SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか
ソーシャルメディアが、権力者の投稿のファクトチェックに乗り出した結果、大炎上を招く事態となっている――。
トランプ米大統領は5月28日、ソーシャルメディア企業などのプラットフォームの「免責」を制限する大統領令に署名した。
その前日、米ツイッターが初めて、トランプ氏のツイートに「ファクトはこちら」のラベルを貼り、内容の不正確なコンテンツへの注意喚起を呼びかけていた。
新大統領令の法的な効果は疑問視されており、米ツイッターへの意趣返しと“威嚇”行為と見られている。
だが、一時的な炎上劇では、おさまりそうにない。
トランプ氏はさらに翌29日には、ミネソタ州から発生した暴動をめぐり、「略奪が始まれば、銃撃が始まる」とツイート。ツイッターは規約違反を理由にこのツイートを非表示にする措置を取った。
ソーシャルメディアによる、虚偽情報などのコンテンツの扱いをめぐっては、保守層からは「検閲」と攻撃され、逆にリベラル層からは「放置」と批判され続けてきた。
ソーシャルメディアとしては、どう動いても左右両派からの十字砲火にさらされるテーマだ。
そして、11月の米大統領選投開票に向け、この問題をめぐる混乱は加速度的に高まりそうだ。
ネット上で氾濫する問題コンテンツをめぐっては、その舞台となっているソーシャルメディア自体が抱えるユーザーの「アテンション(注目)優先」という課題も指摘されてきた。
そのため、"ソーシャルメディア対大統領"という今回の構図に、専門家からは「二つのデススターの闘い」と冷めた見方も出ている。
日本でもソーシャルメディア上での誹謗中傷対策に、大きな注目が集まる。問題の根は、地続きにつながっている。
●「前代未聞の免責特権」
ツイッターのようなソーシャルメディアの巨大企業は今、前代未聞の免責特権を認められている。中立的なプラットフォームだからという理屈だが、実際はそうではない。
トランプ大統領は5月28日、「オンライン検閲防止に関する大統領令」に署名し、これがソーシャルメディア企業から「表現の自由を守るためのもの」だとして、ツイッターをこう名指しした。
発端はその2日前の26日、トランプ氏が投稿したツイートだった。
「郵便投票は実質的な詐欺以外の何物でもない」。11月の米大統領選に絡む新型コロナ対策として、カリフォルニア州などが投票所に行かずに投票できる「郵便投票」を可能にすることを表明しているのに対し、強い調子で批判する内容だった。
連続投稿された2つのツイートに対し、ツイッターは「郵便投票についてのファクトはこちら」との警告文を表示。
リンク先には、トランプ氏の写真とともに、「トランプ氏は、郵便投票は不正投票につながるとの根拠のない主張をしている」との見出しをつけた説明ページがあり、CNN、ワシントン・ポストなどの報道を根拠に、トランプ氏の主張は裏付けのないもの、との説明書きがある。
トランプ氏の発言やツイートは、誤りや不正確な内容が多く含まれることで知られる。ファクトチェックメディア「ポリティファクト」の調査では、その割合は8割超に及ぶ。
だが、ツイッターがこのような警告文を表示したのは初めてのことだった。
大統領令は、これに対する意趣返しのようだ。
さらにトランプ氏は29日、今度はミネソタ州ミネアポリスで発生した暴動に関しても問題のツイートをしている。
ミネアポリスでは黒人男性が白人警官の拘束によって首を圧迫され、死亡するという事件が発生。この事件への抗議が全米規模の大規模暴動に発展している。
トランプ氏はツイートの中で、「どのような困難があっても、我々は状況を掌握する。だが、略奪が始まれば、銃撃が始まる」と暴動への発砲を示唆。
これに対してツイッターは、「当該ツイートは暴力賛美を禁止するツイッターのルールに違反している」として非表示とし、改めて「閲覧」のリンクをクリックすることで表示できるようにした。
●通信品位法230条
大統領令の最大のポイントは、プロバイダーなどの投稿コンテンツへの免責を定めた米通信品位法230条を修正し、免責の解除を可能にする、という部分だ。
双方向コンピューターサービスのプロバイダーやユーザーを、他の情報コンテンツのプロバイダーによるいかなる情報に関しても、パブリッシャー(発行者)やスピーカー(演説者)として扱ってはならない。
通信品位法230条はそう規定した上で、「わいせつ、過激な暴力、ハラスメントなど不適切とみなされるコンテンツへのアクセスや利用を、善意に基づいて自主的に制限した場合」には「民事上の責任は問われない」としている。
コンテンツ(情報)についての責任は、誰がどのように負うのか。米国では、そのかかわり方で三つに区別されてきた。
内容に直接かかわる「発行者(パブリッシャー)」、内容に直接はかかわらないが配布に携わる「配布者(ディストリビューター)」、そして内容には一切かかわらない「運搬者(コモンキャリア)」だ。
書籍の場合は、それぞれ出版社、書店、運送業者が相当する。
ではネットの場合、責任区分がどうなるのか。それを規定したのが1996年に制定された通信品位法の230条だ。
※参照:メディアとプラットフォーム──情報の責任の行方(08/31/2013 GQジャパン)
当初はパソコン通信、電子掲示板の管理者、そして現在ではソーシャルメディアなどがこの「双方向コンピューターサービスのプロバイダー」とされ、コンテンツの発信主体である「発行者(パブリッシャー)」、つまりメディアとは区別して、コンテンツに対する責任も限定的にとらえる、という法律だ。
ソーシャルメディアはあくまでもプラットフォームで、コンテンツに対してメディアのような責任を負わない――そのような主張の根拠となっているのが、この通信品位法230条だ。
今回のトランプ氏の大統領令は、「ツイッターは今や、明らかに政治的なバイアスに基づく形で、差別的に警告ラベルの掲示を決めている」と名指しで批判。ソーシャルメディアの「免責条項」ともいえる通信品位法230条に揺さぶりをかけている。
この中で、「善意に基づいた制限」ではないと見なされた場合は、免責を解除し、「パブリッシャー」すなわちメディアと同様にコンテンツへの責任を負わせる、としている。
これにより、ソーシャルメディアに対し、コンテンツ管理やこれにまつわる訴訟の増加などの“コスト増”の重圧で威嚇している形だ。
●メディアかプラットフォームか
ソーシャルメディアはこの数年、コンテンツをめぐる責任問題が最大の課題だった。
その発端は、2016年に行われた前回の米大統領選におけるフェイクニュースの氾濫だ。
背後にロシア政府の介入もあったと指摘されるフェイクニュースの拡散の舞台となり、手をこまぬいていたと批判が集中したのがフェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアだった。
今や月間アクティブユーザー数が26億人超、世界人口の3分の1にものぼるフェイスブック、3億人超のツイッター。それらの世界的な影響力は、メディアをしのぐ。
その規模と影響力が、フェイクニュースを放置することで、その拡散機として使われているのではないか。ソーシャルメディアはその影響力にふさわしい責任を担っているか。
「プラットフォーム」の立場をとるソーシャルメディアは、コンテンツに責任を持つべきメディアではないか――。
そんな議論が繰り返し行われてきた。
※参照:TwitterとFacebook、政治広告への真逆の対応が民主主義に及ぼす悪影響(11/01/2019 新聞紙学的)
※参照:トランプ支持とトランプ嫌いのいびつな”同床異夢”、フェイスブック・グーグル分割論(07/18/2019 新聞紙学的)
※参照:AIによる有害コンテンツ排除の難しさをフェイスブックCTOが涙目で語る(05/18/2019 新聞紙学的)
※参照:ネット企業はどこまでコンテンツを規制すべきなのか(08/23/2014 新聞紙学的)
これらの批判に押される形で、ソーシャルメディアはファクトチェック団体とも連携し、フェイクニュースなどの問題コンテンツ排除に乗り出す。
●「230条撤廃」トランプ氏とバイデン氏の一致
だがここで、逆サイドからの批判に直面する。フェイクニュース対策が保守言論への「検閲」だとする、右派からの攻撃だ。
2020年米大統領選を視野に、その動きを主導してきたのが、トランプ氏のホワイトハウスだ。
ホワイトハウスは2019年5月、「ソーシャルメディアのプラットフォームは表現の自由を守れ」とのキャンペーンを展開し、「ネット上での言論弾圧」事例を募集している。
今回の大統領令でもこのキャンペーンを取り上げ、「政治的見解による検閲や制限」の報告が1万6,000件にのぼった、としている。
問題コンテンツの排除に動けば保守派から「検閲」批判。一方では、問題コンテンツへの対処が生ぬるいとするリベラル派からの「放置」批判。
そしてこの議論の震源が、通信品位法230条だった。
トランプ氏は、ミネソタ州の暴動をめぐり、「略奪が始まれば、銃撃が始まる」としたツイートが、ツイッターによって非表示とされたことを受け、「230条撤廃」とのツイートをしている。
通信品位法230条とプラットフォームの免責は、長く議論の的になってきた。
そして、「230条撤廃」を主張しているのはトランプ氏だけではない。
2020年米大統領選で、民主党の候補指名が確実視されているジョー・バイデン氏もまた、通信品位法230条の撤廃の立場をとっているのだ。
「バイデン氏はウクライナに対し、彼の息子の会社を捜査していた検事総長を罷免すれば10億ドルを支払う、と約束した」――バイデン氏は、そんな虚偽情報に悩まされていた。
※参照:「ザッカーバーグがトランプ大統領再選支持」フェイスブックがフェイク広告を削除しない理由(10/16/2019 新聞紙学的)
ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどメディア各社が否定しているが、トランプ氏は2019年9月末から、フェイスブック広告で、この「疑惑」を主張。フェイスブックはこれを削除しなかった経緯がある。
バイデン氏は2020年1月に掲載されたニューヨーク・タイムズのインタビューで、そんな経緯から、フェイスブックの対応を踏まえ、「通信品位法230条は撤廃するべきだ、直ちに撤廃すべき。真っ先に、だ」と強い調子で同条項を批判。さらに、こう述べている。
(通信品位法230条は)撤廃すべきだ。(フェイスブックなどの)プラットフォームは単なるインターネット企業ではないからだ。デマを、デマだと知りながら広めているのだ。欧州がプライバシーに関して制定したような、基準を定めるべきだ。
ネットメディア「ヴァージ」によると、今回のトランプ氏による大統領令署名を受けた後でも、バイデン氏のこの立場は変わっていない、という。
コンテンツへの「検閲」を嫌うトランプ氏。「放置」を批判するバイデン氏。対極の主張ながら、「通信品位法230条撤廃」という点では見事に一致している。
標的は、いずれもソーシャルメディアだ。
●「二重に間違い」
多くの専門家は、今回のトランプ氏の大統領令が、実際に法的な効果を持つとは見ていない。
ハーバード大学教授のローレンス・トライブ氏とジョージタウン大学客員教授のジョシュア・ゲルツァー氏は、ワシントン・ポストへの投稿で、トランプ氏は「二重に間違っている」と指摘する。
トランプ氏は、ツイッターの警告ラベルを「表現の自由の侵害」と述べるが、これは政府が主語の場合であり、民間企業であるツイッターには当てはまらないこと。さらに、ツイッターの警告ラベルは表現の自由で保護されており、これに対してツイッターへの「強力な規制や閉鎖」を掲げるトランプ氏の方が、「表現の自由の侵害」にあたる可能性がある、と。
その上で、通信品位法230条については、こう述べている。
ツイッターは今回、(警告ラベルという)新たな試みによって、トランプ氏の執拗な誤りのツイートに対し、モデレーション(適正化)をした。通信品位法230条は、まさにこのツイッターのような対応を企業に促すための条項だ。(中略)ソーシャルメディアのプラットフォームが、コンテンツのモデレーションをしたことで通信品位法230条の保護から除外されるべき、という議論はナンセンスだ。この条項は、それを促進するためにあるのだから。
批判の声は、政権の足元からも出ている。
通信分野の規制監督を担う米連邦通信委員会(FCC)委員で弁護士のジェシカ・ローゼンワーセル氏は、大統領令に対して、強い調子で批判の声明を公表した。
この大統領令は機能しない。ソーシャルメディアには問題もあるだろう。しかし、大統領令はFCCを大統領の言論警察にしようとするもので、問題の解決策にはならない。今こそ、表現の自由のために議会が声を上げる時だ。沈黙には、歴史の裁きが下るだろう。
テクノロジー政策に関するシンクタンク「テックフリーダム」ディレクターのアシュケン・カザリアン氏は、「大統領令は政治劇以外のなにものでもなく、憲法に対する侮辱だ」とコメントしている。
攻撃の標的となったツイッターは、大統領令はインターネットへの脅威だ、と反論している。
通信品位法230条は、米国のイノベーションと表現の自由を保護しており、それは民主主義の価値に裏打ちされている。この条文を一方的に損なおうとすることは、ネットの言論とインターネットの自由に対する脅威だ。
フェイスブックも、大統領令を批判する声明を発表している。
我々はフェイスブックのサービスにおいて、表現の自由を保護することが重要であると考える。一方で、有害なコンテンツからユーザーコミュニティーを守ることも重要だ。有権者の投票権行使を阻害するためのコンテンツも、これに含まれる。このルールはすべての人々に適用される。通信品位法230条の削除や制限は、これとは全く逆の影響をもたらすだろう。それにより、ネット上の言論はさらに制限を受けてしまう。
●プラットフォームのビジネス
一方で、ソーシャルメディアがこれまで、コンテンツの正確さよりも、ユーザーのアテンションとリアクションを優先させ、多額の利益の源泉になってきた、との批判は根強くある。
それがプラットフォームのビジネスの根幹ともいえ、GAFAと総称される巨大企業への国際的な警戒感にもつながっていた。
『監視資本主義の時代』の著書もある米ハーバード大学ビジネススクール名誉教授、ショシャナ・ズボフ氏は、ネットメディア「デイリービースト」のインタビューに、こう述べている。
プラットフォームのアルゴリズムは、ユーザーの行動データの吸い上げが最大化するように調整されている。データはサプライチェーンに送り込まれ、ユーザーの行動予測を算出する。彼らは大規模、広範囲にデータを吸い上げることが宿命づけられているのだ...それはつまり可能な限り大量で多様なデータ、ということだ。この経済原理においては、データのコンテンツを判断するという余地はない。プラットフォーム企業は、データが正しいか間違っているかには、根本的に興味がないのだ――その収益においては、どちらでも同じことだからだ。
そして、トランプ政権とソーシャルメディア企業という衝突の構図を、冷ややかにこう位置付ける。
IT企業と政府は今、巨大な存亡の闘いを繰り広げている。まるで二つのデススターが互いに攻撃を仕掛けているようなものだ。どちらも、法の支配と民主主義の規範の埒外にいたがっている、という点では共通している。
●最もダメージを被るのは
大統領令の法的な実効性は疑問視されるが、議会ではすでに動きがある。
マルコ・ルビオ氏ら共和党の有力議員らは、通信品位法230条に関する法案提出の構えを見せている。
トランプ氏は、2016年の大統領選期間中から、個人メディアとしてのツイッターを駆使し、情報発信と影響力誇示の舞台としてきた。
仮に通信品位法230条の免責条項が廃止されたとすると、そのツイッターは、メディア並みにユーザーのツイートに関する責任を問われることになり、現在よりもはるかにコンテンツ規制を強化せざるを得なくなる。
米自由人権協会(ACLU)の弁護士、ケイト・ルーアン氏は、ニューヨーク・タイムズのインタビューにこう述べている。
皮肉なことだが、通信品位法230条で大きな恩恵をこうむっている人物こそが、トランプ氏だ。プラットフォーム企業にこの法律の免責がなくなったら、法的責任を問われる危険は冒さないだろう。トランプ氏のウソや中傷、脅迫を掲載することで引き起こされるのが、まさにその危険だ。
通信品位法230条がなくなって、一番困るのはトランプ氏自身、という指摘だ。
とはいえ、次々に新たな標的を見定め、過激な言動で攻撃し、メディアとネットの注目を集め続けることで存在感を保持するのは、トランプ氏の一貫した手法でもある。
特に、感染者が170万人を超し、死者は10万人を超す新型コロナウイルス禍の対応については、批判の声も強い。
そんな状況の中で、今回の大統領令のほかにも、対中制裁、WHO脱退など、波乱を呼ぶ言動を繰り返す。
過激な言動に裏付けや整合性が欠けていても、過激であるという一点でメディアとネットはついてくる、との自信もあるように見える。
単に混乱を引き起こすだけではあっても、騒動の火種としては、しばらくくすぶり続けそうだ。
●SNS規制の行方
SNS規制の行方は、日本でも注目を集めている。
きっかけは、リアリティーショー「テラスハウス」に出演していたプロレスラーの木村花さんが、番組をめぐってソーシャルメディア上で誹謗中傷を受け続け、急死をした事件だ。
日本には、プラットフォームの民事上の責任の免責要件や情報発信者の情報開示について定めた「プロバイダー責任制限法」がある。
今回の事件を受けて、総務省などで同法をめぐる制度改正の動きもある。
ネット上のユーザーコンテンツは、どこまで、どのようにモデレーション(適正化)されるべきなのか。
この数十年、議論が続いてきたこの問題は、ソーシャルメディアがインフラのように社会に組み込まれてきた中で、より深刻な影響を与えるようになってきた。
議論のバランスを失うと、社会は思わぬ方向に行きかねない危うさがある。
(※2020年5月31日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)