現役アイドル・鈴木まりえが経営するライブハウス「マリールー」がコロナ禍にも変わらず盛況な理由
25年に渡りアイドル活動を続けている鈴木まりえが昨春、自らライブハウスをオープンした。山手線田端駅からほど近いビルの地下1階にある「Live Spaceマリールー」。白で統一された会場には、自身の長年のステージ経験を踏まえた理想が盛り込まれ、キャパ50人で堅実に経営してきた。今年、コロナ禍の直撃を受けたのは例に漏れないが、以前と変わらず順調だという。そこにはアイドルオーナーとしての強みと愛が発揮されている。
41歳でフリフリの王道スタイルで歌い続けて
ステージをはじめ場内のすべてが真っ白に統一された「マリールー」。オーナーである鈴木まりえは「私のことをアルバイトだと思われたりするんですよね」と笑う。
1978年に神奈川県海老名市で生まれ、1996年にアイドル活動をスタート。当初は“元祖・地下アイドル”と呼ばれた水野あおいの事務所に所属し、精力的にライブを行ってきた。2001年からはフリーランスに。以後は毎月10本前後、年間で120本ほどのライブを続けている。
41歳になった現在も、フリフリ衣装の王道アイドルスタイルで、毎週ステージに立つ。「普通に20代のアイドルと一緒のライブにも出ています(笑)」とのこと。また、『苺一会』などトレードマークのイチゴがモチーフの曲、『恋してパレオエクスプレス』など趣味の鉄道をテーマにした曲も、自主制作でリリースしてきた。
そうした活動の中、20年以上、様々なライブハウスを回ってきて、「ここがもう少しこうなっていたらいいな」と思うことが、少しずつ溜まっていたという。
「一番つらいのは、衣装や物販用のグッズを入れた重いキャリーバッグを引いて会場に行くことで、『駅から近いといいな。エレベーターがあればいいな』と思ったり。あと、私は衣装にこだわりが強いんですけど、ライブハウスの背景はたいてい暗くて地味で、せっかく赤や黒の派手な衣装を着ても、顔しか見えないのが寂しかったりもしました」
衣装が映えるように会場のすべてを真っ白に
2年前の春、プロデューサーでありバックでギターを弾くじーこに、冗談半分で「ライブハウスを作りたい」と話したところ、貿易商として会社経営の経験がある彼から思いがけず「できるかもしれない」と返された。そこから夢はビジネスプランとなり、理想に叶う物件探しを始める。
「山手線沿線で最寄り駅から徒歩5分、という場所にすることは決めていました。半年以上探してもなかなかなくて、場所は条件通りでも細長い間取りでライブハウスにできなかったり。何とか(2018年11月の)40歳の誕生日ライブで発表できたら……と思っていたら、ギリギリになって田端に見つかったんです」
田端駅は山手線内では利用者数は屈指の少なさで、便はいいが落ち着いた土地柄。ダーツバーだった地下1階のフロアが急に空き、広さもちょうど良かったうえ、エレベーターも備わっていて、鈴木は「奇跡的でした」と振り返る。それから2ヵ月ほどかけて、全面的に改装。何よりこだわったのは、アイドルらしく「衣装が映えるように何もかも白くすること」だった。ステージや四方の壁はもちろん、アンプ、照明機材、マイクに、ネジの1本1本まで白く塗るという念の入れよう。
さらに、PAから繋がるコードはすべて天井裏に配して、目につかないようにした。ステージの脇には鈴木の私物の白いぬいぐるみもたくさん並び、いわゆるライブハウスっぽいイメージとは一線を画す、ファンシーで明るい空間となった。
20数年分の貯金のみで開業資金をまかなう
もちろん理想のライブハウスを作るには資金も要る。「これくらいの規模でも数百万円では無理ですね」と鈴木は語る。だが、開業に当たり、銀行の融資を受けることも借金をすることも一切なく、すべて自身の貯蓄でまかなった。
「母親が元銀行員で、芸能界に入ったときから、お金を貯めるように言われて、いろいろ教わってきたんです。海外旅行とかしないから大きな支出はなくて、何より20年以上、たくさんライブをやってきて、ファンの皆さんが来てくれて、CDやグッズを買ってくださって。そうしたお金をいつかお返しするために貯めてきたので、この大きな買い物に使いました(笑)。ファンの方も、私を応援し続けてくれたことがこういう形になったと、捉えていただけると思います」
地下アイドルが活動を辞めなくて済むように
そして昨年3月、マリールーがオープン。鈴木はもともと、AKB48劇場の個人版のような自身の拠点と考えていたが、主催ライブの他に利用申し込みが相次いだ。地下アイドルやアコースティック系のライブが多いが、プロジェクターを使った声優のアテレコイベント、アイドル衣装のファッションショーに、アイドルとファンの卓球大会まで、多彩な企画が行われてきた。
だが、特に営業活動をしたわけではない。ホームぺージもあえて作っていない。じーこの会社経営の経験を踏まえ、「いいライブハウスなら口コミで広がる」との方針だ。
「私としては、この会場を気に入ってくれた方に出てもらいたいんです。だからホームページはなくて、初めて借りてくださる方とは一度お会いして、お話させていただきます。基本の料金設定はありますけど、『その金額だと無理』という方には、こちらで考えた形を提示して、『ここでライブをやりたい』というお気持ちに極力添えるようにしています」
そこには、長年ライブアイドルの活動をしてきた、鈴木の想いもある。
「私はアルバイトをすることもなく、ライブを続けてこられたから、今があります。でも、続けたくてもお仕事として成り立たなくなって、辞めてしまったアイドルの子もたくさんいました。それはすごく残念なことなので、少しでも力になれたら……という気持ちはあります」
自身の経験から出演者と観客に細かく心配り
マリールーでは立地の便の良さの他にも、鈴木自身がライブ会場で「こうだったらいい」と思った経験を反映し、出演者に喜ばれていることが多々ある。まず楽屋が広めで、グループや対バンで出演者が多くても、5~6人が同時に備え付けの鏡を見てメイクできる。トイレも観客用とは別に設けられている。
「手に整髪料を付けたまま衣装を触ると、劣化したり黄ばんだりするので、手を洗える場所は近くに作っておきたかったんです。あと、メイクでドライヤーを使ったり、SNSを更新するためにスマホを充電するから、コンセントも多めに付けました」
細かいところでも様々な気配りが見られる。自分のライブの動画を撮れるように、楽屋通路からカーテン越しに届く客席の端の場所に、スマホをセットする棚を設けてある。ステージに出る準備が整ったことをPAに知らせるボタンがあったり、ドリンクを床に置いてMC中に屈んで取らなくてもいいように、マイクスタンドにホルダーが付いていたりも。
また、観客に向けても、開演待ちの時間も飽きさせない工夫がある。ドリンクなどの売店はヴィレッジヴァンガードふうにユニークな小物が並んでいて楽しい。トイレに入ると、壁一面にレアな80年代アイドルのレコードのジャケットが貼られていて驚く。すべて鈴木の私物だ。
オープン以来、集客もおおむね好調で、マリールーに収入があり、イベント主催者も利益を持ち帰ることができる状況が続いた。「白いライブハウスですけど、収支は黒(笑)」と、滑り出しは順調だった。
緊急事態の閉店中に感染防止の手筈を徹底
だが、今年の春になり、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった。
「ちょうど1周年記念のライブを計画していて、グッズも作ったんです。でも、感染者を増やさないためにお店を開けられなくなって、自分の音楽活動も止めないといけなくて、不安になりました」
4月に緊急事態宣言が発令されると、完全に休業。鈴木自身は地元の海老名市から出ない日々となった。だが、東京在住のじーこが再開に備え、毎日のように会場の消毒や掃除をしていたほか、トイレのハンドソープや便座拭きを自動のものに替えたり、売店にアクリル板を設置。緊急事態の解除後も、最大限の対策を取るため、6月いっぱいまで休業を続けた。
加湿器に空中殺菌剤を入れたりもして、7月から営業再開。観客はキャパの50%に抑えつつ、4~6月から延期された分のライブが次々に開催された。各地のライブハウスで軒並み苦境が続き、鈴木自身もいちアイドルとしては祭りやホテルのイベントで歌う仕事はなくなったが、マリールーでは緊急事態以前と変わらない業績を維持しているという。何が功を奏したのか?
「やっぱり感染症対策を徹底して、皆さんに安心してもらえているのは大きいと思います。これは偶然なんですけど、もともとステージの裏側に排煙窓があって、ドア2個分が開けられるので換気がすごくいいんです。ライブ中も1時間に一度は開けています」
コロナ禍を受けて設立された「日本音楽会場協会」にも加盟し、東京都の感染予防拡大のガイドライン策定に関わった。「優良遵守店証」の交付も受けている。
利益は観客の安心と楽しさのために還元
また、飛沫防止のため、ステージと客席の間に立てた透明なアクリルパネルは、見やすさの点からも観客に喜ばれた。
「いろいろテストしたんです。ビニールだとしわくちゃになって見にくいし、水森亜土さんがお絵描きで使うような移動式の透明黒板みたいなものも考えましたけど、このアクリルパネルがきれいに貼り付けられました。気にならずにライブを観られるし、写真撮影がOKなら何もないように撮れて好評です」
実際、言われなければパネルがあると気づかないほどの透明さ。ステージで物販をやるときは、取り外しは女性アイドルでも簡単にできる。
真っ白な会場は元から、他のライブハウスに比べて清潔なイメージがあり、出演者もSNSなどで「ここでやります」と写真付きで告知しやすい。この状況下に活動を止めたくないアイドルやイベンターからの利用申し込みは途切れず、マリールーで毎月ライブを打つようになったアイドルもいる。鈴木は「ありがたいことですけど、毎日埋まっていくと自分のライブができなくなるのが心配(笑)」という。今、そんな話ができるライブハウスのオーナーは珍しいだろう。ただ、鈴木は収益を第一に考えてはいない。
「自粛が明けてすぐの頃、他の方のライブ中にカーテンの向こうの楽屋通路で作業をしていたら、お客さんの話が聞こえてきたんです。『渋谷や新宿に遊びに行くより、ここにいるのが一番安全だよね』って。そのとき、お休みの日にわざわざ来ていただいた皆さんが安心できて、少しでも気持ちが豊かになる場所にしたいと強く思いました。もともとファンの皆さんが私のライブに通っていただいたおかげで建てられた会場なので、利益が出たら、皆さんがより楽しめるところに還元したいです」
大きな夢を見るより、ちょうど良い規模の拠点に
50人規模のライブハウスながら、彼女やファン、出演者や観客たちにとって、かけがえのない場所になってきているマリールー。
「広いという方も狭いという方もいますけど、この倍の大きさの会場を私が持っていたら、心配だったと思います。今は頑張らないとやっていけない。でも、毎月追い立てられるほど大変でもない。人生最初の拠点としては、ちょうど良い広さのところに巡り合えたと思います」
「それに、私はアイドルとして活動してきて、大きな夢を見すぎなかったので。『歌番組に出てオリコン1位を獲りたい』とか『月9のドラマに絶対出たい』というものはなくて、応援してくれる人の前で歌うのが一番やりたかったことなんです。それは今もできていて、これからも続けるためのハコを持てたのは、本当に良かったです」
長期的な展望としては、業態の違う別の会場を持つことも視野に入れている。「薬局の前とかにあった100円を入れると動く飛行機の乗り物を置きたいとか、どうすれば滑り台に乗ってステージに登場できるかも考えています(笑)」とアイデアは尽きない。
42歳の誕生日となる11月15日には、このマリールーで約10年ぶりとなる自身のワンマンライブを開催する。