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「線を引かない授業」に目覚めるときがきた

前屋毅フリージャーナリスト
「稼ぐ」ためにグッズ作成に取り組む美女木小の3年生    撮影:筆者

「導いてあげる授業のほうが楽なんですけどね」と、美女木小学校(埼玉県戸田市)で3年2組を担任した後藤香織さんは言った。しかし、それとは逆の授業を彼女は経験することになった。

|「指導する授業」は楽かもしれないけれど

 昨年度(2021年度)の美女木小学校3年生は、総合学習で「学校に虫を増やす」というテーマに取り組んだ。虫が少ない学校に、虫が増える環境を校内につくることにしたのだ。

 そのために、花や木を植えたり、虫に親しめるようにポスターをつくったり、図鑑を揃えたりなど、さまざまなアイデアが各クラスからでてきた。ただアイデアをだすだけでなく、それらは実践にうつされていく。

 実践するにはおカネが必要になってくるのだが、それを子どもたちは自分たちの力で稼いでしまった。オリジナルグッズを作成してネットで販売するソフトでもって、3年生全体で8万円あまりを稼ぎだしたのだ。「稼ぐ授業」だった。

 そんな授業は公立の学校ではスタンダードではない。美女木小としても初めての試みなので、それを教員が「指導」するといっても簡単ではなかったはずだ。

 それでも「導く授業のほうが楽だったかもしれない」と後藤さんがおもうには、理由がある。じつは、彼女にとって昨年度は、教員になって最初の年だったのだ。

「授業でやるべき線を引いて、そのなかに子どもたちを導いてあげる授業のほうが楽でした。線が引けていないと、どうやって導いていいかわからないし、子どもたちもあっち行ったりこっち行ったりで、グチャグチャになった授業もありました。そういう経験があったので、総合学習も同じように線を引いた授業のほうがいいのかな、とおもっていました」

 ところが、3年生のほかの担任たちからは、「そうではない」と教えられたという。文科省も、「探究的な見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行う」と総合学習を位置づけている。つまり教員が先回りして教え導くのではなく、子どもたちが自分で考え・行動するなかから学んでいく授業なのだ。

「線を引きたいのを、我慢しながらやっていました」と、後藤さんは笑う。子どもたちがやりたいことを優先し、最終的には4つのグループに分かれて取り組むことになった。

「グループ分けするについても、『1グループ何人まで』と指示しがちなんですが、それもジッと我慢でした。でも、やりたいことを自分で選んで、入るグループを決めて、だからこそ熱心に取り組めたとおもいます」

 あらかじめグループの人数制限を設けてしまえば、そこから溢れた子は自分の意にそぐわないグループに入ることになる。そうなると取り組み方が中途半端になるかもしれないし、それがグループとしてのやる気を削ぐことになるかもしれない。

「学年全体で8万円あまり、クラスごとだと2万円あまりが使えることになっていたんですが、その使い方でも線を引かないと子どもたちのなかで揉めるかなと心配したんですが、そんなことはありませんでした」

 線を引いての指導であれば、「グループごとの予算はいくら」と教員がやってしまいがちである。それが平等だし、ケンカにもならないというのが従来の発想だからだ。

「花壇をつくるグループは予算が必要です。しかしポスターをつくるグループだと、ほとんど予算は必要ありません。それでもクラス全員で稼いだおカネですから、ポスターのグループから『せっかく稼いだんだから、私たちもおカネをつかいたい』と言いだすかもしれない、と私はおもっていました」

|尊重されるべきは、子どもたちの意識

 ところが、そんなことにはならなかったのだ。まったく揉めるような事態にはならなかった。後藤さんが続ける。

「『花の苗を買うにはいくらくらい必要だね』とか、子どもたちが自分たちで判断して、配分していました。おカネを使わないグループも生き生きと、楽しそうに自分たちの作業をしていました」

 教員が線を引いて、先回りして指導しなくても、目的がはっきりしていて、自分たちで判断できるとなれば、子どもたちは自分たちの力でやり抜いていく。そんな授業で教員に必要なのは、見守る力と必要なときだけ最低限のサポートをする力なのかもしれない。そんな授業が、確実に必要とされている気がする。

 後藤さんの話を聞きながら、ほかの3年生を担任した教員たちも、しきりに肯いている。先回りするのではなく、見守る授業の重要さを、「儲ける授業」とつうじて実感しているようだった。

「初任だったので、ほかの先生方のように子どもたちとの信頼関係がうまくつくれていなかったし、うまくできなかったところも多かったと反省ばかりです」と、後藤さん。それでも、「線を引きたいのを我慢しながらも、『なるほど』と子どもたちに感心してしまう場面が多かったです。とても楽しかったし、面白い経験でした」と言って笑った。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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