3バックの潮流が再び。グアルディオラでさえ手懐けられなかったシステムの行く末は。
ある者にとって、それはドグマ(教義)である。しかし、ある者にとってはリソース(資源)のひとつに過ぎない。
2018-19シーズン、リーガエスパニョーラで、3バックを導入するチームが増えている。昨季はジローナが3バックで旋風を巻き起こした。一方で、それに倣おうとするチームは皆無に等しかった。
だが今季はセビージャ、ジローナ、ベティス、ラージョ・バジェカーノが定期的に3バックを採り入れている。またレバンテ、レガネス、レアル・ソシエダ、アスレティック・ビルバオといったチームが最終ラインに3人置く布陣を試してきた。バルセロナ、レアル・マドリーとて例外ではない。バルセロナは第16節レバンテ戦で、レアル・マドリーは第19節ベティス戦で、3バックを採り入れた。
先のロシア・ワールドカップでは、3バックで戦ったベルギー代表とイングランド代表がベスト4に進出した。その流れを汲むように、リーガに3バックの波がきているのかもしれない。
■3バックの潮流が再び
ただ、3バックの潮流がリーガに入ってくるのは、これが初めてではない。
3バックについて、「20世紀の最後のニュースだった」と語ったのは、カルロス・ビラルドである。自身が3バックの創造主だと主張する名将だ。彼は1986年のメキシコ・ワールドカップでディエゴ・マラドーナを中心に据え、アルゼンチン代表を優勝に導いた。
ドクターの愛称で親しまれるビラルド(実際に彼は医師の資格を有していた)に、ジョン・トシャックや故ヨハン・クライフが続いた。1989-90シーズンに「ハゲワシ部隊」と称されたレアル・マドリーを率いたトシャックは、38試合で107得点という破壊的な攻撃力でリーガを制し、クライフは1991年から1994年にかけてリーガ4連覇を果たした。
現在は3バックが一列に並ぶ形が主流だ。だが以前は2人のセンターバックの間に、スイーパーあるいはリベロが位置する形が一般的だった。ビラルドのアルゼンチンがスイーパーを据えた守備的なチームだったのに対して、トシャックやクライフはリベロを置いて攻撃に厚みを増やす狙いを持っていた。
彼らの戦術においてはリベロに入る選手が肝だった。ベルント・シュスター、ロナルド・クーマン...。ボール扱いに長け、ビルドアップの場面でストロングを出せる選手たちだ。彼らが最終ラインに入り、後方からゲームを作った。
局面で「3対2」を作りやすいのが、この布陣の特徴だ。対峙するチームが2トップの場合、CB3枚×FW2枚で対応できる。あるいは、サイドで右CB+ボランチ+右MFの3枚でトライアングルを形成して、相手のプレスをいなす。数の利が生まれやすい形なのである。
その一方で、押し込まれると5バックになるのが弱点だろう。また、トランジションの場面でミスを犯してしまうと、速攻に対処できない。セビージャやベティスのように、ワンボランチを敷いているチームでは、ショートカウンターを喰らった時に最終ラインが2枚になっていることが、少なくない。
■グアルディオラの3-4-3
現在マンチェスター・シティを率いるジョゼップ・グアルディオラ監督は2011-12シーズン、バルセロナで3-4-3を導入した。リーガ前半戦18試合消化時点で、3-4-3を敷いた9試合は7勝2分けと無敗だった。
しかしながら、彼の実験は失敗に終わっている。リオネル・メッシ、アンドレス・イニエスタ、シャビ・エルナンデス、セスク・ファブレガスを共存させるという思惑は儚くも砕かれた。
「中盤の選手を多くする目的があった。今後このシステムを使っていくかは分からない」と、3-4-3を敷いたリーガ開幕節でビジャレアルを5-0で一蹴した直後に、グアルディオラ監督は語っていた。コパ・デル・レイ制覇で有終の美を飾ったグアルディオラ監督だが、そのシーズン終了時にバルセロナを去る決断を下した。ペップ・チームでさえ、3バックを手懐けられなかったのだ。それでもーー。
ドリームチームの3-4-3の魅惑に憑りつかれたペップのように、名将たちは3バックに固執している。奇しくも、戦術のトレンドはそちらに傾いている。
3バックと心中する覚悟を決めるのか。あるいは、それを単なる引き出しのひとつにするのか。日に日に結果主義が影響を強めるフットボールの世界で、もう少し先、シーズンが佳境を迎える頃に答えが明示されているはずだ。