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昇竜の勢いで勝ち続ける藤井聡太挑戦者(19)苦戦を押し返し豊島将之竜王(31)を降す 竜王戦第1局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月8日・9日。東京都渋谷区・セルリアンタワー能楽堂において第34期竜王戦七番勝負第1局▲藤井聡太三冠(19歳)-△豊島将之竜王(31歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 8日9時に始まった対局は9日19時25分に終局。結果は123手で藤井挑戦者の勝ちとなりました。藤井挑戦者は初の竜王位獲得に向け、幸先よく1勝をあげました。

 第2局は10月22日・23日、京都府京都市・総本山仁和寺でおこなわれます。

 豊島竜王と藤井挑戦者の通算対戦成績は、豊島9勝、藤井9勝。ついに藤井挑戦者が追いつき、並びました。

 藤井挑戦者の今年度成績は32勝6敗(勝率0.842)となりました。

 先手番だけに限ればなんと18勝1敗(勝率0.947)です。

藤井挑戦者、辛抱を実らせる

 藤井挑戦者先手で、戦型は相掛かり。44手目、豊島竜王の封じ手が開かれて2日目の対局が始まりました。

 豊島竜王が5筋から8筋に飛車を戻す封じ手を、藤井挑戦者はどこまで想定していたか。すぐには指す姿勢を見せません。

 考えること46分。藤井挑戦者は中段に出た金を中央に寄せ、角筋を開きました。藤井挑戦者の守りの金の動きを符号にすると、▲7七金、▲6六金、▲5六金。かつての相掛かりでは見慣れない符号ですが、現代の相掛かりではそうした筋が生じがちなのかもしれません。

 叡王戦では終盤、この金の動きが勝利を呼びました。本局ではほぼ互角ながら、藤井挑戦者がどこか苦労しているようにも見られていました。

 藤井挑戦者はどのような思いでティラミスを食べていたでしょうか。

 51手目。藤井挑戦者は追われている飛車を横に大きくスライドさせ、ガツンと相手の飛車にぶつけました。対して豊島竜王はすぐに角を打ちます。これが王手飛車取り。藤井挑戦者は合駒に角を打ち、盤上左側に大駒4枚が集結。ダイナミックに局面が動き始めました。そこで昼食休憩です。

 午後の戦いに入り、形勢は次第に豊島竜王よしがはっきりし始めたようにも見えました。そこで藤井挑戦者は決め手を与えぬよう、粘り強く指し進めます。この崩れない辛抱の仕方も、藤井挑戦者の強さの一端が表れているようです。

 午後、藤井挑戦者はオレンジジュースとジンジャーエールという、異例の組み合わせで飲み物を頼んでいました。これもまた現代調というべきでしょうか。

 将棋めし研究の第一人者である小笠原輝さんは藤井挑戦者の選択について、次のように語っています。

「前例は見当たりませんでした。炭酸の注文自体があまり例が少ないのですが、藤井三冠は今年のタイトル戦では、棋聖戦第1局、王位戦第1局(2日目)の終盤でジンジャーエールを連投していることに気がつきました。他の対局では注文していませんし、何かゲンでも担いでいるのでしょうか」

 70手目。豊島竜王は金取りに桂を打ちます。持ち時間8時間のうち、残りは藤井2時間7分、豊島47分。藤井挑戦者は長考に沈みます。そして考えること1時間19分、じっと金を逃げました。藤井挑戦者は辛抱に辛抱を重ね、チャンスを待ちます。

 74手目。豊島竜王は藤井陣に飛車を打ち込み、王手をかけました。藤井挑戦者が玉を右辺に逃げたのに対して、豊島竜王は打ったばかりの飛車を切り、角と刺し違えます。途端に、コンピュータ将棋ソフトが示す評価値は逆転。形勢は藤井よしになったと表示されました。

 とはいえ、そうした情報から隔絶された人間同士の勝負では、対局者は暗中模索のまま、自分で判断していくよりありません。どちらも形勢に自信なし、といった雰囲気も見受けられる中、豊島竜王も最善を尽くし、勝敗不明の終盤戦に入りました。

郷田「第1局からえらいことになりましたね、これは・・・。こんなもんですね。最後、将棋、こうなるんですね。やっぱりね」

 解説の郷田真隆九段は、そうつぶやきました。

 98手目。豊島竜王はじっと自陣の銀を引いて、自玉の逃げ道を作ります。残りは藤井10分、豊島7分。

 その次、藤井挑戦者からは▲4五歩と桂取りに歩を突き出していく手があります。しかし自玉の周辺でもあり、攻めを誘発していかにも危険。

郷田「▲4五歩は怖いっすね。いやあ、▲4五歩は自分には指せないけど」

 郷田九段はそう話しているところに、藤井挑戦者の手が動きました。その一手の消費時間は0分。藤井挑戦者は▲4五歩と指しました。

郷田「あっ、突いた! ああ・・・」

 百戦錬磨の郷田九段もうなるような力強い指し回しで、藤井挑戦者は勝ちにいきました。

 中段に出ていた藤井挑戦者の金は相手の攻防の要である馬(成角)を封じ込め、大きく働きます。形勢はついに藤井挑戦者勝勢となりました。

 最終盤、両者の玉は3筋で1マス空けて接近します。筆者の私見では、互いの玉が接近する対局は名局となる率が高いようです。代表的な例は昨年の棋聖戦第1局、▲藤井挑戦者-△渡辺明棋聖(当時)戦です。

 豊島玉と藤井玉は再び離れていきます。藤井玉がそう簡単に寄らないのに対して、豊島玉のすぐ近くには藤井挑戦者の龍が迫り、受けがありません。

 123手目、藤井挑戦者は桂を打って王手をかけます。豊島竜王は次の手を指さず、投了を告げました。

 昇竜の勢いで勝ち続ける藤井挑戦者。初の竜王位獲得、そして史上最年少四冠に向けて、大きな一歩を踏み出しました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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