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横浜カジノ撤回公約:「本当の」内幕

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

横浜市長選において、菅政権の現職の国家公安委員長である小此木八郎氏が、突如「横浜カジノ撤回」を公約として出馬表明。この急展開に、特に地元のカジノ推進派を中心に混乱が広がっているのは当然ではありますが、実はそれ以上に目前の選挙戦を「カジノ反対」を争点として闘おうと準備してきた地元カジノ反対派にも動揺が広がっているというのが面白いところです。

また特に拝見していてナンダカなあと思ってしまうのは、政権批判を展開したい、いわゆる「ジャーナリスト」の方々の論調。彼らの多くは「自身の地元である横浜構想も含めて、カジノ合法化は菅総理の肝いり政策である」という前提で様々な批判を展開してきたワケですが、ここに来て菅総理とどう考えてもツーカーの仲である腹心中の腹心、小此木氏が「カジノ構想撤回」を掲げて市長選に出馬してしまったことで、彼らが描いてきた「ストーリー」が大崩壊してしまっているわけです。

で、結果的に「腹心中の腹心である小此木氏が首相に反旗を翻し、自民党に内紛が起こってる」みたいな新たな謎ストーリーを作り出してしまうわけですね。以下、東洋経済からの転載。

小此木氏、「横浜市長選出馬」の複雑怪奇な舞台裏 -横浜へのカジノ誘致反対で菅首相に反旗か

https://toyokeizai.net/articles/-/438105

こういうのを見るにつけて、マスコミというのはろくな情報を持っていない中で、断片的な事象だけを繋ぎ合せて適当なストーリーを創作するもんなんだなあ、と改めて思ってしまうわけであります。

小此木氏が「横浜カジノ構想撤回」を公約に掲げて出馬表明をした時点で、もう僕の中でこれを秘匿しておく必要はないと思われるのでお話をしますと、実は神奈川県の自民党県連の中では特に県内選出の国会議員さんを中心に「横浜カジノ撤回論」が実しやかに存在している事は、私自身は関連の方々から数年前から聞かされてきたことでありました。

それら「横浜カジノ撤回論」の始まりは、菅総理がまだ前・安倍政権において官房長官を務めていた時代のこと。当時、菅官房長官に親しい神奈川県選出の国会議員の間では「横浜カジノより総理の椅子の方が重要」という論が立てられ、菅官房長官に対して「横浜カジノは撤回すべきだ」とする進言があくまで仲間内の非公式の話として何度も進言されていたと聞いています。その理由は、当時国内最大3とされていたカジノ候補地の有力候補の取り合わせに起因するもの。

当時、国内で有力なカジノ候補地とされていたのは北海道、横浜、大阪の3つの自治体だったわけですが、実はこの3つの自治体は全国自治体の中でも当時官房長官であった菅氏に「非常に近い」と言われてきた自治体なんですね。そして、当時の国内カジノ誘致レースでは、この3地域が圧倒的に優位性を持っているとも言われていたワケですが、一方でこれら3つがカジノの整備地として国から指定を受けるというのは、「そこに菅官房長官の意思がある/なしは別として」あまりにも「見栄えが悪い」。「利益誘導だ」としてマスコミから叩かれるのは目に見えていますし(実際、上記の通り現在に至るまでマスコミはそういう批判的論調を準備してきたわけです)、何よりも党内において不要な「妬み/嫉み」を生んでしまう。そこで、当時の菅官房長官に近いしい神奈川県選出の国会議員界隈で水面下で論じられるようになったのが横浜カジノ撤回論でありまして、カジノを巡って不要な軋轢を党内に発生してしまうくらいなら、いっそ自身の一番の地元である横浜のカジノ構想を降ろしてしまった方がいい。要は「カジノより総理の椅子の方が大事」という論であったわけです。

で、その後、安倍政権が倒れた後、「安倍後継の最右翼」と呼ばれていた菅官房長官が総理の座に座るわけですが、今回発生したのが横浜市長選を巡るゴタゴタであったわけです。今回の横浜市長選にあたって、実は自民党の横浜市連は6月の冒頭の時点で早々に、現職・林市長に不支持の表明を行い、出馬辞退の働きかけを行っています。

横浜市長選 自民、林市長に出馬辞退を働き掛け…本人は出馬に意欲も高齢、多選を懸念

https://www.tokyo-np.co.jp/article/109502

その理由は既に3期目、齢75歳になる林市長の高齢・多選にあったわけですが、実はその後、自民党が独自候補を探すにあたって非常に難航したのが実態。自民党としては林氏に代わる独自候補探しを当初は安易に見ていた向きがあるのですが、事前調査を行うと予想以上に林氏の人気が未だ地元民の間で高く、幾人かの候補者名は上っては消えをしたものの、いずれも「もし林氏が無所属で再出馬した場合、勝てない」という数字が出てしまっていたわけです。それ故、最終的な候補者を確定できないまま、ズルズルと選挙公示日が近づいていたというのが当時の内幕でありました。

で、最終的にその責任を取ろうと立ち上がったのが菅総理の腹心であり、自民党神奈川県連の会長であった小此木氏だったわけですよ。何しろ横浜は菅総理の地元であり、同時にこの先、数カ月の間には確実に行われる自民党総裁選、そしてその先の総選挙にとっての前哨戦のようなものに当たりますから、なんとしてもここで負けるわけにはいかない。一方で「勝てそうな候補者」が県連として擁立できなかったワケですから、仕方がない。「菅政権の現役大臣が大臣の椅子も議員の椅子も投げ捨てて、横浜市長選に挑む」という看板を引っさげて、小此木氏が出馬に至ったワケです。但し、小此木氏が市長選に立つにあたっては、横浜カジノ構想は降ろさせてくれ。なぜなら「カジノよりも(菅氏の)総理の椅子の方が大事でしょう」というのは、先でご紹介した数年前に神奈川県選出の自民党国会議員の間で当時の菅官房長官に進言されていたロジックと全く同じなんですね。

要は、今回の小此木氏による「カジノ撤回を公約とした横浜市長選出馬」は、最も菅総理に近い腹心として小此木氏が「菅総理の為に」起こしたアクションであって、別に小此木氏が菅総理に反旗を翻したわけでも、国政自民の中で内紛がおこってる訳でもないんですね。ただ、唯一自民党の特に神奈川県連の中で「スジ」が立たなくなってしまうのが、これまで「カジノ推進」として活動をしてきた自民党横浜市連への顔向け。横浜市連は、これまで横浜カジノの誘致当事者として、地方選挙を「カジノ推進」で戦ってきましたから、小此木氏が自民党の公認候補として「カジノ撤回」を掲げて市長選に出馬してしまうと、彼らの顔が立たなくなってしまう。なので、小此木氏は今回の横浜市長選にあたっては、自身が県連会長を務めているにも関わらず、無所属としてその選挙に臨む、と。私からしてみれば、寧ろ「小此木さん、菅総理の為にそこまでやるんですね…」という感想しかないわけであります。

諸々のコロナ対策と五輪関連の施策では、国民の不評をかっている菅政権ではありますが、それに対する野党の支持が高まっているかというと、全くそうではなく未だ野党支持は低迷したままなのが現状。その様な状況下で、カジノは特に左派系野党にとっては数少ない「与党に勝てる」政策争点でありますし、その候補地になっている横浜が菅総理自身の地元であることもあって、横浜市長選、そしてその先にある総選挙に向けて、彼らがカジノを争点化しようとこれまで何年も活動を積み重ねてきたのは判ります。また、一部の自民党政権に対して批判的なマスコミも、この野党の選挙戦略に乗って「カジノは菅総理の肝いり政策であり、地元横浜に利益誘導を狙ってる」という論調を強めてきたのも事実ではありますが、実は内情でいうと菅政権にとって横浜へのカジノ誘致は「総理の椅子ほど重要ではない」という当たり前の論が、数年前からずっと菅総理に近い神奈川県の自民党関係者の間では起こっていたのですね。

で、いよいよ極まってきたこの市長選直前のタイミングで遂に「横浜カジノ構想」が降ろされた、と。私としては「ああ、そういう事になってしまったんですね…」という感想しかないわけであります。この辺の詳細に関しては、私のyoutubeチャンネル側でも詳細ご紹介しておりますので、ご興味のある方は併せて以下よりご覧頂ければ幸いです。しかし、大混戦となってきた横浜市長選、一体どうなるんでしょうねえ…(遠い目)

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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