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日本とEU(欧州連合)の経済連携協定の意味を、米・欧・アジアの3極から見て考える

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
署名後にユンケル委員長(左)・トゥスクEU大統領(右)と。4月17日首相官邸にて(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

長かった交渉がやっと終わった。

日本とEU(欧州連合)は7月17日、東京の首相官邸で、経済連携協定(EPA)に署名した。

日本とEUの経済協定が初めて正式に提案されたのは、2007年6月として良いだろう。11年経ってやっと署名に至ったのだ。

予定では安倍首相がブリュッセルを訪問する予定だったが、トゥスクEU大統領とユンケル委員長が訪日した。西日本の豪雨災害という痛ましい被害の結果ではあるものの、日本での署名は、なんだか筆者は嬉しかった。

この協定はいったい、日本にとって、そして世界の中でどういう意味をもつのだろうか。

正直言って筆者は、アメリカが進めたTPPの形が実現せずに、日本とEUの協定だけが実現したことに、かなり驚いている。今までひたすらアメリカに追随してきた日本なのに。本当に大丈夫なのだろうか。日本人のどのくらいの人々が「米」と「欧」の分離の状況がわかっているのだろうか。

このような心配を出発点に、貿易、政治、そして軍事の3つの点から考えてみたい。

重要な世界の規制づくり

まず最初に、世界の貿易に及ぼす影響だ。具体的には、世界における規制・規則作りの競争に与える影響である。

一般にはあまり知られていないが、21世紀のグローバル化した世界においては、規制や規則づくりのイニシアチブをとる者、つまり世界的なスタンダードをつくる者が貿易を制するといっても過言ではない。そのために世界で熾烈なイニシアチブ競争が行われている。

この日EU協定で「世界の国内総生産(GDP)の約3割、世界の貿易総額の約4割をカバーする巨大自由貿易経済圏が誕生する」と言われている。これは言い方を変えれば「世界の貿易総額約4割で、規制づくりのイニシアチブをとれる」ともとれる。

規制づくりが、なぜそんなに大事なのだろうか。どういう意味なのか説明したい。

なぜ広域経済圏は生まれたか

いま世界には、広域経済圏が生まれている。

NAFTA(北米自由貿易協定/アメリカ・カナダ・メキシコ)、メルルスコール(南米共同市場)のような、広域の「面」の経済協定である。

ここに、EUやASEAN(東南アジア諸国連合)を入れていいだろう。

日本はいま、アメリカ抜きのTPP(環太平洋パートナーシップ)を進めているし、日韓や中国、インド、オーストラリアなどが入っているRCEP(別名ASEAN+6:東アジア地域包括的経済連携)の構想もある。

なぜこうなったのか。

もし世界中すべての国で、すべての規制や規則が同じだったら、どんなに貿易はやりやすいだろうか。

しかし実際には、国ごとに違う。例えば20カ国に輸出するのに、20カ国で違う規制・規則があったなら、20の異なる製品をつくらなければならなくなる。これは誰もが避けたい状況である。

どの国でも隣国との関係は深いので、どこでも自然に漠然とした地域の経済圏はできあがっているものだ。それを政治によって経済圏を明確につくり、その中で共通の規制や規則をもとうと努力するのである。

そして、すべての国や地域経済圏が「私たちの規制が世界の規制になればいいのに」と思っている。もしAとBの規制が著しく異なり、Aの規制が世界の主流になったら、BがAに合わせて変えなければいけなくなる。規制が変わるということは、その国に存在する制度や機関、法律を変える必要も出てくるだろうし、工場製品であったら工場の機械を変える必要すら出てくるかもしれない。大変なのだ。

大型の経済圏がうまれたり、盛んに2国間の経済協定が結ばれたりしているのは、現実として規制や規則を同じくする相手や仲間が必要だからである。

そしてグローバル化の現代では、地域の明確な経済圏をつくりつつ、どこをパートナーとして選ぶか、誰が世界の規制づくりのイニシアチブを握るかの、地球規模の競争をしているのである。そのような競争をしているうちに、お互いに譲らない対立はあるものの、規制や規則が収斂されていって、次第に統一されてくる傾向にある。

ただ、今の段階では、広域経済圏という「面」と「面」の経済協定はほとんど実現していない。例えば、EUはASEANと経済協定を結ぼうとしたが、うまくいかなかった。そのためEUは、ASEAN加盟国と個別に経済協定を結んでいく「面」と「国」との交渉に切り替えている。

日本はアメリカ・中国に次いで、世界第3位のGNI(国民総所得)を誇っている。「面」が交渉する相手の「国」としては、世界トップクラスなのだ。日EUの経済協定が結ばれた意義は、大変大きい。世界で群を抜いたといってもいいくらいだ。

米欧の競争の中で日本はどうする

大まかに言うなら、戦後、世界の規制作りは、圧倒的にアメリカが強かった。そして米欧(+日本)が協力関係にあるケースが多かった。

ところが欧州が一枚岩になるにつれ、EUの定める規制が世界に及ぼす影響が極めて強くなってきたのである。特に、環境に関わる規制について大変強い。

最も有名なのは、REACH(リーチ)である。

REACHとは、人の健康や環境の保護のために化学物質を管理する、EUが2007年に定めた規則である。「化学物質の登録、評価、認可、及び、制限」「Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals」の略だ。

欧州がこのように変わったので、日本企業は対応を迫られた。官民一体となって地道に努力するその様子を見て、「日本人って本当にまめでまじめだなあ」と、ため息が出るほどだった。合わせるのにかけては、日本は世界金メダルクラスだと思う。もともとの性質なのか、アメリカにいじめられて(?)鍛えられた50年以上の歴史のせいなのか。

ともあれ、このような状況のためにアメリカとEUは、大いなるライバル関係にあった。日本とEUの経済協定は、明らかにEUに利をもたらし、アメリカに不利益になっていくだろう。

日本の戦後の歴史は、アメリカ抜きには語れなかった。アメリカが最優先だった。その日本が、アメリカよりも先に欧州と経済協定を結ぶとは・・・。これが驚かずにいられようか。もしかしたら、日EU経済協定は、大変換のきっかけになるのだろうか。

そこまでEUは強くなったのだ。

中長期的視野で見て、日本は、巨大な「米」と「欧」の二者の競争の狭間に立って、身動きできなくなる可能性は否定できない。

そのような事態を防ぐためにも、日本は積極的に打って出るべきである。アメリカ抜きのTPP(環太平洋パートナーシップ)を日本が主導で進めるのは、大変素晴らしいことだ。

アメリカ以外のTPP参加国は、日本がすでに2国間で経済協定を結んでいる国がほとんどだ。米抜きTPPが日本経済に与えるマイナスの影響は、限定的ではないだろうか。日本は大いに積極的に出てほしい。

アメリカと欧州の根本的違い

中長期的な視野で、アメリカと欧州の緊張は高まっていくのが予想されるのは、EUの力が巨大化してきたからだけではない。アメリカと欧州(EU)では思想が違うからだ。

アメリカは「自由」と自主性を重んじる傾向があるのに対し、EU(欧州)は「平等」を重んじ、一律にする傾向がある。

この思想の違いが、規制のあらゆる所に現れている。

最も両者の違いが顕著に出ているのは、自動車が規制に適合しているかの承認方法と、国と企業の間の紛争処理の方法(ISDS条項)、そしてデジタル世界だと思う。

アメリカは、個人の自由、コミュニティの自由が侵されるのが嫌いな国である。国や州の規制は、必要最小限のほうが良いという思想が根底にある。対してEUは、違う国が27カ国も集まっているので、共通の規則だらけである。例外はほとんどつくれない。始終例外をつくっていたら、EUがばらばらになってしまう。

そして、アメリカでは民間団体が強いのに対し、EUでは常にEU機関だの国だのが相手になる。

英国では「EUの巨大な役所仕事」への不満と批判が、EU離脱の原動力の一つとなった。英国人の言い分は、実にごもっともだと思う。EUの欠点と言っていい。当のEU市民すら不満に思っている人たちが大勢いるのだから。

この両者の違いは、アメリカ独立革命とフランス革命の違いにさかのぼることができる、根本的なものだ。いわば「自由と平等の対立」である。

米グーグル社に対し、EUが競争法(独占禁止法)違反で、過去最高となる約5700億円の制裁金を科したのは、典型的な例だ。デジタル業界における、「自由 対 平等」の戦争である。

日本は今まで、規制協力の分野では、自らイニシアチブをとろうとするよりも、主導する米欧に適宜合わせたり、自国に向いている方を選んだり、業界レベルでは厳しい方に合わせたり(「最も厳しい規制に合わせておけば、どことも問題は起きないだろう」という考え)というような立場だった。

最近「日本が米欧の仲介となって」という意見がある。政治の人間関係の場面では可能かもしれないが、本質的な所ではできないのでは・・・と筆者は感じる。EUが巨大な力になればなるほど、米欧という両巨人が対峙すればするほど、この思想の違いは際立ってくるのではないか。まるでアメリカとソ連が相容れなかったように(そこまでひどくはないだろうけど)。

「米」と「欧」がどの程度分離していくのか、中長期の展望を見るのが必須になっていく。問題が起きるたびに、日本はどちらにつくのか、迫られるようになるかもしれない。情報を一刻も早く入手し、状況分析を早めに行うべきである。両者の仲介をするためにも(できるのなら、であるが)、決定的に二者択一を迫られるシーンを避けるためにも必要である。

それでも全部は避けられないだろう。自分の力を大きくしておくことだ。経済面で自分の力を強くするには、やはりアジアとの連帯ということになるのだが・・・。

政治について。日本の孤独

次は、政治面である。

一番の問題は、日本の孤独だろう。

日本という国は、孤独な国である。

19世紀末からずっと、先進国のなかで唯一の非西洋国という立場に置かれてきた。

長い間、先進国首脳会議(G7、G8サミット)では、日本がアジアの立場を説明するという位置にあった。

ところが特に80年代以降アジアの発展が著しく、ASEAN(東南アジア諸国連合)の発言権が強くなるにつれ、日本は「アジアなのか、西洋なのか、どっちなんだ」と迫られるような場面が増えてきた。「どちらとも、うまくやりたい」というのは、「どちらとも、うまくやれない」と表裏一体である。

常にアメリカ追随に見える日本にも、APEC(アジア太平洋経済協力)の創設の基礎を築いた大平首相のように、例外といえるリーダーは存在した。

しかし、全体から見ると、日本はグローバルな戦略に常に欠けている。自国で動こうとしても、アメリカの圧力でうまくいかなかったーーと、アメリカのせいにするのは簡単だが、アメリカや他国を説得できるだけの戦略も強い意志も欠けていたように見える。

日本の孤独と孤立は、今もずっと続いている。

経済圏で言えば、北米にはNAFTAがある、欧州にはEUが、アジアにはASEANが、南米にはメルルスコールがある。そしてジャンルは違うが中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)をつくった。

日本はどこにも入っていないのだ。

日本がEUに近づいた

意外に思うかもしれないが、もともとEUとの経済協定は、2007年に日本側から提案したものだ。「日・EUビジネス・ラウンドテーブル」でのことだった。

これは、1999年に発足したビジネス界の会合で、日本企業とEU企業のCEO、経営幹部で構成されている。現在、約50名が参加しているとのこと。

なぜなら、韓国の積極的なFTA(自由貿易協定)政策に大きな不安をもったからだ。

当時韓国は、アメリカとFTAを結び、EUとも交渉が始まったところだった。日本と韓国は、輸出品目が重なっている部分が大きい。韓国の積極的なFTA戦略は、日本を不安に陥れた(この不安は的中して、欧州のあちこちで、テレビやパソコン・大型画面等は、韓国メーカーだらけである)。

準備期間ののち、正式な政府間交渉は2013年から始まった。

パックス・アメリカーナのもとで

しかし、交渉はかなり停滞気味だった。オバマ大統領がTPPを推進しなかったら、おそらく日EUの経済協定は、お蔵入りになっていたのではないか。アメリカの大戦略の登場に、EUが慌てたのだ。

アジアではASEAN(東南アジア諸国連合)が、欧州ではEUが、独自の動きを強めていた。でも、それらの動きを受けてアメリカが動くと、彼らは常に反応して、アメリカと大きく対立しないようにうまくやっていく方向に動いてきたのだ。アメリカは決して無視できない、依然として世界一の大国だった。

オバマ大統領までは、EUやアジアがどのように動こうとも、アメリカは更に上をいく戦略を提供して、優位に立とうとしてきた。

日本も色々揺れたことはある。でも、今から思えば、アメリカが常に世界をリードしてくれていたので、ラクだったと思う。日本がどこと協定を結ぼうとも、大きな問題は起きなかった。まさにパックス・アメリカーナだ。

それがトランプ政権で、すっかり混乱してしまった。

トランプ大統領はそんなに例外か

現在の米欧の貿易摩擦は、トランプ大統領のやり方のせいとばかりは言えないと思う。もともとの米欧の熾烈な競争が噴出したと考えるべきだろう。

トランプ政権は「アメリカ・ファースト」と呼ばれるが、「孤立主義」の変形バージョンに見える。アメリカ建国以来の歴史をひもとけば、アメリカの孤立主義は珍しくない。むしろ、孤立主義の時代のほうが長かったくらいだ。

「孤立主義」というよりは、「一国主義」と呼ぶほうが正確だろう。アメリカは領土も広く、人口も多く、資源もあり、産業も農業もある。すべてを十分に持っている。しかも、東と西は大海である。極端に言えば、鎖国をしてもやっていける国なのだ(だから筆者は常々「アメリカは巨大な島国」と言っている)。

EUも団結すれば大きな力になるが、やはり資源の乏しさがネックだ。ここが日本と似ている。アメリカが自分のことだけを考え、日本と欧州が接近する状況は、まるで第1次世界大戦や第2次大戦の、アメリカ参戦する前までの時代を思い起こさせるような感じがする。

そんなことを感じさせるほど、EUをつくった欧州は強くなった。

世界のブロック化

世界経済はどんどんブロック化しているように見えるが、大元は何かとたどっていった結果、やはり欧州であるという結論に筆者は達している。

日本やアジアの発展が、NAFTA(北米自由貿易協定)の成立や、欧州の統一市場の成立に対して大いに刺激を与えたのだが、「一つの欧州」の建設が世界に与える影響ははかるのが難しい種類のもので、文明の転換に近いと思う。

なぜなら、EUの加盟国は、国家主権を一部EUに譲渡しているからだ。だから、強くなったのだ。

一般の広域経済協定は、TPPを見ればわかるように、主権国家が集まって協定を結んでいる。

でもEUは違う。EU内では、貿易・経済協定の締結に関して、加盟国にはもう国家主権がない。EUに主権を譲渡しているのだ。つまり、例えば日本がフランスやドイツと日仏・日独といった経済協定を結びたくても、不可能なのだ。もうそのような経済協定はこの世に存在しない。

ASEANは、EUのような形を目指すとしているが、まだそこまで行っていない。あくまで主権国家が集まった連合である。

一枚岩となったEUは強い。もはやその強さを利用もし、恐れもしなければいけない時代である。

最近日本の最前線で働く人には、「トランプ大統領のアメリカより、EUのほうがずっと話がわかる」と思い始めている人たちがいるが、なんとなくわかるような気がする。

EUというのは27カ国の集合体であるので、加盟国をまとめる組織や、相手の話を聞くステップは整っているからだ。アメリカのように、トップの判断で劇的に変わるということはない。だから話しやすいというのはあると思うのだが・・・。

近い将来「トランプ大統領の時代は、全員にケンカを売っていたから、単純でわかりやすくて良かったなあ」と懐かしむ時代がやってくるかもしれない。今後、世界はもっと恐ろしく複雑化するのではないか。

ブレグジットにAIIBに

今後、もし本格的に米と欧が対立していくことになったら、どうなるのだろう。

トランプ大統領は、米CBSニュースの7月15日放送のインタビューで「EUは貿易上の敵」とまで述べた。

日本はどうするべきだろうか。

今まで「欧」と「米」の仲介を果たすような役割だった英国は、EUから脱退してしまう。欧州の中では英国が一番、日本企業と関わりあいが深い国だったのに。

今後は英国とも協力関係を深めていく選択肢もあるが、英国は中国のAIIB(アジアインフラ投資銀行)において野心をもっているので、日本とは利害が反するかもしれない。

(ちなみに、筆者は当初からAIIBに入るべきではないと考えていて「韓国も入ったのに、日本は入らないのか」という意見には、「韓国が入ったのなら、日米同盟の絆が際立ってなおさら結構。ぶれるな」と言っていた)。

こんな状況は中国を喜ばせるだけで、前の記事にも書いたが、中国はEUに擦り寄っていくと思う。ただ、EUは人権や民主主義を共通の価値観としてくっついている連合である。しかも、中国の軍事覇権は、EUにとって良いことはほとんどない。

やはり米・欧・日が一致協力して、人権が無視されている中国に対峙するのが理想なのだが、トランプ政権下では無理だろう。「敵」のEUと経済協定を結んだ日本は、どうやってトランプ政権と向き合うべきだろうか。

日本人は、一般にEUに対する理解が浅いのが、不安要素である。

これは報道にも大いに責任があると思う。今までの日本の報道は、英国の英語報道の影響を受けすぎていた。英国での願望のこもった「EU崩壊」の論調を、そのまま移植したようなものが多かった。

最近やっと収まってきたのだが、今度はアメリカ発の願望のこもった「EU崩壊」報道が跋扈(ばっこ)するようになるのだろうか・・・今まではアメリカのEU報道は、一部を除いて、比較的、冷静で基礎的な報道が多かったと思うが、変わるのだろうか。(というより、全体から見れば関心がないのだろう。もしアメリカ人全員を本当に調査できたら、「EUって何?」というアメリカ人が過半数を占めると筆者は思う)。

それはともかく、日本の姿勢としては、6月のカナダのサミットの文言に書き込まれたように、そして安倍首相が日EUの署名式で述べたように、日本は「自由で公正な貿易」を掲げたのなら、決してぶれないことが大事だと思う。そしてTPPを推進していくことだ。ぶれるのは、国際政治で最悪である。方針を変えたいなら、政権交代するべきだ。

安全保障の問題

最後は、軍事の問題である。

筆者は軍事の専門家ではないのだが、いまの日本をとりまく状況で、考えないわけにはいかない。

日本が日米同盟を絶対の主軸としているのも、結局は安全保障の問題である。

日本はもっと、自国の地政学に自覚的になるべきだと思う。世界に国は200カ国近くあるといえど、アメリカ、ロシア、中国という巨大な3国と戦争をしたのは、日本だけである。なぜか。理由は簡単である。この3国は、日本の隣国だからだ。このことを決して忘れてはいけないと思う。

日本とEUの接近が、まさかすぐに安全保障問題に大きな影響を与えることはないとは思う。

トランプ大統領はEUを敵視しているが「貿易」戦争と言っているし、そもそも欧州と日本は遠い。

しかし、2つの世界大戦の例をひくまでもなく、欧州はアメリカ、ロシア、中国にあまりにも大きな影響を与える存在である。そういう意味で、日本と欧州は互いに利用価値がある存在なのだ。欧州の国々と同盟を結んでいた20世紀前半の国際政治の意味と理由を、再度分析してみる必要があるだろう。

ただ、当時と今と決定的に違うのは、欧州にはEUが存在することである。EU内の軍事については、NATO(北大西洋条約機構)との関係等をちょうど書いているところであるので、過去の記事を参照していただければと思う。

フランスが日本に送る秋波

とはいえ、当然のことながら、今回の経済協定の締結を機に、日本とEUの交流は多岐にわたって一層深まっていくだろう。その中には、軍事案件も入ってくるのは容易に予想できる。

というか、すでに始まっているように見える。

予定では、安倍首相がブリュッセルに赴いて、経済協定にサインをするはずだった。そして首相は、ブリュッセルの後フランスに行って、マクロン大統領との会見を行うはずだったと聞いていた。

一体何をしにフランスに来るのだろう、といぶかっていたら、安倍首相の代わりにやってきた河野外務大臣は、自衛隊と仏軍が物資を融通し合う物品役務相互提供協定(ACSA)に署名、そして日仏間の「海洋対話」を設置することで合意した。フランスは太平洋に、ニューカレドニアなどの海外領土を持っているからという。

そして7月14日のフランス革命記念日(パリ祭)。恒例となっているシャンゼリゼ通りの軍事パレードが行われたが、自衛隊が招待されており、日の丸と旭日旗をもって行進した。

なぜこうなったのかと考えると、やはり、EUが日本と経済協定を結び、日本の重要性が欧州レベルで上がったからではないかと思う。

太平洋の島々

今までの記事で書いてきたように、フランスは、未来のEU軍創設を見据えて、軍事面で欧州をリードしたいという野心がある。

その実現のためには、日本との協力関係は重要なカードの一つになってきたのではないか・・・と思えてならないのだ。

フランスはNATOから長い間脱退していた国である。アメリカと欧州の軍事関係はどうなっていくのだろう。NATOは「北大西洋」条約機構だから、NATOの動きは太平洋の日本とは関係ないーーとは言えなくなってくるかもしれない。日本との関係を求めてくる欧州の国があるとしたら、フランスと英国だろう。彼らは太平洋上に島の領土をもっており、口実に使えるからだ。(余談だが、ブレグジットに悩む英国が、TPPに入るのではという憶測もある。太平洋にピトケアン諸島という領土をもっているからだ)。

あらゆるジャンルで、米欧がそう簡単に決別するとは全く思えない。トランプの次の大統領は、今までの協調路線に戻るかもしれない。でも、EUの力がどんどん強くなって、米欧関係の緊張が増していくのは、もう避けられないと感じる。

筆者は日本が欧州との連帯を深めていくのには賛成なのだけど、日米同盟に大打撃と言えるような害を与えるほどするべきではないと思っている。やはり日米の軍事同盟は、日本に必要不可欠だからだ。

欧州とアジア

最後になったが、アジアの一員としての日本の立場を考えたい。

大まかに言ってアジアでは、アメリカに対する姿勢と欧州に対する姿勢は異なる。欧州はまだ、過去の植民地問題を、アジアにおいて精算していない。これが両者の関係の最大のネックである。

その次のネックが、EUが重視する人権問題だろう。アジアの国では人権問題を話すのを避けたい国が多い。一方で「植民地化という最大の人権侵害をしておいて、人権を語る資格があるのか」というアジアの国の言い分はわかる。

日本は今まで謝罪や補償、それでも解決しない歴史問題に苦しんできたが、やっておいて本当によかった。人間として誠実な対応をしたからこそ、今の日本の繁栄があるのだ。日本がそのような償いをしてきたのは、日本人が道徳的に優れているからではなく、単に戦争に負けたからだ。それでも日本はいま、人権や民主主義を語る資格を手にしている。これは欧州がアジアでもっていないものだ。

アジアと欧州をつなぐ場は、あることはある。ASEM(アジア欧州会合)というのだが、存在を知らない人のほうが多いのではないか。

この会合は、何をやっているのかよくわからない。メンバーは増えに増えて、現在は合計51か国と2機関が参加している。もはや記念撮影しても各自の顔がよく見えないほど多くなってしまった。この集まりの機会に行われる二国間の会談のほうが重要だと言われている始末である。

このような中で、日EU協定を機に、日本がリーダーとなってテコ入れしていく、という戦略は、不可能ではない。

すでにEUは、ASEANやオセアニアの国々との経済協定を結ぶことを積極的に進めているのだから、日本がリーダーシップをとって、EU・日本・ASEAN(+オセアニア)で協力して、一つの経済圏をつくることを目指すという戦略は、描こうと思えばできる。現在日本が主導しているTPPと、将来二つを重ねることもできるかもしれない。経済の話ではあるが、これが実現すれば、あらゆる面で中国に対抗できる大きな力となるだろう。

でも、前述したアジアと欧州の歴史問題、EUが重視する人権問題、そして中国と陸続きのASEAN諸国が、中国が入らない戦略を受け入れるかという問題がある。日本自身も、中国の軍事覇権は決して許容できない中で、経済関係についてはどのように対応するか、舵取りが難しい。

純粋に安全保障の話なら、「日米豪印戦略対話」と「上海協力機構」の対立もあるのだが、このどちらかをEU・欧州が支持しているという話は、聞いたことはない。

今後は、経済と軍事の関係は、ますます複雑化していくのだろう。

外交大国になるには

米欧という、西洋とアジアの狭間に立ってきた日本。

そして今度は、米と欧の間に立ちそうな日本。

我が国は、いつも孤独だ。

でも、もう嘆いている場合ではない。

いったい、日本はどうしたいのか。ただ「みんな一緒に仲良く」ではなくて、「何のために仲良くするべきなのか」という哲学と戦略がなければいけない。哲学があってこそ相手を説得できるし、考えが合わなくて交渉が決裂しても、相手の考えへの理解は残り次へとつながっていく。

どうするべきなのか、日本はどのような哲学のもとに、どのような戦略を描くべきなのか。

日本人全員が考えないといけないのではないかと思う。

平和と繁栄を維持したいのであれば、日本は外交大国になるべきなのである。義務教育から国際問題を考えさせる必要があると、筆者は切に訴えたい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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