渋谷の街をキャンバスに“ヨコガオ”を描く。シンガーソングライター SETAとは何者なのか?
東京・渋谷駅に直結した複合施設型総合ビル、渋谷スクランブルスクエア。今年の3月から、時折、このビルの壁面の巨大なデジタルビジョンやエントランスに設置されているデジタルサイネージに、人の横顔を描いたイラストが映し出されている。工事関係者や駅員といった一般の人に混じって、小田和正、きゃりーぱみゅぱみゅ、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)といったアーティストの横顔も混じっている。
これらのイラストは他にもハチ公前広場の観光案内所「SHIBU HACHI BOX」、東急プラザ渋谷、渋谷ヒカリエやSHIBUYA109渋谷店、渋谷マルイ、渋谷モディ、渋谷区役所本庁舎など渋谷の様々な場所で掲示されている。
「ヨコガオ展」というこのギャラリー企画、発案とイラストの作者はSETA(セタ)というシンガーソングライターだ。
岡山出身の彼女はよしもとミュージックと渋谷のレーベル合同会社が2020年5月に設立した新レーベルYM・craft(ワイエムクラフト)の最初の所属アーティストである。
渋谷の街ぐるみの企画
YM・craftは渋谷区観光協会や一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント等と連携し、“クリエイターのステージとしての渋谷の街”という観点から独自のカルチャーを継承・発掘していくべく、音楽をはじめ映像・グラフィックなどジャンルレスな展開を目指している。その活動において、さらに「渋谷ストリートギャラリー」との連携から誕生したのが、この「ヨコガオ展」である。
「渋谷ストリートギャラリー」とはクリエイティブな作品の積極的な展開を目標に、渋谷区、一般社団法人渋谷未来デザインの後援を受け、一般財団法人渋谷区観光協会、渋谷エリアの商業施設、メディアサービス会社、工事関係会社などの各社のサイネージ等情報発信媒体を活用して、渋谷の街全体をギャラリーにするプロジェクトだ。つまり「ヨコガオ展」は、まさに渋谷の街ぐるみの企画と言ってもいいだろう。
「いまのところ45人くらいくらい描いたのかな。自分で撮ったモデルさんの写真を元に、一枚だいたい三日くらいで描いています。横顔の骨格からどこか一箇所を強調して「その人らしさ」を表現することで、視線の先、つまりは『未来』にも想像力を膨らますことが出来るのでは?と思いました。モデルさんは、実際に渋谷で働かれている方や、私が好きな方、お会いしたかった方々です。いつかマスクがいらない世界になった時、その表情が笑顔であってほしい。そんな願いも込めています」(SETA)
音楽、小説、イラストとマルチな才能を発揮
これまでにSETAは音楽の他にも自身のnoteにて小説を連載し、その挿画を自身で手掛け、自身のInstagramにもイラストをアップしてきた。それらを「渋谷ストリートギャラリー」の参加企業の担当者の一人が見つけ、レーベルスタッフに話を持ちかけたことが「ヨコガオ展」の誕生に繋がったという。
「予想もしていなかった機会に驚きました。絵は物心がついた頃から描いていましたけど、あくまでも教育学部の美術科だったので、絵を生業にしようなんて思ったこともありませんでした。だから画力で勝負するのはなく『シンガーソングライターが歌のように描くんだ』という姿勢で向き合うことに決めました」(SETA)
彼女は両親の教育方針でテレビやマンガ、ゲームといった世間のカルチャーから隔絶された環境で幼少期を過ごした。UFOキャッチャーもゲームも、段ボールを使ってDIYで作って遊んでいた。例外として父が聴いていたクラシック音楽と母が大ファンだった小田和正の音楽だけは聴くことができた。
「小田さんは3歳くらいから聴いていたみたいです。私も好きになれば母に好かれる。そんな思いで最初は聴いていましたが、不思議なもので本当にどんどん好きになっていきましたね」(SETA)
14歳の頃から作曲をはじめ、高校生になると両親の方針も徐々に変化を見せ、RADWIMPSやハナレグミなど日本のロックやポップスを聴き始めた。その頃から、初めて読んだ本だった聖書と初めて自ら手にとった村上春樹の影響から、短編のような文章も書き始めた。
「当時、周囲との人間関係があまり良くなくて、中学の頃は学校に友達もいない“変なやつ”でした。嫌なことがあっても先生に相談できない。そんな気持ちを言葉にして歌ってみたら自分の気持ちを吐き出せることに気がついて。『こうありたい』という理想の心境を書くことで音楽を避難場所にしていました」(SETA)
大学時代に現在の所属レーベルのスタッフと知り合うと、彼女のシンガーソングライターとしての個性と可能性に長年日本の音楽シーンで活躍する名ギタリスト/プロデューサーの佐橋佳幸が共鳴し、彼女のサウンドプロデュースをかってでた。さらに有賀啓雄、Dr.kyOn、古田たかし、山本拓夫など百戦錬磨のプレイヤーたちも相次いでレコーディングに参加した。
「運だけは良いと思います。運に支えられて人に助けられて生きている感じ」(SETA)
「みなさんSETAの音楽性に共鳴して参加してくれました。佐橋さんとも『売れていなければ一流のベテランと組めないといったセオリーを取り払ってみよう』と話し合っていたので理想的なレコーディングとなりました」(レーベルプロデューサー)
昨年4月にメジャーデビュー。ほぼ時を同じくして世はコロナ禍に突入する。しかし普段から引く手数多で多忙な佐橋もライブやレコーディングの現場が減った。佐橋の時間が出来たことをチャンスと捉えたSETAと佐橋は、二人三脚で楽曲制作に没頭した。
その収穫として、今年7月からは「夏の恥まり」「東京かわい区想像通りfeat.いつか」「しあわせのあと」「月下」と毎月20日に配信シングルをリリースするというチャレンジにトライし、ミュージックビデオをはじめ様々なクリエイターとのセッションを繰り広げている。
(「夏の恥まり」ミュージックビデオ)
(「東京かわい区想像通りfeat.いつか」ミュージックビデオ)
「私は元々インドアな性格なのでコロナ禍になっても生活が大きくは変わらなかったんです。でも今回のリリースにあたって、SNSで見つけたクリエイターの方々に声をかけてはセッションをしていくうちに気持ちもどんどんポジティブになってきました。ビデオのコンテも描いて、監督役や編集役のようなことを自分でやったりもしています。地元岡山のFM局で、月一のコーナーを持たせてもらっていますが、その音源も東京の自宅で録音して、完パケまで自分でやっています。コロナ前より前向きになって、性格も明るくなったかもしれない(笑)」(SETA)
タイトルからキャッチコピーのようなセンスが光る「夏の恥まり」「東京かわい区想像通りfeat.いつか」、これまでとは違う表情を見せる「しあわせのあと」「月下」と意欲作が続いている。
(「しあわせのあと」ミュージックビデオ)
(「月下」ミュージックビデオ)
「7月からのリリースは、これまでの自分のモノづくりの総集編がスタートしたような気持ちで取り組んでいます。自分の感情だけではなく、楽曲を俯瞰の視点から書く作家として、我ながら一皮剥けたような気がしています」(SETA)
最新シングル「世界に」
なかでも11月20日にリリースした配信シングル「世界に」は「今まで一番上手く書けた自信作」と力を込めて語る。
(「世界に」ミュージックビデオ)
「私の大親友の女性に向けて書いた曲です。以前は感情を吐くように曲を書いていましたが、いまは自分みたいに教室の端っこにいた人とか気持ちが強くない人に『頑張って』とは違う言葉で背中を押すことができたり、少しでもくすっと笑ってもらえるような曲を歌えたらと思います」(SETA)
そして「せっかくだから、いまは率直に『売れたい』ですね」と言ってSETAは笑った。
現在、渋谷フクラス1階 shibuya-sanで「『ヨコガオ展』全作品展示会」が開催中だ(※11月28日まで)。
「かつてのミュージックシーンの“渋谷系”はエッジィなセンスを持つミュージシャンを括った称号のようなジャンル名でした。近年、渋谷、特に渋谷駅周辺は都市開発で大きく姿を変えていますが、関連企業には『渋谷のクリエイティビティ』を重視している関係者がたくさんいる。今後、渋谷という街ぐるみで育まれたクリエイターによる“シン・シブヤ系”みたいな潮流が生まれたら理想的ですね。SETAがその皮切りになってくれたらと願ってやみません」(レーベルプロデューサー)
渋谷の街をキャンバスにイラストを描き、音楽を奏でるSETA。年々姿を変えていく渋谷の街並みと、その様相のなかで彼女が生み出していく今後の作品に注目していきたい。