パン屋倒産急増の一方、ケーキ屋スタイルの店と捨てないパン屋が生き残る理由とは
4月12日はパンの日。多くの人に好まれ、日本でも主食のひとつとして人気のある食品だが、捨てられることが多い食材でもある。
ある百貨店は、地下に出店しているデパ地下パン屋に対し、「閉店まぎわのお客様も、全種類選べるように、すべて残しておくように」と指示をした。その上「ブランドイメージが落ちるから値引きは禁止」。そのパン屋は、泣く泣く毎晩、パンを捨てている。どうにかならないだろうかと、筆者がフードバンクの広報を務めているとき相談があった。
百貨店だけでなく、コンビニやスーパー、一般のパン屋でもロスが多い傾向にある。だからこそ、食品ロスになりそうなパンを引き取って売る商売が成り立つ(1)。
パン屋の倒産急増
ここのところ、パン屋の倒産が急増しているという。2024年4月5日に東京商工リサーチが発表した内容(2)によれば、2023年度(2023年4月から2024年3月まで)の「パン製造小売(パン屋)」の倒産は37件(前年度比85.0%増)で、前年度の約2倍に急増し、年度では過去最多を記録した。
東京商工リサーチの調査では、背景にある要因として、コロナ禍、ロシアによるウクライナ軍事侵攻による物価上昇、円安、燃料高、廃棄率の高さ、高級食パンブームの陰りなど、複数を挙げている。
適正価格への値上げは妥当では?
東京商工リサーチの調査では、「コスト上昇分の価格転嫁は容易ではなく、集客と採算の間で板挟みになるパン屋の倒産は今後も高止まりすることが懸念される」としている。
東京都板橋区にあった人気パン屋も、「1個あたり50円から100円の値上げをしないと原価の回収は無理」と述べながらも「値上げは本意ではない」として2024年5月31日での閉店を決めたと報じられた(3)。 このパン屋は、メロンパン130円、クリームパン130円で売っている。この10年間、値段を変えずに商売を続けてきた。
「うまい、安い、早い」というキャッチコピーを掲げる牛丼チェーンがあるように、日本では「安い」ことがよいとされる風潮がある。食品ロスの特集でも、「捨てる運命にあるものを安く売る」「こんなに高かったものが98円」などと、安さ=善 であるとアピールする。でも、その背後で泣いている人がいたら、その安さは本当によいことなのだろうか。
「値上げはお客さんにとって負担になる」からと言って閉店を決めたパン屋の店主の気持ちもわかる。でも、原価が高騰しているのに、それを売価に転嫁しないでパン屋が損をかぶるというのもおかしな話ではないだろうか。食材価格も燃料も高騰している今、適正価格への値上げであれば、お客も納得するだろうし、納得しない客はむしろ離れてもらってよいのではないか。
ご飯のような、ハレとケの「ケ」のパン
ご飯のような存在になれるパン、ハレとケでいうと「ケ」のパンは日持ちする。
一方、惣菜や生クリーム、あんこなど、具材を入れるものは日持ちしないので、必ず売り切りごめんにしてはどうだろうか。過剰な量をつくらない。
日本に流通しているパンのうち、国産小麦を使っている割合は、わずか8%しかない。92%にあたる小麦を、エネルギーとコストをかけて海外から輸入しているのに、それを毎日捨てているって、おかしな話ではないか。しかも、廃棄コストを売価に含めて客に払わせている店が生き残り、そうでない店が廃れていく。
高級食パンも、たまになら物珍しいのだろうけど、毎日食べるのには向かないのではないだろうか。ハレとケでいえば、「ケ」のパンが必要だと思う。
パン屋の閉店や倒産が急増する一方で、今でも人気を保つパン屋がある。2つの事例を紹介したい。
ケーキ屋スタイルのパン屋は売り切りごめんで客単価は1桁多い
その一つが、兵庫県神戸市にあるSide Field Breadだ(4)。焼きたてパンは、トングとトレーで客が選ぶ方式の店が多いが、ここはケーキ屋スタイル。ショーケースに並んでいるパンを客が選んで店員に伝え、それを店員が入れてくれる。
パン業界に詳しい人によれば、トレーとトング方式のパン屋より、ショーケース方式の方が、客単価が1桁多い。トレーとトングだと、客が持ち運べる量に限界があるためだ。実際、Side Field Breadを取材した際、客単価は1,000円を超えており、中には3,000円、4,000円と買っていく客もいると伺った。トレーとトング方式のパン屋の客単価は1,000円に達しない、3桁だ。
Side Field Breadが開店する前、店の設計を頼まれていた設計事務所「アトリエ・フィッシュ」の山下誠一郎さんは、トレーとトング方式の店がコロナ禍で、すべてのパンをプラ袋に入れなければならなくなっていることに気がついた。イタリアのパン屋はショーケース方式で、プラ袋は要らない。それを紹介した筆者の記事(5)を読んだ設計事務所の方が、急遽、ショーケース方式、すなわちケーキ屋スタイルの設計に変えたのだ。
客単価が高い上に、捨てるパンはない。種類は70-80種類と多く、クリームや具材を使ったパンを焼いてはいるが、1種類10個程度に量を抑えている。人気のものも20個まで。売り切りごめん。Side Field Breadのインスタグラムを見てみると、2024年3月30日には「商品完売のため閉店」と投稿されている(6)。
また、ショーケース方式で、店の扉をなくしたことで、ベビーカーやシルバーカーを押す人も気軽に来店できるようになったこともメリットの一つである。
「捨てないパン屋」年商キープのまま休みが増えた
広島の「捨てないパン屋」ブーランジェリー・ドリアン(7)は、以前は40種類以上のパンを作り、毎日、ごみ袋2杯分捨てていた。それが、2015年秋から1個もパンを捨てなくなった。なぜか。
パンの種類を40種類以上から4種類に絞った。
日持ちしないクリームやチーズなどを入れた菓子パンをすべてやめた。
主原料を有機国産小麦に換え、具材はなくし、単価を上げた。
法人や個人のサブスクなど、必ず買ってくれる顧客に対象を絞った。
このような取り組みで、二人で働いて年商3,300万円はキープした上で、2015年の秋からパンを1個も捨てなくなり、休みも増え、働く人もラクになった。
理不尽な値上げではなく、適正な値上げであれば、消費者は納得する。
主原料は質の良いものを使い、逆に副原料となる具材は使うのをやめる。
すべてのパン屋が同じことをやる必要はないし、それぞれの地域や店の特性に合わせたやり方があると思うが、一つの事例ではある。拙著『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』(8)にその詳細を書いたので、参考にしていただきたい。
参考情報
2)「パン屋さん」の倒産が急増し年度最多を更新 小麦価格の上昇などコストアップが痛手に(東京商工リサーチ、2024/4/5)
3)【倒産件数が過去最多】 “消える街のパン屋さん”「値上げは本意でない」創業10年目の地元人気店が閉店決断(FNNプライムオンライン、めざまし8、2024/4/12)
4)「ケーキ屋スタイルのパン屋」がコロナ禍で客にも店にも理想系の理由とは?(井出留美、Yahoo!ニュースエキスパート、2021/4/12)
5)パン屋のパン、1個ずつ包んで売る方式へ、プラごみ増?【#コロナとどう暮らす】(井出留美、Yahoo!ニュースエキスパート、2020/6/29)
6)Side Field Bread、2024年3月30日のインスタグラムの投稿
8)『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』(井出留美、あかね書房、第68回青少年読書感想文全国コンクール課題図書)