蓮舫民進党代表に戸籍謄本の公表を求めることの本当の問題
民進党の蓮舫代表が戸籍謄本を公開する意向を示しているとの報道が流れている。そのことについて党内外からすでに戸籍謄本の公開は「差別を助長しかねない」との危惧の声が出ている。
そこで仮に戸籍謄本の公開に至った場合の問題は何か、とくに多文化共生の観点での問題点についてNPO法人多民族共生人権教育センターの文公輝 事務局長にお話を聞いてみた。
ーーー 蓮舫議員の戸籍謄本を公開するかもしれないという段階に来ていますが、このことについてまずどう思われますか?
(文公輝氏) 蓮舫さんが日本国籍者であることは、明らかなことです。日本の国籍法は、かつて父系血統主義を取っていたため、台湾籍の父をもつ彼女は出生時において台湾籍をもっていました。しかし1985年に国籍法が父母両系主義の血統主義に改められ、彼女は経過措置によって届出をおこなうことで日本国籍を取得しました。実態として、この時点で彼女は台湾籍を放棄したと見做すべきでしょう。国交関係もなく、言語等の壁もある台湾の法制度に則って台湾籍を離脱する手続を取ることは実態として難しいことです。だからこそ法務省も重国籍者の日本国籍選択後の原国籍離脱についてはあくまで「努力義務」にとどめているのです。
では、ことさらに彼女に戸籍の開示を求める人たちの意図はどこにあるのでしょうか。もっともらしく、コンプライアンス云々をいう人がいますが、蓮舫さんは、法律に違反する行為をおこなっている訳ではありません。私には、彼女に戸籍を開示するように迫ることは、日本以外の国や地域にルーツをもつ者に対する一種の「踏み絵」を強いる行為であるように思えてなりません。彼女が、自身の台湾にルーツをもつ者であるという属性を一切捨て去り、「身も心も日本人」であるということを宣言させたいのではないでしょうか。
ところが、人間の内心に深く関わる「身も心も日本人」であることの証明など、どうやってもできるものではありません。仮に彼女が実際に戸籍を開示したところで、第二、第三の踏み絵が示されることでしょう。実際、台湾ルーツであることを公言して国会議員を務めてきた彼女に対しては、極めて差別的な誹謗中傷がおこなわれてきました。
かたや台湾ルーツをもつ者として徹底的に他者化して差別的に攻撃し、一方では「身も心も日本人」であることを強いる。これは典型的な差別です。レイシャル・ハラスメントと言い換えても良いでしょう。
ーーー 戸籍開示は、何が問題なのかを教えてください。
(文公輝氏) 戸籍には、極めてセンシティブな個人情報が記載されています。それらの情報は、原則として本人以外が勝手に開示することを強要することはできません。例えば運転免許証には、かつて本籍(都道府県名、外国籍者の場合は国籍)が、印字されていました。ところが、実態として運転免許証は、クレジットカードの発行等、私人間の契約行為における身元保証書類として用いられることが多いですよね。その際に例え都道府県名だけだろうが本籍が第三者に明らかにされることは好ましくない。そのため、現在では運転免許証には本籍は印字されず、必要に応じて警察官のみが読み取れるICチップに記録されるようになりました。
現在では、住民票の写しや戸籍謄本などを、市町村区が代理人や第三者に交付した場合に本人に知らせる、「本人通知制度」(事前に市町村への登録が必要です)が施行されています。 このように、戸籍情報は厳重に管理されているのが現在の日本です。個人情報の自己コントロール権が、外国にルーツをもつ者、あるいはそのように疑われた者だけ蔑ろにされてよいはずがありません。では、どうして戸籍情報がここまで厳重に管理されているのか。それは、戸籍情報が、差別的排除を目的として悪用されている現実があるからです。
被差別部落出身者を雇用や結婚にあたって排除するため、日本中の被差別部落の住所を一覧にした冊子「部落地名総鑑」が1970年代に明らかになりましたが、同種の事件は今日に至るまで絶えることがありません。大阪市が2005年におこなった「人権問題に関する市民意識調査」では、住宅を選ぶ際、「同和地区の地域内である」場合に「避けると思う、どちらかといえば避けると思う」と回答した人が54.0%にものぼります。「小学校区が同和地区と同じ区域になる」場合は45.0%です。被差別部落や、その出身者を忌避しようとする意識がこれだけ根強いなか、戸籍が開示されることによって被差別部落に関わりがある者であることが明らかにされることで、当事者に深刻な不利益が生じる可能性があることは容易に想像できることです。
さらに蓮舫さんのように、元外国籍であった人、父母のいずれかが外国籍である人は、戸籍にそのことが記されています。昨今のヘイトスピーチの横行をみるまでもなく、特定の人種、民族、国籍に係わる属性をもつ人に対する差別は極めて深刻です。法務省が今年3月に発表した「外国人住民調査報告書」によれば、過去5年間の間に日本で働き、求職活動をおこなったことがある外国人の25.0%が「外国人であることを理由に就職を断られたことがある」と回答しています。過去5年間に「外国人であることを理由に侮辱されるなど差別的なことを直接いわれた経験」があると答えた人は、「よくある」「たまにある」をあわせると3割を越えます。戸籍が開示されることで、外国にルーツをもつことが明らかになった場合、差別的排除によって不利益を受け、あるいは深刻な精神的苦痛を伴う差別被害を受ける可能性が極めて高いということができるでしょう。
先述したような、戸籍を個人情報の最たるものとして厳重に管理するようになったのは、日本社会における被差別部落や在日外国人に係わる差別撤廃運動によるところが大きいのです。
今回の蓮舫さんに対する戸籍開示の圧力は、そのような反差別と人権確立の取り組みに真っ向から反するものです。とりわけ民進党内部から、そのような言動が相次いだこと、それに対して、反差別と人権擁護の責務を有する国政政党である民進党としての明確な意見表明がなされていないことは極めて残念なことです。結果として、外国にルーツをもつ人びとに対して戸籍開示によって「身も心も日本人」であることを宣言することを強いる明らかな差別、レイシャル・ハラスメントを党として容認しているという誤ったメッセージを社会に発信してしまっています。
民進党には「民進党のハラスメント防止指針」があり、そこには、「他の者を不快にさせ、人格と尊厳を侵害し、または不利益をもたらす言動」を含めた「その他のあらゆるハラスメント」に関して「議員および政党人としての倫理の確立、人権の擁護を図る」と記されています。党内で蓮舫さんに対して戸籍開示を求める言動を行った人たちに対して、民進党が指針に基づく厳正な対応をおこなうこと、そして党外に対して、戸籍開示の圧力があってはならない差別でありハラスメントであることを宣言していただきたいと考えます。
ーーー 戸籍公開によって今後日本の社会に何らかの影響って起こりえますでしょうか?
(文公輝氏) 何よりも心配なのが、今後、外国にルーツをもつ人たちに対して、同様の圧力をかけることを容認する社会的合意が形成されてしまうことです。
厚生労働省の人口動態調査によれば、2015年末の時点で、出生届が出された新生児のうち、父母いずれかが外国籍者である子どもは19079名。これは全体の1.9%、およそ53人にひとりです。また、法務省統計によれば過去30年間に「帰化許可申請」が許可された人の累計は30万人近くに及びます。ゆっくりとではありますが、日本国籍をもつ人の人種的、民族的な多様性は確実に進行しています。
これら日本国籍者であるダブル/ミックスルーツの人びとを、日本はいつまで異端視し、特別で終わりのない絵踏を強い続けるつもりなのでしょうか。実際、民族名を名乗っていたり、身体的特徴によって外国籍者であると疑われたダブル/ミックスルーツの人が、雇用の場面でパスポート等の提示によって日本国籍であることを証明させられる屈辱的扱いを受ける事例が横行しています。
多民族共生人権教育センターでは、そのような差別的待遇の被害者の救済のため、加害者等と話し合いをおこなってきました。合理的理由もなく、通常とは明らかに異なる身元保証を求めることが差別なのです。このことは、多少の温度差はあるものの、大半の加害者側も納得し、反省のうえで再発防止に取り組んでいただいています。
ところが、今回の蓮舫さんの戸籍開示がそのまま認められてしまえば、またしても日本社会における差別行為のハードルが、グンと下げられてしまい、同様の行為があらゆる場面で容認され、横行してしまうのではないでしょうか。そのことを一番心配しています。私の二人の子どもも、妻が日本国籍で、私との結婚時に戸籍上の氏を「文」に変更しているため、朝鮮半島ルーツの戸籍名をもつ日本国籍者です。親として、彼らが、ことあるたびに日本国籍を持っていることの証明を迫られ、「身も心も日本人」であることを宣言する圧力のなかで生きていくようなことには、なってほしくありません。
日本を、そのような排外主義と強制同化主義が横行する社会に変えてしまわないためにも、民進党が前述した毅然とした対応をとるべきです。蓮舫さんも戸籍の開示は行うべきではありません。それが、人種差別撤廃のために公党とその党首に求められている責務です。
ーーー お忙しい中、インタビューにご協力いただき、ありがとうございます。