイメージした「SORAFUNE」と名付けられ、レトロと近未来感を融合させた独特のデザインで、龍馬が生きた文明開化の時代を演出している。ガス灯のような照明ポールや、「奇跡の清流」といわれる仁淀川をイメージしたブルーの天井が印象的。客室の一端には船の舵輪が置かれており、記念撮影にもってこいだ。

観光列車「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」 2号車「SORAFUNE」は白を基調としたカラーリングだ(筆者撮影、特記以外のもの全て)
観光列車「志国土佐 時代の夜明けのものがたり」 2号車「SORAFUNE」は白を基調としたカラーリングだ(筆者撮影、特記以外のもの全て)

車内は文明開化の時代を意識したデザインとなっている
車内は文明開化の時代を意識したデザインとなっている

 「夜明けのものがたり」は、週末や休日を中心に高知~窪川間で運転されている。高知と言えば雄大な太平洋を望む景色を思い浮かべる方も多いと思うが、実は「夜明けのものがたり」が走る区間で海の見えるのは安和駅付近など一部に限られる。代わりに車窓を彩るのは、牧野が愛した土佐の里山。四季折々の風景が乗客を楽しませてくれる。

安和駅付近では線路のすぐ脇まで太平洋が接近 速度を落として走るため景色をじっくり楽しめる
安和駅付近では線路のすぐ脇まで太平洋が接近 速度を落として走るため景色をじっくり楽しめる

 また、途中の佐川駅周辺には400種を超える草花が植えられている牧野公園や土佐の地酒として有名な司牡丹酒造の酒蔵、明治期の客車・ロ481号を展示する「うえまち駅」などがあり、街歩きにもってこいだ。佐川にゆかりがある人々の資料を集めた青山文庫では、牧野の足跡を紹介した特別展が開かれるなど、ここでも「らんまん」ファンを迎え入れる準備は万端である。「夜明けのものがたり」は佐川駅を通過するが、他の特急列車はすべて停車するので、行き帰りに立ち寄るのもよいだろう。

歴史を感じさせる佐川町の街並み
歴史を感じさせる佐川町の街並み

佐川町内の施設で展示されている明治期の客車・ロ481号 以前はJR四国多度津工場に保管されていた
佐川町内の施設で展示されている明治期の客車・ロ481号 以前はJR四国多度津工場に保管されていた

 立ち寄ると言えば、久礼大正町市場も忘れてはならない。久礼は400年以上前からカツオの一本釣りで栄えた漁師町であり、そこで水揚げされた新鮮な魚が味わえるほか、カツオの藁焼きを体験できる店もある。一部の店が「夜明けのものがたり」の運行に合わせて土佐久礼駅に“出店”するが、できれば直接訪れて市場の雰囲気と共に地場ならではの味を堪能したいところだ。

久礼大正町市場にはカツオの藁焼き体験ができるお店も
久礼大正町市場にはカツオの藁焼き体験ができるお店も

ごめん・なはり線での運行も実施

 牧野ゆかりの場所としては高知県にもうひとつ、先に触れた牧野植物園がある。高知市の東部、五台山に約8ヘクタールの敷地を有し、牧野が愛したバイカオウレンや学名を発表したビロードムラサキなど、3000種類以上の植物が所狭しと植えられている。筆者は植物には詳しくないのだが、解説を頼りに観察するとそれぞれの魅力や微妙な違いが分かり、なかなか興味深かった。同園には、牧野の生涯やその業績を細かく紹介した記念館もあって、「らんまん」ファンならばその世界観をより深く楽しむきっかけとなるに違いない。

園内では四季折々の草花が観賞可能 写真は回遊式水景庭園の様子(写真提供:高知県立牧野植物園)
園内では四季折々の草花が観賞可能 写真は回遊式水景庭園の様子(写真提供:高知県立牧野植物園)

牧野が晩年過ごした部屋を再現した展示 研究にのめり込んでいた様子が見て取れる(写真提供:高知県立牧野植物園) 
牧野が晩年過ごした部屋を再現した展示 研究にのめり込んでいた様子が見て取れる(写真提供:高知県立牧野植物園) 

 一方、「夜明けのものがたり」は4月から6月末にかけての毎週金曜日、高知駅から東に針路を取り、土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線に乗り入れている。同線は海沿いを走っており、西分駅付近や伊尾木駅付近など各所で、「これぞ高知」と言える雄大な太平洋が眼前に広がる。「夜明けのものがたり」の大きな窓から絶景を眺めつつ、沿線の食材を使った料理を味わえるのは、まさにこの日だけの特別なプログラム。高知を訪れるなら、こちらも外せないコンテンツである。

駅や沿線ではいろんな人々が見送ってくれる こうした地域の人との触れ合いも観光列車の魅力だ
駅や沿線ではいろんな人々が見送ってくれる こうした地域の人との触れ合いも観光列車の魅力だ

 「らんまん」の放送はまだ始まったばかり。今のうちに高知を訪れて物語を“先読み”するのも、2023年9月末の放送終了を待って“復習”するのもよいだろう。牧野富太郎、龍馬と幕末、そして観光列車……どれかひとつに興味を持ったならば、だまされたと思って全てを体験していただきたい。今まで興味を持たなかったジャンルにも、きっと新たな楽しみを見いだせることだろう。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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