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【鳥取/境港】リニューアルオープンした「水木しげる記念館」がグッと心に刺さる!なぜ妖怪だったのか?

旅人間はらぺこライター
©水木プロダクション

はらぺこライターの旅人間です。4月20日にリニューアルオープンした「水木しげる記念館」について紹介しましょう。

今回の取材は一般公開される前、メディア取材にて参加させて頂いた。取材の前日に境港市内にある中華料理屋で食事をした際、店主さんから「私も早く行きたくて」と熱く話してくれる姿を見て地元の方が心から楽しみにしている”水木しげる”という人物像に興味が沸いた。

そして、実際に行ってみると、想像してた内容と全く違っていた…。

水木しげる記念館

約1年の建て替え工事を終え、4月20日にリニューアルオープンした「水木しげる記念館」は『ゲゲゲの鬼太郎』をはじめとする作品の展示や過酷な戦争体験など水木氏の波乱万丈な生涯を資料と共に紹介している。

ここは”水木しげる氏の生きた93年が追体験できる”施設と言って良いだろう。

なぜ、妖怪に興味を持ったのか?

©水木プロダクション
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水木しげる氏と言えば「妖怪漫画」の第一人者として有名だが、一体なぜ妖怪に興味を持ったのだろうか?

それは少年時代に近所に住む「のんのんばあ」の影響が大きかったと言われている。のんのんばあは武良家(水木しげるの本名は武良茂(むら しげる))にて、ときおり手伝いをしていたお婆さんのこと。

迷信や地元のいい伝えに詳しく「人は死んだら死後の世界にいくんだよ」「今、ないているのは九尾の狐と言って…」など妖怪についても詳しく教えてくれたという。つまり、水木氏は幼少時代に妖怪の英才教育を受けていたに等しい。

©水木プロダクション
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千年以上の歴史を持つ島根半島の「美保神社」、のんのんばあが信仰していた出雲市にある「一畑薬師」など、あちこちに連れて行ってもらったそうだ。

また、死んだ子供の魂がいくという「加賀の潜戸(かかのくけど)」の話をしてもらったり、見えないモノへの興味が膨らんで行ったという。

順風な人生ではなかった…

水木氏は好奇心が旺盛な少年だった。それが原因か?あまり勉強をせず、受験に失敗している。51人中50人合格のところ、不合格になったという。

その後、就職しても長く続かず、首になって就職して、首になってを繰り返した。趣味の絵には熱中したそうだ。

そして戦争が始まる

水木氏の93年の人生の中で特にに大きな影響を与えたのは戦争だろう。悲惨な体験が水木の作品に影響していると言われている。

就職しても不器用で何度か首になったように、戦地でラッパの担当になるが上手に吹けなかったそうだ。「初年兵と畳は叩くほど良くなる」とビンタされない日はなく理不尽な毎日を凄ごしていたとも…。

©水木プロダクション
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”理不尽な戦争体験”にスポットを当てた展示

「水木しげる記念館」と言えば、”妖怪の展示が多いのだろう”と想像してしまいがちだが、実は違う。もちろん妖怪の展示も多数あるが、リニューアルされた同館では、水木氏が体験した「戦争という理不尽な3年間」にスポットを当てて展示されている。ここが今までと大きく違う点となる。

水木氏は戦争に行く不安感から、哲学書をいっぱい読んでいたそうだ。戦争にも持っていたゲーテ本も現物が展示されている。

©水木プロダクション
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そして、突然の襲撃を受け部隊は全滅したときの様子も…。

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「ぬりかべ」に命を助けられた!?

命からがら夢中で逃げた。そこで水木氏は意外な人物?に窮地を救われる。それが驚く事に「ぬりかべ」だというのだ。

それは敵側の現地人から逃げて山に入った時のこと。真っ暗な中で壁のようなモノが立ち塞がり進めなくなったそうだ。仕方なく休んで翌朝見ると…

そこは崖だったという。もし壁がなければ落下していたかもしれない。水木氏は「ぬりかべのお蔭で命拾いしたのではないか」と述懐している。

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戦争への憤りや怒り、それが作品に影響したのでは?

必死な思いで生還すると「みんな死んだんだから、お前も死ね」と言われたという。理不尽さへの憤りは数えきれない。苦楽を共にした戦友は上官の保身や体面のために「玉砕」の名のもとに犬死させられている。まさに「戦争は人を悪魔にする」だ。犠牲を美化する国家への怒り、それが水木作品のエッセンスとなっているのではないだろうか。

尚、館内では終戦後に帰国までの数ヵ月は収容所で過ごしている時に水木氏が写生した絵も展示されている。

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漫画家になる

そして戦争から帰った、さぁ何をしよう。左手は21歳の時に爆撃で無くしている。右手1本。そこからスタートとなった。

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大人気となったNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』は、この辺りのストーリーを中心として始まっている。

水木氏が、漫画家というか絵を生業にしたのは「紙芝居作家」になった28歳頃と言われ、水木が漫画だけで食べて行けるようになるのは「講談社児童漫画賞」を受賞した43歳。この約15年間はひたすら貧乏だったという。その間、結婚し、子供が2人生まれた。

漫画家水木しげるの妻である武良布枝が著した自伝には「人生は……終わりよければ、すべてよし!!」とあるが、その苦労は相当なモノだったようだ。

水木しげるの言葉

©水木プロダクション
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館内を歩いて行くと「水木しげるの言葉」のコーナーがある。これは入館の際のチケットにもなっており、全35種類でランダムに配布されている。

例えば…

「スタートがおくれたからといってクヨクヨする必要はない」

「一人の人間が生きているということは、その背後におどろくほど長い祖先というものがある」など。

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この言葉を一つ一つ見ていると、人により様々だろうが、自分にグッと突き刺さる言葉が見つかるかもしれない。決して順風満帆ではなかった人生だった水木氏だからこそ、安易に夢を与える言葉で片づけようとしていないからだ。

受験に失敗した、就職も上手く行かなかった、戦争で上官から理不尽な嫌がらせが横行した、貧乏だった、売れなかった。苦労した、貧しかった。でも、好きだった絵は諦めなかった。その結果、歴史に名を残す人物になった。

そんな水木氏の言葉かここに展示されている。

企画展「鬼太郎の誕生 —生まれかわる四つの物語—」

©水木プロダクション
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同館では常設展示に加え「企画展示室」もある。

企画展では貴重な原画を半年ごとに内容を変えて展示されるという。第1回の企画展は4月20日のリニューアルオープンから10月20日までを前期、10月22日~2025年4月6日を後期で予定されている。

第1回のテーマは「鬼太郎の誕生—生まれかわる四つの物語—」だ。

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ところで、鬼太郎の誕生について知っているだろうか?

目玉おやじはナゼ目玉なの?鬼太郎のお母さんは?水木しげる氏の代表作『ゲゲゲの鬼太郎』の原点に触れることが出来る。

私は子供の頃から鬼太郎をTVで見ているが”誕生”については知らなかった。そして今回の企画展を見て衝撃的だった。

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簡単に説明すると…

目玉おやじはミイラ男のような風貌最初は登場する。そして身籠った妻とひっそり暮らしていたが二人とも病死してしまう。

物語では、血液銀行に勤める水木が、鬼太郎の母親を埋葬し、父親は溶けかかっていたので手をつけなかった。そして帰ろうとすると、埋葬した墓場から鬼太郎が生まれ出るのだ。

©水木プロダクション
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更に、死んだ父親は鬼太郎を心配するあまり、目玉の姿で生き返り、やがてオタマジャクシのように手足が生えて鬼太郎を見守る…そんな内容だ。

©水木プロダクション
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「鬼太郎」には、70 年ほどの歴史がある。

戦前に怪談「飴屋の幽霊」をモチーフにした紙芝居があり、これをヒントに水木しげる氏は、1954 年頃に「蛇人」という紙芝居作品で初めて鬼太郎を登場させたという。そして漫画家に転向し1960 年に貸本「妖奇伝」で初めて漫画「鬼太郎の誕生」を描いている。

その後、「鬼太郎の誕生」は発表媒体を変えて3度描き直されている。同企画展では、これら 4 つの「鬼太郎の誕生」について紹介。原画を通して絵のタッチの違いなど見どころとなっている。

©水木プロダクション
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今回は取材を通して、特別許可を頂いて原画の写真も撮らせてもらえた。もっとアップで原画をお見せする事も出来るが、あえてやめておくことにした。理由はコレこそ直接見ないと価値がないからだ。

やっぱり本物は違う。全く違う。伝わってくるものが全然違うのだ。

しかも常設展示で水木氏の幼少期のエピソード、苛酷な戦争体験を通した波乱万丈な人生を見てからの原画…。グッとくるものがある。

水木しげるが描いた妖怪たちー妖怪洞窟ー

最後に、館内にある「妖怪洞窟」もリニューアルされているので動画で紹介しよう。約50体の妖怪が潜む妖怪洞窟で妖怪たちの雰囲気が感じとれる。

※ただし、動画は不慣れで上手ではありません。「妖怪洞窟」の臨場感のある雰囲気と音響の素晴らしさを紹介したく入れさせて頂きました。

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水木しげる記念館
住所:鳥取県境港市本町5番地
電話番号: 0859-42-2171
営業時間:9:30~17:00
※最終入場は16:30まで
入館料金:一般1,000円(当日券)
※中高生500円、小学生300円
休館日:年中無休
公式ホームページ(外部リンク)
公式instagram(外部リンク)
地図(外部リンク)

※取材協力:水木しげる記念館
©水木プロダクション

はらぺこライター

旅行好きのライター。各地に伝わる伝説や民話、古くから地元で大切にされているモノを親しみやすく紹介したい|地元で人気の食堂やレトロな喫茶店巡り|”思わずクスッと笑ってしまうような”珍スポット探し|目標は個性的でヘンテコな旅本の出版|フォローして頂けたら嬉しいです。

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