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日本一は目指せない? 慶應義塾大学・栗原徹監督の「配分」とは。【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
写真は昨年時。筆者撮影。

 慶応義塾大学ラグビー部の栗原徹監督が、就任2年目の決意を明かした。

「皆、『黒黄(レギュラーのジャージィ)を着たい』と言う。それにも、(相手によっては)『その取り組みで黒黄を着たいとか、言うな』と伝えています。下手なことを怒るのではなく、取り組みが甘い子には『そうじゃないんじゃないか』とかなりきつく言っています。こちらも嫌いで言っているわけではないし、僕は元来、怒りたいわけではない。嬉しいことに相手からの跳ね返りもある。かなり、(チームには)エネルギーが満ちています」

 現役時代は日本代表として2003年のワールドカップオーストラリア大会に出場。サントリー、NTTコムに在籍した。鋭いランと正確なゴールキックを持ち味とし、引退後はNTTコムのコーチとなり、昨季途中まで在籍の小倉順平にはキッカーの心得を授けた。

 昨季は初めて学生チームを指揮。日本ラグビー最古豪のクラブ史上初めて留学生を外国語での入試によって加入させ、コーチ陣にはライバルである早稲田大学の三井大祐氏を招いた。グラウンド上でも各選手の自己判断を促すなど、革新的なさまを示した。

 ところが秋以降は、加盟する関東大学対抗戦Aで前年度の下位チームに敗れるなど苦戦。22年ぶりに大学選手権出場を逃した。シーズン最終戦を終え、このように振り返っている。

「コーチをしてきて6年目なのですが、(今年が)1番、勉強になり、1番、苦しかった、そして、1番、楽しい1年でした。学生と社会人との間に大きな違いはないと思っているのですが、彼らとしっかり対話をして、彼らが何を求めているか、彼らに何が足りないのか(を把握したり、それに対応したりといった)配合、配分は勉強になりました。ここに答えはないと思うのですが、これからもしっかりと勉強して、その時にベストだと思うことができるよう、これまでの経験を活かしていきたいです」

 9月13日。都内の相手方のグラウンドで明治大学と合同練習を実施。感染症対策などの影響でこの日が初めての実戦機会となったが、伝統のロータックルを連発。26-33と競り合った。

 新型コロナウイルスの影響で世界の常識が変わりつつあるなか、どんなシーズンを送ろうとしているのか。その言葉に耳を傾けると、選手に委ねる領域と指導者が管理する領域との「配分」を見直そうとしているような。

 以下、共同取材時の一問一答の一部(編集箇所あり)。

――いいタックルでした。

「何も教えていない。それが慶應のタックル。教えすぎないことがよかったのかもしれない。教えなかったら、勝手にあのタックルをできるので。慶應は! 『こういうタックルをするんだよ』と伝えたら、あのタックルはできなくなるかもしれないです」

――コロナ禍の活動は。

「こちらもできる限りのサポートはしましたが、リーダーと学生コーチができることを考えてやってきた。きょう元気よくやっていたのも、主体性の賜物だと思います。こちらが管理しきれない部分もあるなか、彼らが何のためにラグビーをやっているのかを自問自答――グループを作ってディスカッションをさせているのですが――4年生が、素晴らしい」

――従来通り、「主体性」を大切にしているようです。

「ただ、ある程度(指示を)言ってあげないといけないところもあります。学生なので。そこら辺のバランスは、ある程度、掴めてきたかなと。『どう?』って聞くと、割と皆、答えられるんです。それでこちらが『わかっているのかな』と思ってしまうと、実はわかっていなかったり、口だけだったりということもある。相手がどういう人間なのか、長い年月をかけて見ることでアプローチを変えています。

 最初は表面上でのコミュニケーションで『うん、うん』と聞いて終わっていたところ、いまは『昨日の練習はどうだった?』とか、ズケズケと言っています! だから皆、結構、僕は恐れられていると思います。その(怖がられる)役をやらなきゃいけない。学生と話しながら――簡単に言うと――厳しくやっている。それに学生が応えている、という状況になりました」

――改めて、昨季を受けて。

「自分たちにとってポジティブになるよう考えていくしかない。ずっと選手権に出られていたことは素晴らしかったんですが、なかなか上にいくことはなかった(最後の優勝は1999年度で最後の準優勝は2007年度)。慶應としての根本的な心の弱さ、何とかなるだろう精神があったというか…。勝つために、何が何でも、どんな練習でもやってやるという執念のようなものがなかったのかなと思っていて。

 根本から心を入れ替えてやらなきゃいけない。大学選手権出場を逃したことが、その大きなきっかけとなった。あの負けがあったからこそ、と言えるようにやっていきたいなと。

『日本一!』と呪文のように言ってきていただけで、本当に日本一になるために何かをしてきたのかと言えば、そうじゃなかったのかなと。もちろん、瞬間、瞬間は本当に頑張っていたと思いますけど。

 学生が何と言っているかは知らないですが、僕は日本一だなんて言っていないです。もう、おこがましくて。(昨年は日本一を目指していたが)よくよく考えていたらとんでもないことを口にしていた。今年は一戦、一戦、頑張って、少しでも上にいければ。日本一になると言うのは、日本一になるための準備をしてから言いたいなと。

 学生にも『まだ、君たちには(日本一を目指すと)言う資格はない。そのための努力をしなさい』と伝えています」

 もちろん、今季中の日本一を諦めたわけでは決してないだろう。10月4日からの公式戦をひとつひとつ勝ち切るなか、「準備」が整うのを理想としているはずだ。

 昨年は、学生の主体性を引き出すことで戦力の最大化と日本一への青写真を描いた。しかし今年は、初年度の試行錯誤を受けて日本一になるのに必要な「準備」をするよう促す。果たして、2019年の「勉強」を肥やしに花を咲かせられるだろうか。

 繊細なかじ取りを続ける。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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