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刑法性犯罪規定の改正・不同意性交等罪の導入で何が変わるのか

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
性犯罪被害者を守る刑法改正を求める署名 最終的に14万筆が改正を後押しした。

 2023年6月16日、通常国会で、刑法性犯罪規定の改正が全会一致で成立しました。この改正は6月23日に公布され、いよいよ7月に入ると間もなく施行されます。今回の改正は多岐にわたりますが、その重要なポイントと流れを見ていきたいと思います。

■ 前回改正(2017年) 110年ぶりに刑法性犯罪規定が改正

 明治時代以来日本の刑法性犯罪規定は110年間一度も見直されず、アップデートされてきませんでした。あまりにも被害実態を無視した刑法改正を求める声が高まり、2017年に110年ぶりの刑法性犯罪規定の改正が実現しました。

 その内容は以下のような点でした。

① 強姦罪の名称は「強制性交等罪」に変更。強姦罪の対象を「性交等」(膣性交、肛門性交、口腔性交)にも広げ、男性被害も包摂した。

②強制性交等罪の法定刑の下限を5年に引き上げ、致死傷罪の下限は6年以上とした。

③「親告罪」規定を撤廃。被害届だけで捜査を開始できることになった。

④ 監護者性交等罪が創設しされ「18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者」は、強制性交と同様に処罰される、とした。

 今振り返ると、とても重要な改正であったと思います。日本では男性に対する性加害は深刻なものと受け取られず、ジャニーズ事務所で男性タレントに発生したと報じられる性加害についても適切に処罰できない状況がありました。男性への性被害が明確に位置付けられた意味は大きかったと言えます。

 また、親が子に性虐待する場合ですら、難しい要件を満たさなければ処罰をされませんでしたが、監護者性交等罪の導入で、親が子に対する性行為が存在すれば、明確に処罰されることになりました。

 しかし、この改正は部分的手直しに過ぎず、本質的な改革ではありません。被害当事者団体や人権NGOが積み残しの課題に取り組む必要性を訴えた結果、3年後に見直しを検討する、との附則が導入され、さらなる改正の機運が高まりました。

■ 改正の焦点ー意に反する性行為を処罰する法改正に向けて

 では、刑法性犯罪規定の本質的問題、そして抜本的な改革課題は何か。

 それは、大きな焦点となったのが、意に反する性行為を処罰する「不同意性交等罪」の実現を巡る課題でした。

 日本の刑法ではこれまで、相手の意に反する性行為をしただけでは性犯罪が成立せず、暴行・脅迫、心神喪失・抗拒不能という要件が求められ、そのハードルが高いために多くの被害者が泣き寝入りを余儀なくされてきました。

(強制性交等)第177条 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛こう門性交又は口腔くう性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

(準強制性交等)第178条 2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

 2017年の改正に先だつ法制審議会の議論では、上記の規定を柔軟に解釈して、相手の意に反する性交を処罰することは可能なのだから、改正の必要なし、との結論になりました。しかし、それは机上の空論であり、実際には、暴行・脅迫、心神喪失・抗拒不能という要件を満たす証拠がないとして、多くの被害者が被害届を受け付けられず、泣き寝入りを余儀なくされていたのです。

 そうした実情が可視化されたのが、被害を受けたのに加害者が起訴されなかったとする伊藤詩織さんの訴えでした。

民事訴訟では意に反する性行為を受けたことが認められ、勝訴した伊藤詩織さん
民事訴訟では意に反する性行為を受けたことが認められ、勝訴した伊藤詩織さん写真:つのだよしお/アフロ

 さらに起訴されたケースでも、被害者の「意に反する」性加害であること=性犯罪が成立することでないことを可視化したのが、2019年の4件の性犯罪事件無罪判決(岡崎、静岡、浜松、久留米各地裁支部決定)でした。

 この4件のうち3件において裁判所は、性行為が被害者の意思に反していた、と認定しつつ、抗拒不能という要件やその故意を満たさない、という理由で、無罪としたのです。むりやり性交されてもこの国では加害者は処罰されず、被害者は泣き寝入り、この現実を変えなければ私たちは安全に尊厳をもって生きていけない、という思いが広がり、この事件をきっかけに、全国でフラワーデモが開催され、被害者に寄り添った刑法改正を求める声が高まりました。

都内で開催されたフラワーデモ
都内で開催されたフラワーデモ写真:ロイター/アフロ

諸外国では2017年の#Metoo運動が広がる中、同意のない性行為を性犯罪とする法改正が進んでいました

 イギリス、カナダ、ドイツ等の多くの国では、No Means No、つまり、No問指標指示ている相手に無理やり性行為をすることを処罰する法改正を実現しています。

 一方、スウェーデンやデンマーク、スペインなどでは一歩進んで、

Yes Mean Yes、つまりとっさのことで混乱したりフリーズしてNoと言えない場合でも、Yesと言っていない場合はすべてNoと受け取るべきで、相手の意思を確認しないまま性行為をすることを処罰する法改正を実現しています。

 加えて、諸外国では、地位関係性利用を理由とする性犯罪規定類型が導入されたり、子どもを守るために性交同意年齢が引き上げられたり、被害の実情に即して公訴時効を延長する等の改正が進んでいる中、日本が著しく立ち遅れていることがわかりました。

 日本の刑法も国際水準に合わせて改正すべき、という声が広がり、一般社団法人Spring、 一般社団法人Voice up Japan、認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウは三団体で、①不同意性交等罪の導入 ②性交同意年齢の引き上げ、③地位関係性を利用した性犯罪規定の創設 を求める新たな刑法改正を求めるオンライン署名をスタート、2019年6月までに6万、2020年3月までに9万、そして現在までに14万筆以上があつまりました。

 今回の法改正は、こうした声が政治を動かした結果と言えます。

2020年3月、刑法改正を求める署名を森雅子法務大臣に提出。その後見直しの検討会が発足し、被害当事者である山本潤さん(写真着席の中央)がメンバーとなった。山本さんは法制審議会の委員も務めた。
2020年3月、刑法改正を求める署名を森雅子法務大臣に提出。その後見直しの検討会が発足し、被害当事者である山本潤さん(写真着席の中央)がメンバーとなった。山本さんは法制審議会の委員も務めた。

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■ 不同意性交等罪の導入ー規定はどう変わったのか

 今回の改正の最も重要なポイントは、これまでの「強制性交等罪」(旧強姦罪)が「不同意性交等罪」と罪名を変え、相手の意に反する性行為を広く性犯罪と定義したことにあります。

 改正法では、強制・準強制性交等罪は「不同意性交等」罪に罪名が変更され、

 相手を

 「同意しない意思」を形成・表明・全うすることが困難である

 状態にさせ、またはそれに乗じて性交等を行うことを処罰する規定に喘鳴改訂されました。

「形成するのが困難」とは、睡眠やアルコールの影響等で意思決定が困難な場合等

「表明するのが困難」とは、急に性行為を求められ、恐怖のあまりフリーズして動けなくなってしまった場合

「全うするのが困難」とは、Noと言ったのに相手が無視して無理やり性行為をされてしまった場合

 などが典型事例(これに限られません)と言えます。困難であれば、その程度は問わないことが、国会質疑で再三にわたり確認されています。

 この規定により犯罪が成立するためには、「次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により」という条件が付されており、原因事実として以下の8類型が列挙されています。

一 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。

二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。

三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。

四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。

五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。

六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕(がく)させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。

七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。

八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。

 8類型は、これまで多くの被害者が陥れられ、かつ司法救済を閉ざされてきた加害の典型的なパターンです。これまで司法から排除されてきた被害が、法的救済と処罰の射程範囲に位置づけられた意義は大きいと考えます。

 特に、多くの刑事事件では被疑者が、「抵抗しないので同意していると思っていた」「許されたと信じていた」等と弁解することがみられ、捜査の現場ではこのような「同意の誤信」によって起訴されないケースが多々あり、「無神経な加害者であればあるほど罪を問われるリスクがない、それでいいのか?」と言いたくなるような事例が蓄積されてきました。

 改正法が8類型を、とりわけ、相手方が「同意しない意思」を形成・表明・全うすることが困難」である可能性が高い原因行為であると位置づけた結果、こうした事情を認識して行為に及ぼうとする者について、故意責任(未必の故意も含め)を問いやすくなることは明らかでしょう。

 ※ 国会審議では、「同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難」についても、原因事実についても、故意責任が成立するために、規範的事実の認識は不要であり、それを基礎づける事実の認識があれば犯罪は成立しうる、との見解が法務省刑事局から示されています(5月17日本村伸子議員への松下刑事局長答弁)。

■ No Means Noを確実に処罰できるのか(国会審議から)

 法案は、諸外国の不同意性交等罪がシンプルな構成要件であるのに対して、複雑な構造になっており、一見すると検察側の立証事実が増えたようにも読めます。

 果たしてNo Means Noが実現するのか、が懸念されます。

 この点、国会審議では、「暴行・脅迫」「障害」等の原因事実についても、「同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難」要件についても程度を問わないとの答弁が法務省刑事局から繰り返されて出されています。

 そして、国会では、以下のような答弁がなされたことが注目されます。

●質問 NOと言っているのに押し切られてしまった場合、どの要件に当たるのか、犯罪は成立するのか?

(法務省)

・体を押さえつけていれば1号の暴行

・NOと言っても止めてくれないという予想外の事態に被害者が恐怖・驚愕すれば6号の「恐怖・驚愕」

・NOということに地位関係性に基づく不利益の憂慮があれば8号に該当する

   (5/17 ・衆議院における大口善徳議員に対する松下刑事局長答弁)

●質問 一度嫌だと言ったが、なおも強く要求され、恐怖心で諦めてしまった場合、あるいはフリーズして抵抗をあきらめてしまった場合は、「全うすることが困難」になるか

(法務省)「全うすることが困難」になり得る。恐怖驚愕、フリーズは6号に該当する

   (6/15 ・参議院における佐々木さやか議員に対する松下刑事局長答弁)

 さらに、衆議院において付則修正が提案されるにあたり、提案者である自民党・宮崎政久議員は、本改正が「No Means No」を実現するものだと明確に述べて法律の到達点を位置づけています。

 こうした国会での質疑や答弁が、司法・警察関係者、法学教育の現場でも周知徹底され、適切な運用がされることが重要です。

● 地位関係性を利用した性行為は適切に処罰されるのか

 今回の改正では、地位関係性を利用した性犯罪規定は創設されず、新たにできた不同意性交等罪の8類型の8番めに以下の原因行為を規定する改正となりました。

 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。

 これに関しては「憂慮」との要件が被害者の主観に関わることであり、行為者側は「憂慮していたなんて知らなかった」との弁解が出ることが懸念されます。

 この点国会審議で、法務省刑事局は、

 「憂慮」を基礎づける事実の認識をしていれば、憂慮という評価にわたる規範的認識 (法律上の評価の認識) がなくとも犯罪は成立しうる。

 と答弁しています。そして、行為者の認識として、

 ① 経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力のある立場にあること、

 ② 行為者の地位に基づく判断が相手方の経済的・社会的関係に利益または不利益にもたらすことのできる地位であること

 が客観的に認識できていれば足りるという取り扱いとなるのか、との議員の質問に対し、法務省刑事局は、そのように運用していくと回答しています。

           (5/24本村伸子議員への松下刑事局長答弁)

 この見解の下に運用されることになれば、この条文は、地位関係性を利用した性行為も広く処罰対象とし得ることになると考えられます。それが答弁通りに適切に運用されるかは、司法、警察の現場にかかっています。

刑法改正を求める市民団体の記者会見
刑法改正を求める市民団体の記者会見

● 今後の課題

 このように、改正規定は被害者に寄り添った性犯罪規定の改正として、大きな前進と言えますが、一方、課題も残されています。

 性交同意年齢は今回、13歳から16歳に引き上げられましたが、13歳以上16歳未満の被害者に関して、犯罪成立に5歳以上の年齢差要件が設けられました。

 諸外国では年齢差要件がない国も多く、導入する国でも3~歳差とされています。

 また、公訴時効は現行法から5年の延長、18歳未満の被害については18歳から時効が進行する扱いとされましたが、被害者が被害申告を行いにくい性被害の実態や諸外国の法制に照らせば著しく不十分との批判があります。

 こうした課題等に対処するため、付則には施行5年経過後に見直しを検討することが規定されました。

 今回の改正には、物の挿入の場合も強制性交等が認められる法改正、グルーミング行為処罰規定等の新たな導入のほか、性的姿態の同意ない撮影行為などを処罰する新法の制定など、多岐に新設規定や改正があります。ただ、グルーミングや撮影に関する罪の適用範囲など、課題を残す規定も多く、5年後の見直しで確実に検討を進める必要があります。

 さらに、北欧諸国等採用されているYes Means Yes型(Yesと表明しない相手への性行為を処罰する)への法の発展についても議論が進むことが期待されるでしょう。

 実務上の喫緊の課題は、まず改正法の適切な運用です。

 不同意性交等罪を名乗る以上、国際水準を下回る骨抜きの運用は許されません。 意に反する性行為をされた被害者が確実に保護され、加害者が処罰されるよう、司法関係者・警察の責任は極めて大きいと考えます。

 国会答弁で確認された解釈が骨抜きにならないように、裁判所、検察官、警察官は周知徹底し、また、刑法の教科書などもこれをもとに、早急に書き換えられる必要があります。

 また、現実の被害を根絶するには、この規定が行為規範として社会で広く守られることが何より重要です。国のすべてのレベルで改正法に基づき、性行為の同意に関する教育・啓発を推進することが必要です。

 不同意性交等罪を導入した国では、性行為の同意について、国全体でのキャンペーン啓発を行って誰も被害者にも加害者にもならないように理解を深める活動をしています。イギリスでは、性行為の同意を紅茶にたとえ、「紅茶はいかがですか?」と言われて意思を確認してから紅茶を提供する、SEXだって同じであり、同意がすべてだ」というわかりやすい動画を地下鉄など国中の様々なところで流し、学校でも繰り返し教育するとのことです。日本でも同様の努力が今すぐ求められます。

 

 ジャニーズ事務所の性被害など日本には隠された性被害が数多くあり、被害者に深刻な心の傷を与えています。本改正の周知徹底を通じ、性暴力被害が根絶に向かうことが求められています。 (了) 

刑法改正を応援し、支えてくださったすべての方々に御礼申し上げます。 

                                                  

【参照】

詳しく問題を知りたい方は、

拙著「なぜ、それが無罪なのか!? 性被害を軽視する日本の司法」

ヒューマンライツ・ナウ 「10か国調査研究 性犯罪に対する処罰

世界ではどうなっているの?〜誰もが踏みにじられない社会のために〜」

を参照ください。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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