「オイル」でアレルギー反応、『グランメゾン東京』の客は重篤患者? 専門医が考察
『ピーナッツオイル混入事件』をあつかったドラマ『グランメゾン東京』。
『グランメゾン東京』は、次々と頼りになる仲間が増えていき、新しいフレンチレストランを立ち上げようとするドラマで、私もとても楽しく視聴しています。
そして、ドラマ中では天才料理人である主人公が、レストランで『ピーナッツ混入事件』を起こしたという場面があり、その事件を皮切りに話が展開していきます。そして、最近の放送で、混入したピーナッツの素材はオイルだったと明かされました。
ドラマ自体はとても楽しいのですが、私はアレルギー専門医です。
ですので、ピーナッツアレルギーをきっかけとした話にも興味を持ってしまいます。
レストランで、アレルゲンとなる食物混入事件は少ないのでしょうか?
英国のテーブルサービスを行うレストラン90施設のスタッフに、食物アレルギーの知識に関するアンケート調査をした研究があります。
そして、38%のスタッフはアレルギー反応があった場合にはアレルゲンを薄めるために水を飲むべきだと考えており(有効ではありません)、21%は、出来上がった食事からアレルゲンとなる食品を除去すれば安全であると答え(重篤な患者は症状がでることがあります)、16%は、アレルゲンとなる食品を調理すれば食べられると回答した(加熱でアレルゲン性がさがる食材は一部)と報告しています(※1)。
※1)Bailey S, et al. Clinical & Experimental Allergy 2011; 41:713-7.(日本語訳)
レストランのスタッフは、『料理のプロ』ではあるかもしれませんが、アレルギーのプロではありません。そしてどうしても人間の行うことですので、混入は起こり得ます(できるだけ少なくなるような対策や講習は必要で、ゼロにはできないという意味です)。
個人的には、混入したことそれ自体は『起こり得ること』として対策を練ることに力を向けたほうがいいのではないかなあと思ってしまいます。
ピーナッツアレルギーで倒れた人物のピーナッツアレルギーは、どれくらいの重症度?
つよいアレルギー症状のことをアナフィラキシーと言います。
そして食べている最中の症状だったようですので、15分以内に出現しているといえそうです。食物によるアナフィラキシーは15分以上してから起こることが多く、15分以内に症状が出るのは全体の4割に達しません(※2)。
※2)海老澤元宏他. アレルギー 2013; 62: 144-54
つまり、ピーナッツによるアナフィラキシー(と思われる)を起こした人物のピーナッツアレルギーは、もともと重篤だったと言えそうです。
アナフィラキシーの多くは皮膚の症状があります。
映像からはちょっとはっきりしませんが、顔に膨疹(蚊に刺されたような膨らみ)がみられるので(膨疹の多くにいっしょに起こる赤みである”紅斑”はないようにも見えますが…)、アレルギー症状であったことは確かなようです。
ピーナッツオイルには、どれくらいピーナッツ蛋白質が含まれているのでしょう?
その原因となったピーナッツは、誤って入れてしまったピーナッツオイルだったという映像がありました。そしてその移し替えられる前と思われる容器には『100% Pure』という表示が見えます。
食品を原料にしたオイルには『エキストラバージンオイル』と『ピュアオイル』があり、エキストラバージンオイルはしぼっただけのオイル、ピュアオイルはさらにそれを精製したオイルです。精製したオイルはアレルギーを起こす蛋白質がすごく少なくなるので、アレルギー症状も起こしにくくなります。
たとえば、ピーナッツアレルギーのある60人に対し、精製していないピーナッツオイルと精製したピーナッツオイルをそれぞれ食べてもらい、症状がどれくらいあるかをみた研究があります。
すると精製していないピーナッツオイルであったとしても、症状があったのは6人(10%)で、そのうち4人は周囲からわかるような反応ではなかった(とても軽い症状だった)と報告しています(※3)。
※3)Hourihane JOB,et al. Bmj 1997; 314:1084.
もちろんピュアオイルでも症状がないという意味ではありませんので、『グランメゾン東京』に登場した人物は、ピュアオイルでもアナフィラキシーという重篤な症状を起こしてもおかしくはありません。
この、アナフィラキシーを起こした方は、すごくわずかなピーナッツ蛋白量でもアナフィラキシーになるような、極めて重篤なピーナッツアレルギーの方だったということになりそうです。
じつはもともと、環境中にはわずかなピーナッツの蛋白質が含まれています。
映像では、ピーナッツがこぼれんばかりに盛られたトレーが、棚に収められた様子があります。すなわち、このレストランでは日常的にピーナッツが料理に使われているということでしょう(トレーの後ろにはカシューナッツやアーモンドも見えます)。
実は、日常的にピーナッツを摂取しているような環境中のホコリには、ピーナッツの蛋白質が多く含まれることがわかっています。
たとえば、米国に住む生後4ヶ月の乳児512世帯のハウスダストを確認した研究では、多くの家庭のホコリからピーナッツ蛋白質が検出され、ピーナッツの消費量が多いほど、ピーナッツの蛋白量が多く認められたと報告されています(※4)。
※4)Brough HA, et al. J Allergy Clin Immunol 2015; 135:164-70.(日本語訳)
これは国が違っても同様で、ノルウェーの家庭143世帯で行った研究でも、ベッドのマットレスのホコリ1ml中に平均1.01mgの蛋白質が検出され、ピーナッツの蛋白質は41%から検出されていました(※5)。
※5)Bertelsen RJ, et al. Clin Exp Allergy 2014; 44:142-9.(日本語訳)
おそらくこのレストランの環境中には、それなりに多くのピーナッツ蛋白質があるでしょう。
そしてピーナッツアレルギーがある場合に、こういったホコリの中や食器にわずかに残ったようなピーナッツに対してどれくらいのリスクがあるかを評価した報告があります。
すると、飛び散ったピーナッツバターや皮膚についたピーナッツバターが全身反応を起こす可能性は少なく、適切に食器や手を洗うことでリスクを少なくすることができるとされています(※6)。
※6)Greenhawt M. Ann Allergy Asthma Immunol 2018; 120:476-81.e3.(日本語訳)
ただし、きわめて微量のピーナッツ(ピーナッツ蛋白として1.5mg)でも症状がある人だと、やはり症状がでてしまうかもしれないと考察されています。そして、そんな重症のアレルギーの方は、ピーナッツアレルギーのあるひと全体の5%だろうと推定されています。
ピーナッツ蛋白質1.5mgといえば、ピーナッツそのもので考えて6mg程度となります。ピーナッツ一粒がおおむね1g=1000mgですので1/100個以下の量ですね。
ピュアオイルでも症状がある可能性がある場合は、この量よりもさらにずっと少量で症状があるということです。しかも、アナフィラキシーになるくらいなので、ものすごい重症の方ということになります。
もしかすると、レストランにはいっただけで症状があったかもしれません。
レストランのスタッフも気をつけていかなければ大変だ…と思いたくなる重症度ですね。
信じられないくらい重症の方もいらっしゃいますので、誤食の際の対応を考えたほうが実際的かもしれません。
重箱の隅をつつくような専門医のひとりごとですが、個人的に、これからの『グランメゾン東京』の展開に目が離せなくなってしまいました。
とりあえずはアナフィラキシーを起こされた人物の方には、エピペン(アナフィラキシー時の緊急薬)を持っていただきたい…と切に願います。
そして重篤な患者さんは割合は小さいながら、実際にいらっしゃいます。
どんなに気をつけても、症状を起こしてしまう可能性はあるのです。
ですので、レストランでのアレルゲンに対する講習、より混入が少なくなるような配慮、そしてエピペンを常備しておくような対応をいただければ嬉しいなと思います。
そして、その上でも起こりうる誤食や混入に関しては完全に防ぐことは難しい『起こり得る』こととしてきちんと対応し、誤食があったからすぐさまレストランの経営危機になるような追及をすることは踏みとどまっていただきたいなと思います。
そのほうがきっと、食物アレルギーのある方もそしてない方も、レストランでの食事を安全に楽しむ機会を増やすことにつながるのではないかと考えています。