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プレゼン前に「酸っぱい飲みもの」が効果的な理由

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 我々が食べ物などで感じる味覚には、甘味、酸味、苦味、塩味、うま味の主に5つがある。視覚や聴覚、嗅覚、味覚といった感覚は他人と自分が同じものかどうか評価するのは難しいが、生き延びるための基本的なセンサーなのでこれら感覚を共通して持っていると考えられている。この5つの中で酸味、酸っぱさという味覚が、あえて危険な行為でもやるというリスクテイクの行動と関係があることがわかった。

味覚センサーが最後の関門

 我々は初めて食べるものを試す際、まず目で食べられるかどうか確認し、叩いてみたりして中身を聴覚で調べる。そして鼻を近づけて臭いを嗅ぎ、食べられないような異常がないかどうかチェックし、舌先でなめてみたり少し口に入れて味を確認したりし、安全そうならおずおずと食べ始める。もし、覚醒剤のような苦味があれば、その時点で味覚が異常を検知し、吐き出すだろう。

 生物が生きていく上で食べ物を食べる行動は欠かせないが、毒物だったり腐って細菌が繁殖したりしているものを食べると体調を崩したり死んでしまったりする。食べ物を確認する最後のセンサーが味覚というわけだ。

 我々は食べ物を確認する際、ちょっとなめてみるという行動をとる。池田菊苗は第5の味覚といわれるうま味を最初に発見(1908年)したが、それは昆布だしのグルタミン酸だった。その後、國中明らがイノシン酸(カツオ節)とグアニル酸(しいたけ)のうま味成分を発見する。國中はイノシン酸とグルタミン酸の順になめ、再びイノシン酸をなめてうま味の相乗効果も見つけたという(※1)。

 味覚というセンサーの受容体が、最初に同定されたのは1999年で(※2)そう前のことではない。ただ、5つの味覚と受容体との関係は、まだ完全に解明されたというわけではなく、消化器官の腸内にも甘味の感受性があるというように各味覚と栄養摂取の相互作用などについて研究が現在も進められている(※3)。

 味覚を感じるメカニズムは、5つの味覚要素をそれぞれの特徴別によって身体や生理が反応しているようだ。概して甘味やうま味は栄養素の信号だが、苦味は腐った食べ物に発生した細菌が作り出す毒素に関連づけられ、酸味も食べ物の鮮度や成熟度に関連づけられる。塩味は生命維持に欠かせない塩分やミネラルを意味するようだ。

 こうした関連づけは生きていくために必要な情動反応だが、年齢や体調、性差によっても微妙に違ってくるようだ。妊婦が酸っぱいものを食べたくなったり塩味に鈍感になって苦味に敏感になるなど、一時的に味覚や嗅覚に異常をきたすのは、胎児に栄養を与えているために栄養バランスが崩れたり、ホルモンバランスにも変化が出るからとされている(※4)。

味わった味覚で行動や考え方が変わる

 何かを見たり聴いたり臭いを嗅いだり食べ物を味わったりすることにより、情動反応に影響が出ることはよくある。有名なのは、嗅覚を感じる嗅細胞の一部を切除したネズミが恐怖を感じなくなり、ネコも怖がらなくなったりし、別の部位の嗅細胞を切除するとコミュニケーションがうまくとれなくなるという研究だ(※5)。

 同じように、感受した感覚が行動に及ぼす影響について人間で実験した研究もある。英国のサセックス大学の研究者が人間の味覚を調べたところ、酸味を感じると危険な行動を顧みないようになることがわかったといい、論文を英国の科学雑誌『nature』系「Scinetific Reports」オンライン版に発表した(※6)。

 研究者は、英国で募った参加者70人(女性46人、男性24人、平均年齢25歳)、ベトナムで募った参加者71人(女性45人、男性26人、平均年齢20歳)に対し、ギャンブルのテストを使って5つの味覚と危険を冒す行動との関係を調べた。

 甘味、酸味、苦味、塩味、うま味、ただの水のいずれかの味の液体を飲んだ後、パソコン上でギャンブルに取り組んでもらった。液体は無色無臭で、20ミリリットルとした。

 このギャンブルのテストは、参加者がエアーポンプで風船を膨らませて報酬を得るというゲームだ。風船が大きくなるにつれ、金銭的報酬が増加するが、大きくなり過ぎると風船は破裂する。破裂してしまえば報酬は得られない。

 参加者が最大の報酬を得たいと思った場合、風船が破裂する寸前まで膨らませてからエアーポンプを止めればいい。危険をどこまで冒すかという評価は、参加者がエアーポンプをクリックした回数に基づいて判定された。

 その結果、ギャンブルのテストの前に酸味(クエン酸)の液体を飲んだ参加者のクリック数が平均40回だったのに対し、その他の味の液体を飲んだ参加者では平均20〜30回で、英国・ベトナムともに酸味を感じた後のほうがよりリスクをいとわず挑戦する傾向があった。

 研究者は、酸っぱい味覚を味わった場合に危険をいとわず意欲的な探索傾向を強め、この効果を利用すれば不安障害などの治療に役立てることができるだろうという。また、今回は危険にリスクテイクを基準に調べたが、ほかの行動基準でも調べることができるだろうし、国や民族、文化ごとの違いもあるかもしれない。

 プレゼン前など緊張する場面では、酸っぱい清涼飲料を飲んでみるとうまくいく可能性がある。さらに、味わう味覚によって情動反応や行動、性格が変わるのだとすれば、料理の味付けで食べた人の行動を変えることもできそうだ。

※1:國中明ら、「ヤマサにおける核酸系調味料・医薬品開発の歴史と醤油技術の進歩─複合うま味調味料フレーブの開発を中心として─」、千葉県工業歴史資料調査報告書、第4号、1995

※2:Alexander A. Bachmanov, et al., "Taste Receptor Genes." Annual Review of Nutrition, Vol.27, 389-414, 2007

※3:Alejo Efeyan, et al., "Nutrient Sensing Mechanisms and Pathways." nature, Vol.517, No.7534, 302-310, 2015

※4:Steven Nordin, et al., "A Longitudinal Descriptive Study of Self-reported Abnormal Smell and Taste Perception in Pregnant Women." Chemical Senses, Vol.29, Issue5, 391-402, 2004

※5:Ko Kobayakawa, Reiko Kobayakawa, et al., "Innate versus learned odour processing in the mouse olfactory bulb.", Nature, Vol.450(7169), pp503-508, 2007

※6:Chi Thanh Vi, et al., "Sour Promotes Risk-Taking: An Investigation into the Effect of Taste on Risk-Taking Behaviour in Humans." Scinetific Reports, doi:10.1038/s41598-018-26164-3, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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