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メイ英首相、四面楚歌でEU離脱協議の先行き不透明に(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

ハモンド財務相、反旗翻す

クイーンズ・スピーチを読み上げるエリザベス女王=英テレビ局「スカイニュース」より
クイーンズ・スピーチを読み上げるエリザベス女王=英テレビ局「スカイニュース」より

メイ首相のハードブレグジット方針に対し、重要閣僚のフィリップ・ハモンド財務相が公然と反旗を翻した。同相は6月20日、ロンドン金融街のマンションハウスで行われた講演で、メイ首相が最優先する移民抑制よりも雇用と経済成長を優先するソフトブレグジットの方が国益にかなうと主張したのだ。しかし、英紙デイリー・メールはもしメイ首相がハモンド財務相のソフトブレグジットを支持するようなことになれば、ハードブレグジット支持派の3人の閣僚が直ちに辞表を提出する、と報じており、そうなれば政権の安定が崩れEUとのブレグジット交渉も進められなくなる。

その一方で、メイ首相のハードブレグジット方針を支持する欧州懐疑派の保守党議員さえも“メイ降ろし”工作を密かに進めており、メイ首相は党内でジレンマに立たされている。欧州懐疑派の保守党議員らはブレグジット交渉でメイ首相が当初のハードブレグジット方針から逸脱すれば、直ちにメイ首相を引き摺り下ろすとしている。デイリー・テレグラフのライリー・スミス政治部次長は6月17日付電子版で、「保守党の議員は閣僚も含め、メイ首相は次の選挙で戦えないと判断している。いつメイ首相が退陣するかという問題について話し合っている」と伝えており、まさにメイ首相は四面楚歌の状態にある。

欧州、英国はEU離脱に失敗すると予想

英国の政界にEU交渉にどう臨むかについてコンセンサスができていない状態ではEU側も英国とはまともに交渉もできず、せっかく合意に達しても新政権でひっくり返されかねないと見るのは自然だ。英総選挙の結果を受けて、EC(欧州委員会)ギュンター・エッティンガー委員は6月9日、ドイツのラジオ局のインタビューで、「英国の政治状況が一段と不安定になっている。我々は交渉相手に安定して行動できる政権を必要とする。弱体化した交渉相手(メイ政権)では交渉が双方にとって悪くなる恐れがある」と“英国には政府が存在しない”と主張した。

また、欧州議会のブレグジット交渉代表であるヒー・フェルホフスタット議員(元ベルギー首相)も、「すでに複雑となっているブレグジット交渉が一段と複雑になった。英国が安定した政権を早く作ることを期待する。我々は英国との合意を望んでいるが、だれと交渉するのかさえも分からない」と今後のブレグジット協議の行方に不安を露わにしている。その上で、「最後には英国が心変わりしてEUに残留するだろう」と、英国の混乱した政治状況をあざ笑う。イタリアのサンドロ・ゴッツィ外務政務次官も「英国の政権が崩壊状態となり、ブレグジット交渉もダメになるリスクが高まった」と指摘。フランスのエマニュエル・マルコン大統領も6月13日のメイ首相との初会談では「離脱協議前ならまだEU残留に間に合う」と再考を促したほどだ。

また、ヘッジファンドのソロス・ファンド・マネジメントを率いる著名な投資家、ジョージ・ソロス氏は「ブレグジット交渉がすべて順調に進んだとしても離脱には少なくとも5年はかかる。ブレグジットは英国とEUの双方にとって損だ。この間に英国で総選挙が行われ英国民も心変わりして離脱完了前に元の鞘に戻る」とみる。

メイ政権、選挙後初の難関クイーンズ・スピーチを乗り越える

6月21日午前11時半、目にも鮮やかなブルーの帽子にコートを着用したエリザベス女王が貴族院の議場に登壇し、メイ首相ら下院議員は正装した貴族院議員の最後部に立って見守る中、約15分間にわたって議会の開会を宣言し、メイ政権の存続を賭けた政府の施政方針を盛り込んだクイーンズ・スピーチを政府に代わって読み上げた。

メイ首相は政権存続のため、野党各党が提出したクイーンズ・スピーチに対する修正案をすべて否決しなければならなかった。もし修正案の一つでも可決すれば首相は辞任するという議会慣習があり、保守党の318議席に対し、野党は労働党の262議席とSNPの35議席、自由民主党の12議席を加えて309議席だが、保守党内の造反やDUPの対応次第で逆転もありえるからだ。しかし、メイ政権は巧みな戦術でこの危機を乗り切った。クイーンズ・スピーチから国民の不評を買ったディメンシア・タックスや冬期燃料手当ての受給資格見直し、年金のトリプルロックの公約をすべて削除し、EU離脱関連法案に絞ったことで野党からの修正案攻勢を封じ込めることができた。

メイ首相は6月28日の下院本会議でクイーンズ・スピーチに対する労働党修正案をわずか14票差で否決し議会の内閣信任を勝ち得たとはいえ、野党陣営はあきらめず、野党が圧倒的多数を占める上院でのクイーンズ・スピーチの否決を目指した。ただ、上院は下院で議決された政権与党の法案を否決できないとする、72年間続く英国議会の不文律(ソールズベリー・アディソン慣行)を破ることになる。このため、裁判闘争に発展しブレグジット交渉にも悪影響が及ぶ恐れがあったが、メイ首相は幸運にもそうした最悪の事態を回避することができた。

英労働党、政権奪取へ

しかし、労働党はあくまでも政権奪還にこだわり続けている。同党の「影の内閣」で財務相のジョン・マクドネル議員は総選挙後のBBCのインタビューで、「メイ首相はこれ以上首相を続けられないということに気付くべきだ。国民は連立政権や政党間協定は望んでいない。労働党はSNPなど少数野党との(閣外)協力を得て少数単独政権の樹立に挑む。労働党の少数与党政権の方が安定する」と政権奪取の好機と声高に話している。また、ジェレミー・コービン党首もBBCに対し、「メイ首相は退陣すべきだ。我々は国のために尽くす用意がある。また、ブレグジット交渉を進めていく用意がある」と述べ、政権奪還を目指しメイ首相のハードブレグジット路線からの脱却を強調している。

労働党は連立ではなく少数単独政権を目指すとみられている。選挙前、英紙インディペンデントは6月1日付電子版で、「労働党はSNPや自由民主党と連立政権を樹立する選択肢があるが、コービン党首はすでに4月に連立は組まないと述べている。SNPは連立で政権を支える勢力を持っているが、EU離脱それ自体に反対しているので労働党と連立する可能性はない」とし、労働党の影の内閣のエミリー・ソーンベリー外相も選挙前の6月1日の会見で、「労働党は過半数に達しなくても最大政党となれば、他の野党と連立を組まずに少数与党政権を樹立する」と強調していた。

ただ、SNPのニコラ・スタージョン党首は6月2日のBBCラジオ4の番組で、「保守党を政権の座から追い出すためなら連立ではなく案件ごとに労働党の少数与党政権を支えていく」と表明していることから、自由民主党も野党共闘を組む方針でコービン首相の誕生もありえない話ではない。

しかし、英国のEU離脱を決めた国民投票で活躍したUKIP(英国独立党)のナイジェル・ファラージ前党首は、「保守党がEU残留支持派だったメイ首相を党首に選んでしまったことが大きな間違いだった。しかし、たとえコービン党首の連立政権ができたとてもブレグジット交渉は問題に直面する」と先行きに懸念を示す。

スコットランド労働党の元議員で現在はデイリー・テレグラフの政治記者となっているトム・ハリス氏は、「ブレグジット交渉が超党派による政界工作でソフトブレグジットに変わっても、結局、ブレグジット達成後の英国はEU加盟時代と何も変わっていないということが分かるだろう。そうなれば再び保守党で内戦が勃発し、ほぼ間違いなく2年以内に労働党のコービン党首が首相の座に就くことになる」と予想するほど、英国政界の混迷ぶりがうかがえる。

今後、メイ首相がDUPからの支持を受けて安定政権を維持できたとしても多くの曲折が予想される。デービッド・デービスEU離脱担当相はブレグジット交渉の初日、記者団に対し、第2次大戦で英国を勝利に導いたウインストン・チャーチル元首相の名言を引用し、「悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見出す。楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見出す。私は楽観主義者だ。離脱協議はどう始めるかではなく、どう終わるかが重要だ」と話した。英国のメディアは毎日のように英国政界の混乱ぶりを報じ、ブレグジット交渉の困難さをこれでもかというほど報じているが、交渉の結論が出る前から先のことをあれこれ考えてもあまり役に立たないのかも知れない。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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