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イスラエルとヒズブッラーの停戦を受けて「シリアのアル=カーイダ」主導の反体制派がシリアで大規模侵攻

青山弘之東京外国語大学 教授
Enab Baladi、2024年11月27日

シリア北西部を実効支配する反体制派は、11月27日に「攻撃抑止の戦い」と銘打った大規模軍事作戦を開始し、アレッポ県西部のシリア政府支配地域に侵攻した。この作戦は、「シリアのアル=カーイダ」として知られるシャーム解放機構や、トルコの支援を受ける国民解放戦線(シリア国民軍)諸派で構成される「決戦」作戦司令室が主導している。反体制系サイトのイナブ・バラディーによると、同司令室のハサン・アブドゥルガニー報道官が作戦司令官を務めているという。

意表を突く侵攻

作戦開始は、イスラエルとレバノン両政府が米国の仲介で合意した停戦が発効(11月27日午前4時)した直後に行われた。シリア北西部では、イスラエルによるレバノン攻撃が本格化した9月末頃から、シャーム解放機構や国民解放戦線諸派が、シリア政府支配地域に隣接するイドリブ県南部やアレッポ県西部に部隊を集結させていた。一方、同地域の住民はトルコ国境地域などに避難し、大規模な戦闘が行われるとの情報が流れていた。当初、反体制派の攻撃は、イスラエル軍の攻撃に対応するシリアを背後から突く形で開始されると見られていた。しかし、イスラエルとヒズブッラーが停戦に応じ、緊張が緩和するなか、意表を突く形で侵攻に踏み切ったと考えられる。

「攻撃抑止の戦い」を統制する作戦司令局や、英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団の発表によると、「決戦」作戦司令室は侵攻開始から数時間で、アレッポ県西部におけるシリア軍の最大拠点とされる第46中隊基地、アウラム・クブラー町、アンジャーラ村、アウラム・スグラー村、シャイフ・アキール村、バーラー村、アージル村、ウワイジル村、フータ村、タッル・ダブア村、ザアタリー工場、ハイル・ダルカル村、カブターン・ジャバル村、サッルーム村、マアリー協会、サアディーヤ協会、カースィミーヤ村、カフルバスィーン村、フール村、アズナーズ村、バスラトゥーン村など21の町村・集落、総面積140平方キロメートルの地域を制圧した。

また、シリア軍兵士40人以上を殺害、5人を捕虜とし、歩兵戦闘車、重火器、弾薬などを鹵獲した。さらに、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール通信(ANHA)によると、シャーム解放機構は、シーア派住民が多く住む県北部のヌッブル市、ザフラー町にも砲撃を行った。

シリア軍とロシア軍の反撃

イナブ・バラディーやシリアのラジオ局シャームFMによると、「攻撃抑止の戦い」開始を受けて、シリア軍はシャーム解放機構の支配下にあるアレッポ県のダーラト・イッザ市、カフル・アンマ村、カフル・タアール村、アブザムー村、カスル村、ワザータ村、アターリブ市、イドリブ県のイドリブ市東部の複数箇所(工業地区など)、サルマダー市、カンスフラ村、サルミーン市、クマイナース村、ハマー県のカルクール村、ハラビー村を砲撃した。

また、シリア軍とロシア軍の戦闘機がダーラト・イッザ市、カフル・タアール村、アブザムー村、カフル・アンマ村、アターリブ市などにある反体制武装集団の複数の拠点を爆撃した。

イドリブ県内で活動するとされる反体制・メディア活動家「80監視団アブー・アミーン」によると、爆撃には、ラタキア県のフマイミーム航空基地、ダマスカス郊外県のスィーン航空基地、ヒムス県のT4航空基地、アレッポ県のクワイリース航空基地に配備されているシリア軍とロシア軍のSu-34戦闘機、Su-24戦闘機が参加した。シリア軍が反体制派の支配地域に対して本格的な爆撃を実施するのは、2020年3月のロシアとトルコの停戦合意以降、4年8ヶ月ぶりのことである。

シリア人権監視団によると、爆撃はシリア軍がワサータ村に4回、ダーラト・イッザ市一帯(第111中隊基地一帯)に4回、ロシア軍がダーラト・イッザ市一帯に3回、カブターン・ジャバル村一帯に6回、カフル・タアール村一帯に4回、イドリブ県のタフタナーズ市近郊に1回実施した。

反体制派の支配地域で人道活動に従事するシリア対応調整者の発表によると、シリア軍の砲撃を避けて735世帯(約8,000人)が避難した。また、シャーム解放機構が支配地の自治(行政)を委託しているシリア救国内閣の教育省は、学校や大学を休校すると発表した。

シリア人権監視団によると、シリア軍の反撃により、「決戦」作戦司令室側も被害を受け、シャーム解放機構の戦闘員44人、国民解放戦線の戦闘員16人(シャーム軍団の戦闘員2人、北部の嵐旅団の戦闘員3人、ヌールッディーン・ザンキー運動の戦闘員1人を含む)が死亡した。また、シリア軍の砲撃により、アレッポ県バービスカー村近くの国内避難民(IDPs)キャンプで子ども1人が死亡、子ども2人が負傷、ダーラト・イッザ市で子ども1人が負傷、アターリブ市で子ども5人を含む11人が負傷、サルミーン市で女性1人(ホワイト・ヘルメットによると2人)が負傷した。

筆者作成
筆者作成

イスラエルの攻撃に対する報復はあるのか?

シリアでは、2020年3月のロシアとトルコの停戦合意以降、大規模な戦闘は発生しておらず、シリア政府と反体制派の支配地もほぼ固定化されていた。「攻撃抑止の戦い」が4年以上続いてきた均衡の崩壊をもたらす契機となるかどうかは不透明な点が多い。しかし、シリアのアサド大統領は、パレスチナのハマースによる「アクサーの大洪水」作戦開始が始まった昨年10月以降、イスラエルによるシリア領内への攻撃が頻繁に繰り返される中、報復の矛先をイスラエルではなく、同国と戦略的に連携を続けてきた(とシリア政府がみなす)反体制派に向けることを示唆していた。イスラエルとヒズブッラーの戦闘が一応の決着を見たと思われる中、イスラエルによる度重なる攻撃と欧米諸国の経済制裁で疲弊したシリアの今後の対応が注目される。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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