【JND】菅野浩『LANDMARK BLUE〜ぼくたちのララバイ』は“甘い微熱”への誘惑
話題の新譜を取り上げて、曲の成り立ちや聴きどころなどを解説するJND(Jazz Navi Disk編)。今回は菅野浩『LANDMARK BLUE〜ぼくたちのララバイ』。
ジャズにおけるアルト・サックスの系譜は、チャーリー・パーカーの出現によって大きく変わることになった。彼の楽器全体を共振させるようなパワフルな音色と切れ目なく続くフレージングによって生み出されたビバップは、それまでのスウィングに対するアンチテーゼと言ってもいいかもしれない。
ということは、チャーリー・パーカー以前のアルト・サックスではパーカーとは対極のスタイルが“正統的”として認知されていたということになる。具体的には、3大スウィング・アルトと呼ばれるベニー・カーター、ジョニー・ホッジス、ウイリー・スミスの演奏がスタンダードだったということになるだろう。
言うまでもなく、パーカー・スタイルがシーンを席巻した後もアルト界ではメロディアスなトーンを重視するプレイヤーが絶えることはなかった。その代表がポール・デスモンド。彼の音色があったからこそ、デイヴ・ブルーベック・クァルテットの「テイク・ファイヴ」はいまも聴き続けられる名演になったのだ。
ポール・デスモンドの柔らかなトーンとメロディアス重視のスタイルを踏襲していると公言してはばからないのが、1973年生まれの菅野浩だ。本作は、個人名義では初リーダー作『Emily』(2010年)に続く2枚目、同じくアルト・サックスの宮野裕司との双頭バンド“altalk”の『ALTO TALKS』(2011年)を加えると3枚目となる。
本作は本人がライナーノーツでも表明しているように、「“美しいメロディをストレートに吹く”ということに重点を置いたアルバムを作ってみたい」という想いが透徹した構成だ。CDではあるが、1〜5曲目を「POP Side」、6〜10曲目を「STANDARD Side」と振り分け、シンガー・ソング・ライターの高田みち子に書き下ろしてもらった日本語曲を加えるなど、“アルト・サックスのメロディアスな表現力を限界ギリギリまで試す”ような内容になっている。
そうなると、メロディアスなサックスの“限界”というものについて、少し触れておかねばならないだろう。1920〜30年代のアメリカにおけるポピュラー音楽の中心をなしていたスウィングでは、前述のようにメロディアスなサックスが主流だった。これはひとつのジャズのイメージを作ることになったが、同時に、チャーリー・パーカー以降のジャズが求めた“ジャズらしさ”では否定されるべきイメージにもなったのである。ジャズはこうしたダブル・スタンダードを容認して発展してきたからやむを得ない矛盾なのだ。
1950年代以降のジャズをアートとしてとらえる傾向が強まるにつれて、“ジャズらしさ”のイメージはパーカー・チルドレンたちに受け継がれていくようになった。それまで“異質な音”だったエリック・ドルフィーやオーネット・コールマンらのアルトがスタンダードの仲間入りをし、評価を高めていった。これに反比例して、丸くソフトで甘い“スウィング・アルト”の居場所がどんどん狭くなっていき、ジャズにおけるメロディアスなサックスの“限界”を生んでしまった。
こうした“限界”を打ち破っているのが、近年のヨーロピアン・ジャズのムーヴメントであり、日本由来の情緒に重きを置いた“ネオJジャズ”と呼ぶべき一部の流れではないかと思っている。
日本由来の情緒という言葉を使ったが、菅野浩が奏でるサックスから発せられる“温かな波動”は独特なものだ。それは“色”でも“風景”でもなく、言葉にするならば“温度”とするしかない。
“熱”を伝えるハードなジャズはすでにあった。しかし、菅野浩の“熱”はハードなジャズがリスナーにぶつけてきた高い温度のものではない。“心が温まる”ほんのわずかな温度変化をもたらしてくれるような“熱”をもった音楽ーー。
そんな未知の体験に誘ってくれるサウンドが、このアルバムには詰め込まれている。
試聴はこちらから。⇒http://www.t5jazz.com/p/t5j-1005.html
♪Hiroshi Sugano / LANDMARK BLUE 〜ぼくたちのララバイ〜 Promo Video
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