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傑作だったバカリズム『侵入者たちの晩餐』 小劇場演劇的な重層構造の脚本に潜ませた圧倒的オリジナリティ

武井保之ライター, 編集者
『侵入者たちの晩餐』日本テレビ公式サイトより

 バカリズムがオリジナル脚本を手がけたスペシャルドラマ『侵入者たちの晩餐』が1月3日に放送された。高い評価を受けた前作の連続ドラマ『ブラッシュアップライフ』に続き、バカリズム節を炸裂させた本作は、あるあると小ネタの会話劇に笑い、突然のサスペンス展開に惹きつけられ、どこに向かうかわからないストーリーの奥深さに引き込まれ、ラストには爽やかかつ清々しい余韻に浸れる傑作になっていた。

構造は『ブラッシュアップライフ』に近い

 物語の主人公は、バカリズム脚本のデフォルトになりつつある平凡な3人の女性。とある理由から2人が務める会社の社長宅に不法侵入することになり、そこで別の侵入者と出くわし、物語が急転していく。

 大枠の構造は『ブラッシュアップライフ』に近い。本作でも、取材を重ねたであろう職業あるあると小ネタの会話劇を導入のつかみにし、それで2時間はもたないだろうと思わせたところで、サスペンスチックな展開に急転し、視聴者を一気に引き込む。

 小劇場の演劇的な構成であり、ドラマ構造自体は新しいわけではない。ひとつの家で数組の侵入者が鉢合わせしたり、章立てでストーリーが進行しながら登場人物個々の視点やエピソードが挟み込まれるような設定は、これまでにもあった。しかし、バカリズム脚本が異なるのは、何層にも分けれらた重層的なストーリー構造によってお話が掘り下げられていく、先行きがまったく読めない奥行きの深さだ。

 さらに、登場人物はリアリティのある平凡な人間であり、誰もが共感できるであろう行動原理を持ちながら、些細な出来事の動機や細やかな会話のなかの言葉の数々は、決してありきたりではない。二重三重に組み立てられた物語構造、ラストに向かってつき進む展開が生み出すつきぬけるようなカタルシスなど、挙げていけばきりがないほど圧倒的なオリジナリティにあふれたドラマになっている。

登場人物はバカリズムの目に映るわれわれ現代人の姿

 加えて、決してパンチがあるわけではない劇中の登場人物が発する言葉の節々に、頭に刷り込まれていくようなインパクトがある。『ブラッシュアップライフ』のあと、生まれ変わりやタイムリープ作品において「人生何周目」という使われ方が一般的になったように感じるが、バカリズムドラマから生み出されるパワーワード、フレーズがある。

 本作では、元グラビアアイドルで会社社長というリアリティのある悪役を好演した白石麻衣が発した「もういいよ」「二度とやらないで」という言葉には、バズワードになりそうな力強さがにじんでいた。もちろん、それを狙って効果的なタイミングで繰り返すバカリズムの狙いがあってのことだろう。

 それらすべてを含めて、バカリズム視点で切り取る現代社会を映すドラマがいまの時代に刺さっている。劇中の登場人物たちの自分勝手なそれぞれの言い分は、決して間違っていない。しかし、自分を棚に上げてどの口が言う、という設定の妙が笑いのベースにある。それはバカリズムの目に映るわれわれ現代人なのだろう。

 だから自分のことのように笑えるし、自分の滑稽さに気づいて笑い飛ばすことで清々しい気分にもなれる。そして、早く次の作品が見たくなる。バカリズムはすでに数々の脚本賞を受賞しているが、間違いなくいまの日本エンターテインメントシーンを代表する脚本家のひとりだ。

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ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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