教育格差解消に挑む「スタディクーポン」への期待
選択主体が子どもにあること
ファンディング開始から3日で目標金額の半分となる500万円を越えた、教育格差解消に挑む「スタディクーポン」という試みがある。クラウドファンディングで募った資金を使い、渋谷区の貧困家庭の子どもに対して、塾や家庭教師、教育支援NPOのサービスなどに使えるクーポンを提供し、教育機会を確保していく取り組みだ。
・貧困家庭に塾クーポン 渋谷区、来年度から:日本経済新聞
・私だって塾に行きたい。貧困家庭の高校受験生に「スタディクーポン」 どういう仕組み?:ハフポスト
・お金がないから塾に通えない…をなくしたい。なぜ「塾代格差」が問題なのか:BuzzFeedNEWS
渋谷区とNPO、企業などセクターを越えた連携によって社会課題を解決していく「コレクティブ・インパクト」という言葉もかなり使われるようになってきており、スタディクーポンもまさにそれにあたる。筆者も事前に構想をお聞きし、そのチャレンジに期待と共感を持ってパネルボードを掲げさせていただき、少額ながら寄付もさせていただいた。
筆者も同じような環境下にある子どもたちの学習と生活の支援をしているものとして、今回の取り組みは心から応援したいと考えている。経済的に苦しい子どもたちにとって、周囲の友人らが当たり前のように通っている塾や習い事に手が届かない環境にあることはどういうことか。それは純粋に「学力維持・向上の機会がない家庭に生まれたのだ」という運命論に収斂するのではなく、日常生活のここかしこで哀しい思いをしなければならないということだ。まだ13歳、14歳という年齢でだ。
NPO法人キズキの安田理事長が言っているよう、子どもたちにとっては学習環境以上に「選択肢がある」ということが重要だ。経済的に苦しい家庭下の子どもたちのため、自治体も苦しい台所事情のなかで予算を積み、「学習支援」を行っている。子どもたちにとって、熱心な大人、真摯な学生に出会える貴重な機会である一方、その学習支援の場に通うのは困窮家庭であることの証左であり、学習意欲とは別に、そこに通うことにスティグマを持つ子どもは少なくない。
通いたいけど通えない。勉強したいけど(友だちに対して)恥ずかしいという思いが出てしまう。大人になればそんなことは本質ではないとも言えるが、思春期はそういうことこそ気になり、また、中学生の行動範囲は中学校区くらいであり、地域の目から逃れられない「地域性」は憂慮すべきものなのだと思われる。
その意味で、子どもたちに選択肢がもたらされるスタディクーポンの仕組みは、利用する子どもたちの心的なハードルを相当下げるものだと考えられる。特定の場所に設置された支援機関の運営を任せる施設型委託事業でなく、該当者が選択主体となり、公民問わず必要なサービスを活用するバウチャー/クーポン型事業が望まれるのはそのためである。
民間だけではできないアウトリーチ
民間事業者が家庭環境が厳しい子どもを見つけることは難しい。目の前を歩く子どもを見て、普通に清潔感のある服装をして友だちとじゃれ合っていたら、その子が”塾に通う機会に乏しい”かどうかを判断できるだろうか。スタディクーポン・イニシアチブは渋谷区と協働しているが、対象者とつながる「アウトリーチ」力は行政がもっとも強い。
筆者も、兵庫県尼崎市と協働(ソーシャルインパクトボンドパイロット事業)したとき、対象者が生活保護を受給している若者または、生活保護受給家庭下にある若者であった。地の利があっても、該当する個人がどこに住んでいるのかを把握するのは難しい。
しかし、パートナーである尼崎市役所には情報があり、私たちの訪問支援サービスの概要を説明し、実際に会って話をしてみてもいいという個人/家庭を選んでご紹介いただいた。相対的貧困率が高くとも、就学援助を受けている家庭の割合が大きくても、具体的にアクセス・アプローチできる手段は限られており、行政をパートナーとすることで「アウトリーチ」という最も難しい課題を解決している。
家庭が抱えている見えない課題へのソーシャルワーク
クーポン発行によって可能となり得るのが、その子どもと家族が抱える見えない課題へのソーシャルワークだ。特に経済的な課題に関しては行政でもある程度を補足ができるが、実際にクーポンを使う子どもとの面談を通じて、また、実際に両親などご家族とのコミュニケーションが取られるなかで、経済性に留まらないさまざまな課題を発見できる可能性がある。
それは虐待やDVといった見えやすいものだけではなく、例えば、ご両親のどちらかが日常生活を円滑に行うことが難しい特性を有しており、専門機関とつながりを持ったことがない場合。また別の例としては、今回の対象者である中学3年生の兄弟姉妹に、問題行動があることがわかり、早期対応によって子どもたちを守る必要があることがわかるなど、クーポンを活用する子どもたちを支えていくなかで、彼らが抱えている別の課題に触れられる可能性がある。これは非常に大きなチャンスであり、教育格差を学習面から解消するだけでなく、家族の外側からは見えづらい環境面の解消にも寄与し得る。
成果評価は子どもの学力に留まらないでほしい
最終的にはモデル化と政策提言による広がりを意図するスタディクーポンであるが、一義的にその成果は学力向上や子どもたちの変化に着目すべきだろう。しかし、これまで学校と家庭以外の接点や機会をなかなか持ちえなかった子どもたちへの変化は、同時に家族を中心とする周縁にも変化や効果をもたらすことがある。
筆者もこれまでの育て上げネットの活動を通じて、子どもの変化が家族を動かした例をたくさん見てきた。積極的また継続的に働くことのなかった父親は、同じくあまり働くことに熱量が見られなかった娘が少しずつ明るくなり、友人に囲まれながら「稼ぎたい」という思いで一生懸命就職活動をしている姿を見た。父親として娘の頑張りを応援するスタンスは持っていたが、なかなか働き先が見つからないなかでもあきらめることなく努力する娘を前に、父親自身も就職活動に動き出したことがあった。
小学生の頃から大学生活に入っても、学校の時間以外はずっと自室にいる息子がアルバイトを始めることになる。帰宅が深夜にかかるものであったが、これまで欠かすことなく夕食を準備していた母親が、息子の「夕食はいらない」生活サイクルになった。買い物から食事作り、片づけまでの時間が自由になり、なんとなく興味を持っていた習い事にチャレンジしたこともあった。
教育格差が埋まることは、子どもの”いま”と未来が広がることにつながる。それを期待してスタディクーポンを応援したわけだが、それだけではなく、子どもの周縁者、それは家族であったり、友人や教員なども含まれるかもしれない。子どもたちによい変化があったとき、その変化はどれほどのインパクトが社会にあるのか。もちろん、長期的にひとりの子どもが経済的に厳しい状況から抜け出しやすくなるといったインパクトは容易に推察できるが、全国の自治体がスタディクーポンのような仕組みを導入するにあたっては、子どもの変化に留まらない、より多面的で良質な変化も捉えて政策提言にまで昇華してほしい。
スタディクーポン・イニシアチブという「コレクティブ・インパクト」の取り組みはまだまだ始まったばかりであるが、多様なセクターが協働し、”まずはやってみる”をスタートするには、その意志に共鳴する寄付者・応援者の存在が不可欠で、すでに多くの寄付者が集まっていることからも、教育格差解消への関心度の高さ、そしてスタディクーポンという取り組みへの期待が非常に大きいことがうかがえる。来年度以降の具体的な動きと、子どもたちの笑顔に期待する。
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