イデ隊員が主役の「故郷は地球」で、ウルトラマンはとんでもないワザ「ウルトラ水流」を放っていた!
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。
なんと二瓶正也さんが亡くなられた! 悲しい!
二瓶さんが演じられた「科学特捜隊のイデ隊員」は、すばらしく存在感のあるキャラクターで、『ウルトラマン』があれほど人気を得たのは、彼がいたからこそだと思う。
普段はお茶目な三枚目だが、マルス133などの兵器や宇宙語&怪獣語の自動翻訳機なども開発するすごい技術者でもあり、また『故郷や地球』や『小さな英雄』などでは豊かな人間味を見せてくれた。決して忘れることのできない人だ。
そこで今回は、二瓶さんが主役ともいえる『故郷は地球』のエピソードから、科学的にも興味深い「ウルトラ水流」について考察してみたい。
この話に登場する怪獣はジャミラ。いや、正しくは人間の宇宙飛行士ジャミラが、水のない星に置き去りにされた結果、怪獣化してしまった姿であった。
ジャミラの故国は、国際社会の批判を恐れて、彼を犠牲にした事実を隠蔽していた。
だが、怪獣ジャミラが自力で地球に帰還し、復讐に燃えて国際平和会議の開催を妨害すると、科学特捜隊のパリ本部を通じて、日本支部に非情の命令を下す。
「ジャミラの正体を明かすことなく、宇宙から来た一匹の怪獣として葬り去れ」と。
うーむ。ここまで書くだけで、もう切なくてたまりません。このままでは悲劇に向かって一直線であり、この事態を収拾できるのは、ウルトラマンだけだろう。破壊を続けるジャミラに向かって、イデ隊員が「人間らしい心はもうなくなっちまったのかよ!」と叫んだとき、ジャミラはハッとした表情を見せたから、まだ説得の余地はあるはずだ。
と思ったら、ジャミラの行く手に立ちはだかったウルトラマンは、手先から大量の水を発射した! 水のない星で怪獣になったジャミラは、水に弱い。そのジャミラにじゃんじゃん水をかけたのだ。
ジャミラはのたうちまわって苦しみ、やがて動かなくなった。パリ本部の冷酷な命令にいちばん忠実だったのは、ウルトラマンであった……!
そんなふうにも解釈できる『故郷は地球』だが、苦手な水に悶絶する姿が、ジャミラの悲劇性を強め、忘れられないエピソードになっているのも事実だ。
この「ウルトラ水流」というワザは『ウルトラマン』全39話で2度しか使われていないのに、筆者が子どもの頃から「ウルトラマンの必殺技」として有名だった。ジャミラの最期のインパクトが大きかったからだろう。
では、このワザを空想科学的に考えると、どうなるか? 一見「水をかけるだけ」という地味な行為に思えるが、実は周囲に莫大な被害をもたらしそうな禁断の必殺技なのである。
◆威力がありすぎる!
ウルトラ水流の威力はどの程度か?
この技が使われたもう一つのエピソード(第13話「オイルSOS」)では、油獣ペスターが起こした石油コンビナート火災を、ウルトラ水流でたちまち消していた。
劇中、神奈川県と東京都の消防局が懸命に消火活動にあたったが「まるで効果がない」という状況だったから、それほどの火災を瞬時に消し止めたウルトラ水流の放水力を「高圧ポンプ車1万台分」と仮定しよう。
一般的なポンプ車の放水量は1秒間に35L程度だから、ポンプ車1万台分とは「1秒間に350tの放水力」ということになる。
劇中のウルトラマンのポーズから、放たれる水の断面積を推測すると0.1m²くらい。この面積から毎秒350tを放水すると、水流の速度はマッハ10.3になる。
水もすごいスピードで放つと威力はものすごく、マッハ1.5の水流はコンクリートを切断する。ウルトラ水流の速度はその7倍だ。破壊力は「速度×速度」に比例するから、つまりコンクリートを破壊する水流の50倍レベルの威力を持っていることになる。
ウルトラマンは、これほどの水流をジャミラに浴びせたのだ。もはや水に弱いとか強いとかではなく、一瞬でバラバラになってしまうのでは……。
◆水はどこから持ってくる?
ウルトラ水流最大の謎は、あれだけ大量の水をどこから持ってくるのかということだ。
体内の水分を放出しているとしたら大変だ。体重3万5千tのウルトラマンが1秒に350tの水を放出すると、人間と同じく体重の60%が水だとするなら、60秒でミイラになってしまう。
ジャミラに放ったときは、画面で測定すると計34秒間ほど放水していた。毎秒350tずつ34秒も放水すると、体重の34%の水を失うことになる。
人間の場合、体重の3%を失うと運動能力が減退し、7~8%を失うと目まいや頭痛や疲労を覚え、17%以上で命にかかわるダメージを負う。34%とはこれらをはるかに超えるレベルだが、ウルトラマンは大丈夫だったのだろうか。
水分は空気中から集めていると考えれば、ウルトラマンの身は安全だ。
気温20度、湿度60%の空気には、1m³あたり10gの水蒸気が含まれている。350tの水を集めるには、3500万m³の空気を吸収すればいいという話になる。
とはいえ、それは生半可な量ではない。ウルトラ水流を発射した瞬間、野球のグラウンド10面分の敷地が、上空300mまで1秒で真空になってしまうのだから。
そして、周囲がいきなり真空になったら、生物が受ける被害は、呼吸困難などという生やさしいものではない。鼓膜は破れ、眼球は飛び出し、粘膜の水分は沸騰し、肺は膨張して内臓を口や肛門から押し出すだろう。
ジャミラに向かってウルトラ水流を放った場所は、国際平和会議の会場前だった。それによってジャミラは倒されたけど、各国の要人たちはより悲惨な最期を迎えたのでは……。
◆竜巻と極寒地獄
さらに恐ろしいことに、急激に真空地帯を作ることで、二つの大きな二次災害が起こる。
まず、周囲の空気が真空地帯目がけて殺到してくるために、竜巻が起こる。自然界の竜巻では、中心が真空になったりしないが、それでも風速は秒速100mに達し、建物や列車や大木を巻き上げたりする。
ウルトラ水流の竜巻では、猛烈な破壊現象が発生して、地上には何も残らないだろう。地面の土砂でさえ削り取られ、ウルトラマンの立っている地点をわずかに残して吹き上がり、しゃぶしゃぶ鍋のような地形が生まれるのではないか?
また、気圧が急に下がると、気温の低下が起こる。あたりを一瞬で真空にするウルトラ水流の場合、地球上の最低気温記録マイナス89.2度などは軽く下回るのではないだろうか。
つまり、ウルトラマンがウルトラ水流を発射した直後、あたりは人類が体験したことのない極寒地獄となり、これもまた未体験の猛烈な竜巻が荒れ狂う!
地表付近では、真空状態になって何もかも破壊され、凍りつきながら竜巻に吸い込まれていく。上空は吹き上がった瓦礫や土砂や積乱雲で真っ暗になるだろう。
その闇の中を稲妻が走り、もはやウルトラ水流を発射しているのかいないのかさえ見分けがつかないような集中豪雨が起こる。それによる被害は計り知れず、ジャミラを暴れさせておいたほうがよっぽどマシ……。
もちろん劇中ではそんな事態は起こっておらず、これは空想科学的に考えた筆者のシミュレーションにすぎない。
しかし筆者は、ウルトラマンはパリ本部の言うことを聞いて秘密裏にジャミラを葬るのではなく、これくらいハデな騒動を起こして、ジャミラ問題を白日のもとに晒してほしかったとも思うのである。