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認知症の3分の1は防げる?40代から出来る対策とは

市川衛医療の「翻訳家」
ライフステージ別の認知症対策 文献1より筆者作成(画像:Pixabay)

 7月、権威ある専門誌『THE LANCET』に「認知症の3分の1は、予防しうる」とする論文(*1)が掲載されました。

 認知症は、記憶をはじめとした認知能力が衰え、自力で日常生活を送ることが難しくなる状態です。その原因となるアルツハイマー病など脳の病気を治す方法は、残念ながら見つかっていません。

 だとすると、予防するなんてできっこないのでは?とも思ってしまいますが、実はすでに有望な方法がいくつも見つかっています。

 冒頭でご紹介した論文では、仮に以下の9つの要因を完璧に無くせたとしたら、認知症の3分の1は予防できるとしています。

高血圧

糖尿病

肥満

運動習慣のなさ

喫煙

(幼少期の)質の低い教育

社会的な孤立

難聴

うつ

 高血圧、糖尿病、肥満・・・。まるで「生活習慣病」の予防対策のようですね。その一方で、幼少期の教育や難聴など、あまり認知症とは関係がなさそうなものも含まれています。

認知症は「脳のダメージの蓄積」が引き起こす

 なぜ、高血圧や糖尿病を改善すると認知症が予防できるのか?とても簡単な理屈なので、ちょっと例え話をさせてください。

 Aさんという人が、ある日、風邪をひいたとします。風邪をひくと体がだるくなっていき、ついには寝込んでしまうこともありますよね。

 しかしAさんがすごいスポーツマンで、体がとても丈夫だったとします。すると、風邪で体がだるくても、体力があるので無理が効き、寝込むまでには至らないかもしれません。

 でもそんなAさんでも、風邪をひいているのに十分な睡眠をとらなかったり、ひどく偏った食生活をしたらどうでしょう。風邪のウイルスから体を防ぐ働きが衰えてしまい、あっというまに寝込んでしまいそうですよね。

 つまり風邪という病気になったとしても、寝込んでしまって普段のような生活ができなくなるかどうかは、その人の「体力」や「生活習慣」に左右されるわけです。

 認知症も同じです。認知症は、アルツハイマー病のような病気によって脳がダメージを受け、結果として「通常の社会生活ができなくなった」状態を示します。

 先ほど風邪の例で示したように、同じ病気になっても、それまでのような社会生活ができなくなるかどうかは人によって違います。「脳の基礎体力」がしっかりしていたり、きちんとした生活習慣をしていたりすれば、病気のダメージに耐えることができます。すなわち、認知症になるのを予防したり、遅らせたりすることができるのです。

脳の「予備力」を高める

 先ほど、比ゆ的に使った「脳の基礎体力」は、専門的には「予備力」と呼ばれています。脳はたくさんの神経細胞がネットワークを作ることで働いているのですが、このネットワークがしっかりしている人(=予備力が高い人)は、脳の病気になっても簡単には働きが衰えないと考えられています。

画像:Pixabay
画像:Pixabay

 近年、幼少期の教育をしっかり受けた人とそうでない人を比較した場合、受けた人は高齢になった時に認知症になりにくいことがわかってきました。脳のネットワークが最も活発に形作られるのは幼少期です。まだ仮説の段階ですが、幼少期に教育によってしっかりとネットワークを作っておいたことが、予防につながった可能性があるといいます。もちろん幼少期だけでなく、生涯に渡って新しいことを学び続けることは、認知症を防ぐ良い効果があるのではないかと考えられています。

 冒頭にお示しした要因のなかでいうと、「教育」の他に「社会的つながり」などは、脳の予備力を高めることに役立つと考えられます。

 一方で高血圧や糖尿病、喫煙、肥満などの要因は、脳にストレスやダメージを与えてしまい、予備力を落とす方向に働くと考えられます。また、糖尿病になると、アルツハイマー病の原因物質と疑われるアミロイドベータが蓄積しやすくなるなど、病気の進行を早めてしまう可能性もわかっています。

 なお難聴・うつ病などは、認知症とどうかかわるかはまだハッキリしていないのですが、例えば難聴で周囲の人とのコミュニケーションがうまくできなくなると、閉じこもりがちになって頭を使う機会が減り、予備力が衰えるなどのメカニズムが考えられています。

ライフステージ別の予防対策とは

 とはいえ、9つの要因の対策をいっぺんのするのは大変です。「●●歳の人は特に××に気を付けたほうが良い」というような優先順位はないのでしょうか?

 冒頭の論文によると、まず幼少期に気をつけたほうが良いのは教育を充実させること。そして中年期(45歳~65歳)には、難聴・高血圧・肥満。そして高齢期(65歳以上)では、喫煙・うつ病・運動・社会的な孤立・糖尿病に気を付けるのがオススメとしています。

ライフステージ別の予防のポイント 文献1より筆者作成(画像:Pixabay)
ライフステージ別の予防のポイント 文献1より筆者作成(画像:Pixabay)

 ただ忘れてはならないのは、認知症のリスクを減らせるとはいっても、ゼロにすることはできないということです。たとえ健康に非常に気を配り、頭を使っていたとしても、残念ながら認知症になってしまうこともありえるのです。当然ですが、「認知症になったのは、予防をしっかりしていなかったから」と批判したり、「予防できるのだから、認知症のことは考えなくてよい」と軽視したりするのは大きな間違いです。

 では、どうすれば良いのか。冒頭に紹介したランセットの論文では、予防や治療だけでなく、認知症になっても暮らしやすい社会を作るために、人々の意識変化や環境づくりを行う重要性を強調しています。以前の記事でお伝えしたように、たとえ認知症になったとしても、周囲の環境やつながりが整っていれば進行を抑えられますし、症状が良くなることだって少なくないことが、最近の研究でわかってきました。

認知症は「病気」ではない 当事者から上げられた声(市川衛)

 2025年には認知症の人が日本で700万人を超えるともいわれるなかで、一人ひとりが予防に気を付けるのはとても大切なことです。それと同時に今後、社会としてどのように取り組んでいくのかについても、誰もが「自分ごと」として考えなければならない時代にきているのかもしれません。

この記事は筆者が『グラフィケーション』で行っている連載を加筆・修正したものです

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文献1 Dementia prevention, intervention, and care THE LANCET (Published: July 20, 2017)

http://www.thelancet.com/commissions/dementia2017

注)論文全文を閲覧する場合は、同サイトでの登録が必要となります。

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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