ロキシー・ミュージックのフィル・マンザネラがティム・フィンとの共演アルバムを発表【前編】
ロキシー・ミュージックのギタリストとして知られるフィル・マンザネラとティム・フィンのコラボレーション・アルバム『サンティアゴの幻影』が2022年7月29日(金)に発売となる。
2021年の『コート・バイ・ザ・ハート~心を掴まれて』(2021)から1年足らずのハイペースでのリリースとなる共演第2弾。スプリット・エンズでの活動を経てソロ・シンガーとして活躍するティムのヴォーカルがフィルのギターと融け込み、心にしみるソングライティングがラテンの叙情とエレクトロニクスのひんやりとした感触に彩られて浮かび上がる。半世紀近くの交流を経て熟成されたパートナーシップは、豊潤な芳香を放つものだ。
アルバムのリリースに際してフィルにインタビュー。ティムとの共演に加えてロキシー・ミュージック50周年ツアーへの展望、輝かしいキャリアの知られざる秘話を語ってもらった。
全2回記事の前編、まずは『サンティアゴの幻影』について訊く。
<ティム・フィンとは1975年以来の友人なんだ>
●『サンティアゴの幻影』は前作から早いペースでリリースされますが、両作は同じ時期に書かれたものでしょうか?
新型コロナウィルスによるロックダウンが始まってすぐ、ティムからもらったメールが発端だったんだ。彼とは長い付き合いの友達だけど、新しい曲を書くのに、ラテンのビートのトラックを作って欲しいと頼まれた。彼がニュージーランドのオークランド、私がイギリスに住んでいるんでネットを介してトラックをやり取りして、2人で曲を書くようになった。当初は発表することを考えていなかったけど、25曲が出来上がったんで、アルバムとしてリリースしようと話したんだ。いろいろ構成や曲順などを話し合ううちに、10曲ずつ、2枚のアルバムにするのがベストだと合意して、『コート・バイ・ザ・ハート』『サンティアゴの幻影』として完成させた。残り5曲もアルバムの流れと合わなかっただけで、クオリティはまったく遜色ない。ティムとの共作はこれからも続けていくし、3作目以降に収録するかも知れないよ。
●2枚のアルバムでどのように差別化を図りましたか?
どちらのアルバムも楽曲のコレクションではなく、起承転結があるようにした。でも結果として『コート・バイ・ザ・ハート』は起伏とダイナミクスのある作風、『サンティアゴの幻影』はより内省的なムードになったね。「宇宙の詩 Space Cannibal」では地球温暖化について歌っていたり、哀しみをたたえた曲が目立つかも知れない。異なった色彩のパレットで描いた絵画のようで、どちらも気に入っているよ。
●ティムとの関係について教えて下さい。
長くなるよ、いいかい(笑)?1975年にロキシー・ミュージックが初めてオーストラリアとニュージーランドをツアーしたとき、オープニング・アクトがスプリット・エンズだったんだ。彼らの音楽は素晴らしいと感じたし、ティムも才能あふれるシンガーだった。それでイギリスに来てアルバムを作ることを勧めたんだ。もっと多くの人に彼らの音楽を聴いて欲しかったし私自身、アーティストをプロデュースすることに興味があったからね。クリス・トーマスの作業を見て、自分もやってみたかったんだ。スプリット・エンズは“クリサリス・レコーズ”と契約して成功を収めて、それからイギリスを活動拠点にしてきた。それと並行して、801の『リッスン・ナウ』(1977)や私の『K-スコープ』(1978)にも参加してもらったよ。ティムは今ではニュージーランドに戻っているけど、ずっと連絡を取り合ってきた。良い友人なんだ。
●ティムとの曲作りの作業はどんなものでしたか?
私がイギリス、ティムがニュージーランド在住で時差があるから夜、寝る前にトラックを送って、朝起きると彼のヴォーカルや歌詞が加わって送り返されているんだ。それが楽しみで、毎日がクリスマスの気分だった(笑)。彼は天才だよ。そんなやり取りを繰り返して、25曲を書いたんだ。アルバムとして発表することを決めてから、私のバンドのメンバー達に声をかけて、リズム・トラックを録った。ポルトガル出身のシンガー、ソニア・ベルナルドにも歌ってもらって、完成させていったんだ。アルバムのミックスもZoom経由で行った。テクノロジーの進歩は素晴らしいよ。
●「サンチアゴの幻影 The Ghost Of Santiago」はチリに行ったことがないティムが想像したサンティアゴを歌っているそうですが、あなたから見て、正しく描かれていますか?
私は数年前(2015年)にデヴィッド・ギルモアのツアーでサンティアゴに行ったんだ。チリ北部はまだインカ帝国時代からの土着文化が残っているけど、都市部はすっかりヨーロッパ、特にスペインみたくなっている。ティムが書いた歌詞は、僧侶と尼僧の禁じられた恋愛の物語なんだ。サンティアゴの実在の地名も出てくる。ドキュメンタリーではないし、100%正確を期する必要はないけど、ロマンチックな雰囲気を捉えている。仕上がりはとても気に入っているよ。
●『サンティアゴの幻影』は前作と較べて“内省的”といっても「浜辺にて Costeno」でコロンビアのクンビアとリズムをフィーチュアしたり、「泣きたい心 Llanto」もラテンのリズムとエレクトロニクスをクロスオーヴァーさせるなど、踊れるアルバムでもありますね。
うん、私の母がコロンビア人で、私もキューバやベネズエラで子供時代を過ごしたことで、クンビアなどのリズムが身体に染みついているんだよ。ダンスは決してうまくないけどね(苦笑)。最初にギターを習ったのは、母親からだったんだ。「浜辺にて」ではコロンビア出身のDJペルネッテがプログラミングで参加しているんだ。彼はガイタというバグパイプに似た伝統楽器もプレイしているし、アルバムの音楽をより豊かにしてくれた。
<ティムとの作業はとてもクリエイティヴで、いつだって楽しい>
●本作ではギターにはどのようにアプローチしましたか?
私はいわゆるギター・ヒーローではないし、音楽に仕えるためにギターがあると考えている。この2枚のアルバムでもその姿勢は変わらないけど、情熱を込めたリードやスパニッシュ・ギター、アトモスフェリックなトーンなど、ギターをたっぷりフィーチュアしているよ。私の2022年のギターと機材については公式YouTubeチャンネルで解説しているから、ぜひ見て欲しいね。
●「泣きたい心」のエンディングで一瞬聴けるのは、ベンチャーズでおなじみの「アパッチ」でしょうか?ロキシー・ミュージックの「リ=メイク/リ=モデル」でもザ・ビートルズの「デイ・トリッパー」、ライヴではザ・ローリング・ストーンズの「サティスファクション」を挿入していましたよね?
...ん?いや、あれは「アパッチ」ではなく、ちょっとした思いつきのフレーズだよ(笑)。「リ=メイク/リ=モデル」は楽しい曲だったね。“未来のパーティー・ソング”という感じで、VCS3シンセを使ったりしながら、フューチャリスティックな仕上がりにしたかったんだ。バンド全員が新しいチャレンジに燃えていた。50年前の、みんな若かった頃だよ。
●『サンティアゴの幻影』は「最後のカーテン・コール The Curtain Call」で終わりますが、ティムとのコラボレーションは今後も続くでしょうか?
うん、そのつもりだ。心配はいらないよ、安心してくれ(笑)。ティムとの作業はとてもクリエイティヴで、いつだって楽しい。むしろ今までどうして一緒にアルバムを作らなかったのか、不思議なほどなんだ。そのぶんこれから追いついていくつもりだよ。
●ティムとはコロナ禍以来、直接会いましたか?
いや、最後に会ったのはもう10年以上前、2011年のロキシー・ミュージックの大洋州ツアーのときだよ。オークランド公演の会場に来てくれたんだ。ずっとメールで連絡は取り合っているし、お互いの近況は知っているけどね。まあ、近いうちに会う機会もあるだろう。彼の弟のニールとは2019年に会ったよ。ロキシー・ミュージックが“ロックンロール・ホール・オブ・フェイム”殿堂入りしたとき、授賞式に来ていたんだ。ニールは今フリートウッド・マックでやっていて、その年スティーヴィ・ニックスが殿堂入りしたから、バンドの面々も式に来たんだよ。彼とも友達だし、久々に会えて話が盛り上がった。一緒に撮った写真をティムにメールしたのを覚えているよ。
●ティムとの共演ライヴにも期待しています!
ぜひ実現させたいね。住んでいる場所が離れているし、スケジュールの調整が難しいけど、2023年には一緒にプレイ出来たら良いと考えている。
●あなたは1991年、スペインのセヴィリアで行われた“ギター・レジェンズ”コンサートでキュレーターの1人に選ばれたり、2007年には英“プラネット・ロック”ウェブ・ラジオでさまざまなギタリストを特集する番組『A For An Axe』のホストを務めるなど、ギタリストご意見番でもありますが、最近注目しているギタリストはいますか?
私自身YouTubeを見たりするけど、良いギタリストは山ほどいるね。ただ具体的に名前は思い出せないんだ。まだまだギターという楽器が廃れることはないだろう。自分ももっと練習しなければ!と身が引き締まる思いだよ。
後編記事ではロキシー・ミュージック50周年ツアーと、半世紀に及ぶキャリアにまつわる秘話を話してもらった。
■アーティスト:Tim Finn & Phil Manzanera(フィル・マンザネラ & ティム・フィン)
■タイトル:THE GHOST OF SANTIAGO(サンティアゴの幻影)
■品番:IACD10925
■その他:日本限定紙ジャケット仕様/日本語解説付
■発売元:JUNE DREAM / IAC MUSIC JAPAN