“超音速の貴公子”が奏でる新たな倍音ジャズの世界(エルダー・トリオ来日公演見聞録)
エルダー・ジャンギロフ率いるピアノ・トリオの来日ステージ。
30歳という若さで“当代随一の速弾き超絶技巧”の名をほしいままにするジャズ・ピアニストの音に埋もれてみようと、丸の内コットンクラブは平日の遅い回にもかかわらず、補助席を出さなければならないほどの盛況ぶりを見せていた。
オープナーは高音のレガートを効かせたイントロが印象的で、そこから生まれるメロディをエレクトリック・ベースの丸みを帯びた音が包んで、クレッシェンドしていくピアノの音とともに膨らんでいく。
2曲目は、演奏前にエルダーから「3-3-5の拍子でやるから数えてみてね」と観客にオーダーが出るも、場内はスタートする前から微妙な緊張感が漂う。案の定、追うことができたらかっこいいだろうなと感じながらも追えるはずがなく、彼らの音楽を触ろうとして触れないもどかしさを感じるのも、ライヴならではの楽しさだろう。
終盤に入る前のブレイクで、スタンダード・ナンバーの「ウィロー・ウィープ・フォー・ミー」をスローテンポながら抑揚タップリに転がして、エロル・ガーナーやアーマッド・ジャマルが「好きなんだよ〜」と言いそうなジャズ・ピアノ・ファンさえも唸らせる情感あふれるプレイに振っておいて、セットのラストに向かってさらなるシフトアップした高速美技。これで完全に観客はノックアウトされてしまうのだった。
ドラムスはビル・ブルーフォード、エレクトリック・ベースはヨナス・エルボーグへのリスペクトを感じたりするのだから、ともすれば無機質になりがちなゴリゴリの組み合わせなのだけれど、その隙間という隙間を埋めるピアノがあり得ないほど柔らかさを保ったままなのだ。
ズレによるグルーヴや譜割りによるスウィングとは明らかに異なる、“音速を超えた”とでも表現したくなるような、異質なサウンド(主に倍音によるものとだけはうっすらと伝わってくる)が目の前を通り過ぎていった。
この密度の違い、興味が湧いたら体験してみてください。