NHKが”連ドラ”を作る仲間を一般公募。彼らがホンキで変わりたい理由
テレビドラマの脚本家を志す人を増やしたい
NHKが“世界を席巻するドラマを作る”とホンキだ。その名は「WDRプロジェクト」。テーマは“NHKに変革を起こす”。
プロジェクトの参加メンバー(脚本家)の一般公募にあたり「結構ホンキです」と書いてある(下記画像参照)。どれくらいホンキなのか、企画したNHKスタッフたちの意思を聞こうと取材を試みた。そこでわかったのは、NHKスタッフの変化の兆しであった。
WDRとはWriters’ Development Roomの略。複数のメンバーによる脚本家チームを作り脚本開発するプロジェクトになる。海外ドラマでは珍しくないやり方で、海外ドラマの強度が高い理由はこのチーム性によるものであるとも言われる。
日本でもそのシステムを取り入れて連続ドラマを作ってみようと立ち上がったのは保坂慶太さん。現在、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の演出をしている。上総広常(佐藤浩市)が粛清された第15回や義経(菅田将暉)の最期を描いた第20回では脚本や俳優の演技の熱量をこぼさない手腕を発揮していずれも話題を呼んだ。
保坂さんはこれまで大河や朝ドラに携わった経験を生かし、さらに連ドラの可能性を拓こうとしている。
漫画業界に流れた才能をドラマに取り戻す
「三谷幸喜さんのような傑出した才能を持つ脚本家に頼めばクオリティーは担保できますが、そこに頼り過ぎて僕たちディレクターやプロデューサーのスキルアップがされていない気がするんです。以前、漫画の編集者のかたとお話ししたとき、ご自身の確たるキャラクター論や物語論があって、作家のみならず編集者も作る能力に長けていることを知りました。それは、キャリアのない方の作品でも持ち込まれればフィードバックし、才能をつぼみのような状態から開花させる中で培われているのだと思います。テレビドラマの制作者も“伴走力”だけでなく、“物語る力”をもっと鍛える必要があると感じています」
今、おもしろいオリジナルドラマがなかなか生まれていない。オリジナルが書けるのは実績あるベテラン作家に限られる。未知数の作家にオリジナルを頼むリスクを避ける傾向にあるからだ。そのため新しい才能が生まれ育つ機会も減っている。それを保坂さんは懸念する。
「門戸のより開かれている漫画業界に才能が流れてしまい、そうやってできた漫画を原作にしてドラマを作っている。この状況を打破し、テレビドラマの脚本家を志す人を増やしたいと思っています」
そこで考えた方法のひとつが“ライターズ・ルーム”。複数の才能を集めてブレストしながら内容をブラッシュアップしていくという海外ドラマのノウハウを取り入れることだった。
バラエティー制作者の視点も採り入れる
「僕がアメリカのUCLA大学院に留学したとき、脚本家の教育システムが確立していることを目の当たりにしました。第一線で活躍している人物が指導をしているし、実際にドラマをつくるときはライターズ・ルームという集団で行っている。リサーチャー(取材担当)から始めて徐々にメインライターになっていくピラミッド構造です。システマチックに脚本家を育成する土壌で切磋琢磨し揉まれ最終的に残る人たちはおもしろいものが書けるようになるのだろうと思いました」
複数の視点による総合力で勝負する。それを目指して保坂さんがプロジェクトのメンバーに誘ったのは、中山英臣(ひでお)さん。志村けんさんのNHKでの初冠番組で朝ドラ「エール」出演のきっかけとなった「となりのシムラ」などをプロデュース、現在は「SONGS」を担当している。ドラマ制作ではないバラエティー制作者の視点が入ることによって保坂さんの求める総合力の強化が期待される。
“変革”を起こすためには「柔軟性と発想力のある人が必要だった」と保坂さん。中山さんが担当してきたバラエティーの世界は複数の構成作家によってひとつの番組を作ることは当たり前だった。
リスクを嫌っていたら、新しいものを生み出せない
保坂さんに声をかけられ賛同した中山さんは、自身の参加する意義をこう考える。
「ドラマの脚本を専門に書いているかたには、それまでのノウハウに基づいた構成の妙や独得のセリフ回しなどがもちろんあると思います。ただ、海外ドラマはかなりエンタメ化していて。それを意識した場合、他の部署の目線があるとより強度が増すのかなという気がしています。自戒を込めて言うと、ひとつの仕事をやっていると、その世界のことにはとても詳しくなるものの、一方で情報の選択が偏ってしまったり、いつの間にか発想に柔軟性はなくなっていく。どんなにそうならないように努めても、避けられません。ドラマ制作においても、他のジャンルをやっている者の目線が入ることで、お互いの脳みそが覚醒し柔らかくなり、新しい発想が生まれていく環境が作れるのではないかと期待しています」
中山さんの参加によってドラマ以外の才能をすくいあげる懐の深いものになるだろう。
いま、NHKでは“部局(ジャンル)横断”を課題とし、報道、ドラマ、バラエティーとジャンルを超えた番組作りを模索しているところだという。WDRはその課題に即したプロジェクトでもある。
WDRでは学歴、年齢、経験、ジャンル不問。ドラマ業界ですでに仕事をしているプロのみならず、漫画、コント、小説、演劇、映画、アニメ、ゲームなどの分野で物語を作ってきたプロ、未経験者、物語を作ることを生業にしたい人なら誰でも応募可能だ。
「ライターズ・ルームのいいところはそれぞれの強みをかけあわせることと言われています。一方、アイディアの交通整理には強いリーダーシップが必要で、とっ散らかるリスクもあります。今回取り組むWDRに対しても、うまく行くのか? と少し冷ややかな意見をもらうことも正直あります。でも、リスクを嫌っていたら、新しいものを生み出せないと思っています」
そう語る保坂さん。才能の交通整理をすることで保坂さんや中山さんたち、ディレクターやプロデューサーとしてのスキルアップにも繋がるということであろう。
志村けんさんはこう言っていた
例えば、中山さんは「となりのシムラ」で志村けんさんの深い台本の読み方に感銘を受けたそうだ。
「志村さんと2人で飲んでいるとき、言われたことがあります。『コントの肝は脚本なんだ。でも作り上げるためには、1つ1つ懸念点を潰していく、地味な作業を根気強く続けなければならない。神経をすり減らし、疲れる。だから、みんな逃げてしまうんだ』。志村さんは、自分の笑いを『動き7・言葉3』と言っていた人。そんな人が毎回、真剣に頭を悩ませ脚本に向き合っていた。実際に『となりのシムラ』の打ち合わせでも、静かにずーっと、2時間も3時間もかけて構成作家の書いた台本を読んでいました。一字一句、ト書きまで細かく分析して、この人物はこういうセリフは言わないのではないか、ちゃんと視聴者の方に受け入れられるものになっているか、事細かにチェックしていました。どんなに優れたおもしろいコントでも、一部の人しかわからないようなものは選ばないと基準がはっきりしていました。志村さんの台本の読み方はとても勉強になりました」
「となりのシムラ」のケースもある意味、複数作家の書いたものを志村さんが交通整理して仕上げたものだといえるかもしれない。
続きが気になる中毒性を強化したものを作りたい
WDRプロジェクトを立ち上げた保坂さんが意識しているのは「ブレイキング・バッド」。
「芸術だと思うくらい精巧にできているドラマですよね。『ブレイキング・バッド』ももちろんライターズ・ルームスタイルで作られたドラマで、ヴィンス・ギリガンがショーランナーで彼が脚本も書いて、彼の凄まじい作家性があった上でなんでしょうけど、裏切られる展開とその必然性が物凄く計算されている。それは脚本家たちがアイディアを出し合う中で、生まれているのだと思います。従来の日本のドラマは、ひとりの作家によるテーマ性やメッセージ性、個性を重視したものが多い印象があります。そこに加えてもっと純粋に続きが気になる中毒性を強化したものを作りたいと僕は思っています。1、2時間ではなく、5時間10時間と費やしてでも観たいと思ってもらうことが連ドラの宿命ですから、そこをもっと意識する必要がある。週刊少年漫画誌のように、毎週毎週、何が起こるかわからず、続きが気になるワクワク感を、ライターズ・ルーム形式で生み出して世界と勝負したいんです」
中山さんが興味を持っているドラマは「今、私たちの学校は…」「キングダム」「ナルコス」「トップボーイ」など。これまで筆者がNHKの作り手の取材で、影響を受けたドラマ、あるいは好きなドラマを聞くと、ちょっと前までだと向田邦子、山田太一作品が挙がることが多かったが、保坂さんや中山さんが挙げたドラマタイトルを聞いて、変化の兆しを感じた。
応募作品は完結する必要はない
NHKではこれまで日本放送作家協会とのコラボ「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」や、ディレクターやプロデューサーが一緒にやりたい作家を推薦してドラマ化する「脚本開発研究会」というプロジェクトが行われている。これらはすべて単発のドラマやラジオドラマの制作が目的であったが、今回は「連ドラ」を作るという企画であることが新しくもあり意欲的でもある点だろう。
課題であるオリジナルの脚本15ぺージ(原作ものは不可)は、物語の始まりでも途中でも構わない。完結する必要もない。審査では「続きが気になること」を重視する。
最大10名をメンバーとして選抜し、それぞれシリーズドラマ化を目指して脚本を開発。まず、各々が連ドラの第1話を執筆し、その内容を他のメンバーと共有し、お互いにアイディアを提供する「ブレスト会議」を定期的に半年間ほど行い、精度を高める。これは保坂さんがUCLA大学院で実際に経験してきたフローでもある。
完成した第1話の脚本は、保坂さんや中山さんが局内の提案会議でプレゼンし、企画が採択された際には、発案者のメンバーを中心に、第2話以降の脚本を開発していく。
“好きの搾取”にはならないように
必ず企画が通ってドラマ化される保証はない。ただ、ひとつのドラマ企画に時間をたっぷりかけて他者の視点も取り入れながらブラッシュアップしていくという貴重な体験ができる。その活動に関しては“好きの搾取”にはならないよう配慮され、執筆料も支払われる(詳細はNHKの公式サイトを参照してほしい。「WDRプロジェクト」で検索を。参加することになった場合の細則が丁寧に説明されている)。志ある者の育成の場を作る。新たなドラマを生み出そうとするNHKのホンキの表れである。
ちなみに、映画では共同脚本はよくあること。また、日本のドラマでも、連ドラを複数作家が担当するのみならず、“脚本家チーム”として制作することもある。有名なのは向田邦子も参加していた“葉村彰子”でヒットドラマを生み出してきたこの人物は実は複数の作家の共同ペンネームであった。
葉村彰子のように架空の人物として活動していた過去の例に対して、今回のWDRのように、連ドラ脚本の共同開発を明言し、メンバーを一般公募することは珍しいのではないだろうか。
WDRプロジェクトが低迷するドラマ業界の突破口になることを期待して、今後も追跡取材していきたいと筆者は考えている。
保坂慶太 Keita Hosaka
NHKメディア総局・第3制作センター(ドラマ)所属のディレクター。1983年アルゼンチン生まれ。中学・高校をチリ、アメリカで過ごす。2007年NHK入局。主な作品に、朝ドラ「まんぷく」、大河ドラマ「真田丸」「鎌倉殿の13人」など。よるドラ「だから私は推しました」ではチーフ演出をつとめた。2019年、UCLA School of Theater, Film, and TVにてシリーズドラマ脚本執筆コースを修了。
中山英臣 Hideo Nakayama
NHKメディア総局・第3制作センター(エンターテインメント)所属のディレクター。1982年宮崎県生まれ。制作会社を経て2017年NHK入局。「ノーナレ」「逆転人生」「ロコだけが知っている」「ブラタモリ」「紅白歌合戦」などを担当。前職を含め報道・経済・スポーツ・情報・バラエティー・映画・音楽・ドキュメンタリーとあらゆるジャンルを経験。主なプロデュース番組は「となりのシムラ」「Switchインタビュー」「バリバラ スケッチコメディ」など。現在は「SONGS」を担当。