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交友範囲で「2型糖尿病リスク」がわかる

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 東日本大震災などでの経験もあり、日本では人々の社会的な結びつきや絆(ソーシャル・キャピタル)についての重要性が再認識されている。地域の人間的な関係やネットワークが豊かか貧しいかで健康格差が生まれ、豊かな場合は健康度に好影響を与えるが、貧しい場合は社会的弱者や高齢者が病気になりやすくなるなどのことが起きる(※1)。

ロゼト効果とは

 このあたりのメカニズムはまだよくわかっていないが、おそらくストレスや情動反応、愛情、友情、交友などによって脳内のホルモンとそれによる代謝系、免疫系になんらかの影響が出るためではないかと考えられている(※2)。ストレスによるホルモン異常や「愛のホルモン」といわれるオキシトシンなどが関係しているようだ。

 こうした例で有名な研究は、米国ペンシルベニア州にあるイタリア系移民が中心のロゼト(Roseto)という小さな町についての調査(Roseto effect、ロゼト効果、※3)がある。心筋梗塞による死亡率を1955年から10年間で比べてみたところ、この町は周辺の町より異常に死亡率が低かった。55歳から64歳という心筋梗塞のリスクが高くなる年齢層の男性で、ロゼト住民では心臓発作がほとんどみられず、65歳以上の死亡率が全米平均が約2%のところロゼトの男性は約1%だったという。

 イタリア系移民の多い町だから、食生活もコレステロール値の高いものが多く、喫煙率も飲酒率も高かった。また、ロゼトの男性の多くは、煤煙まみれになりやすい採石場で働いていたため、労働環境は必ずしも良くはない。

 なぜロゼトの男性の心筋梗塞リスクが低いのか、いろいろ考えられた結果、社会的な結びつきや絆の強さによる影響と推測される。同じイタリアのある地域から集団で米国へ移民し、結びつきの強い共同体として長くともに町を形成してきたかららしい。

 だが、ロゼトの町も時代の流れとともに変化し、古き良き移民のコミュニティも少なくなり、周辺のほかの町と大差ない環境になっていった。そして1970年代に入る前頃から、ロゼトの中高年男性の心筋梗塞リスクは特に低いものではなくなってしまう。

 こうした社会的な結びつきや絆の強さをソーシャル・キャピタルともいう。筆者は、喫煙行動に強く関与するピア効果(友人による影響)が、逆に禁煙の方向へ向かえばいいと考えているが、これは米国での大規模コホート研究でも示唆されているようだ(※4)。

独居男性は2型糖尿病に要注意か

 そんな病気と社会的紐帯や交友範囲などとの関係がまた一つわかった。オランダのマーストリヒト大学の研究者が、2861人(平均年齢60.0±8.2歳、女性49%)を対象にしてアンケート調査をしたところ、2型糖尿病(type 2 diabetes mellitus、T2DM)の慢性疾患にかかっている対象者は人間的な付き合いのある知り合いが少ない傾向があったという(※5)。

 調査対象者のうち、56.7%が血糖値正常、15.0%が2型糖尿病前症(いわゆる予備軍)、28.3%が2型糖尿病患者(新規診断例3.9%、既往例24.4%)だったが、知り合いが一人減ると男女ともに2型糖尿病の発症リスクが5〜12%高くなった。また、女性の場合は一人暮らしの影響はほとんどなかったが、男性の一人暮らしでは発症リスクは94%も高くなっていたという。

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上が女性、下が男性。NGMは血糖値正常群、Prediabetesは糖尿病前症群、Newly diagnosed T2DMは新規診断群、Previously Diagnosed T2DMは既往群。友人(Friend)、家族(Family member)、知人(Other)、毎日もしくは週一程度の付き合い(太い〇囲み)と月一か付き合いのない(細い〇線)に分けられている。いわゆる「予備軍」まではそれほどの違いはないが、2型糖尿病を発症した男女で交友範囲が少なくなることがわかる。Via:Stephanie Brinkhues, et al., "Socially isolated individuals are more prone to have newly diagnosed and prevalent type 2 diabetes mellitus-the Maastricht study-" BMC Public Health, 2017

 研究者は、交友範囲が広いと活動的になり必然的に出歩いたりスポーツしたりすることが多くなり、独居男性の場合は食事や生活習慣に気を使わなくなって不健康な暮らしになっていくからではないか、と考えている。ソーシャル・キャピタルの度合いや豊かさが、2型糖尿病のリスクにも影響を与えているのだろうか。

 ただ、この調査の対象者は40歳から75歳と限定的であり、2型糖尿病の発症因子は多種多様だ。勘違い(交絡)やバイアスをどの程度しっかりと排除したか、微妙な部分もある。

 直感的には、友人が多い男性は飲む機会も多く糖尿病リスクが高くなりそうだが、これは筆者の個人的な感想だ。ただ、過去に調査研究されたロゼト効果もそうだが、社会的紐帯や交友範囲だけが影響しているのかどうか、より深く正確で慎重な研究が必要だろう。

 いずれにせよ、高リスクの小集団へ介入するより、マジョリティの低リスク集団に対して積極的に介入したほうが社会的な影響はより大きい。タバコ対策もそうだが、予防医学や公衆衛生の観点からいえば、ソーシャル・キャピタルの整備は単に市民の健康維持のみならず低コストで効果の大きな医療政策になる可能性がある。

※1:Lisa F. Berkman et al., "From social integration to health: Durkheim in the new millennium." Social Science & Medicine, Vol.51, 843-857, 2000

※1:Sheldon Cohen, "Social Relationships and Health." American Psychologist, 59(8), 676-684, 2004

※2:Caroline F. Zink, et al., "Human Neuroimaging of Oxytocin and Vasopressin in Social Cognition." Hormones and Behavior, Vol.61(3), 400-409, 2012

※2:Camelia E. Hostinar, et al., "Psychobiological Mechanisms Underlying the Social Buffering of the HPA Axis: A Review of Animal Models and Human Studies across Development." Psychological Bulletin, Vol.140(1), 2014

※3:Brenda Egolif, et al., "The Roseto Effect: A 50-Year Comparison of Mortality Rates." American Journal of Public Health, Vol.82, No.8, 1992

※4:Nichoas A. Christakis, James H. Fowler, "The Spread of Obesity in a Large Social Network over 32 Years." The New England Jouranal of Medicine, Vol.357、370-379、2007

※5:Stephanie Brinkhues, et al., "Socially isolated individuals are more prone to have newly diagnosed and prevalent type 2 diabetes mellitus-the Maastricht study-" BMC Public Health, Vol.17:955, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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