望まない「タバコ煙」を吸わされているイヌやネコ
ペット飼育可の集合住宅や一人暮らしの飼育率が増え、また小型犬種が人気になるなどし、室内飼いのイヌや完全室内飼いのネコも増加している。特に若い世代でイヌを室内飼いする人が多く、これは都市部に限らず町村部でも同じ傾向があるようだ(※1)。
タバコを吸入し毛を舐めるイヌやネコ
室内で人間と一緒に暮らすイヌやネコについて、飼い主が喫煙者だった場合に受動喫煙にさらされる可能性が高い。これについてはいくつか研究があり、受動喫煙による人間の健康被害を推し量るためにも利用されている。
例えば、イヌやネコの尿でニコチンの代謝物コチニンが検出されている(※2)。喫煙によるニコチンは身体の中ですぐに代謝されてしまうが、コチニンは長く残るため、タバコを吸わない人や生物が受動喫煙しているかどうかのバイオマーカーだ。ネコからは、ニコチンが代謝される過程で作られる強力な発がん性物質の4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)も検出されている。
イヌやネコは自分の体毛を舐めて毛繕いをするが、飼い主のタバコからニコチンなどの物質がイヌの毛にどう付着するかを調べた研究(※3)では、ニコチンやコチニン、ニコチンの酸化物(nicotine N-oxides)、発がん性のあるN-ニトロソノルニコチン(NNN)になるノルニコチン、ノルニコチンの酸化物も検出された。
受動喫煙にさらされているイヌではアトピー性皮膚炎も多い。フランスのパリ大学などの研究者による161匹のイヌの飼い主へのアンケート調査(※4)によると、飼い主が喫煙者の場合、アトピー性皮膚炎になるリスクが高くなったという(オッズ比4.38)。母数は少ないが、このリスクはかなり高い。
タバコを吸う人間(男性)は、口腔・咽頭がんのリスクが2.4倍になることが知られている(※5)。イヌの場合もタバコ煙にさらされると口腔・咽頭のDNAが傷つく。南米コロンビアのCES大学の研究者による論文(※6)では、受動喫煙の有無で2つのグループに分けた12匹(オス4匹、メス8匹、平均4.67歳、平均体重23.53キログラム)のイヌから任意に口腔と咽頭の組織サンプルを抽出し、DNAの損傷度を検出する方法(コメットアッセイ)で調べた。すると受動喫煙の群のDNAが損傷していることがわかったという。
自宅で吸わせない飼い主
受動喫煙により、悪性リンパ腫にかかるリスクが高くなることは人間でも明らかになっている(※7)。イヌやネコでリンパ腫にかかる個体は多いが、これは人間の白血病などの非ホジキンリンパ腫と類似する病気だ。ポルトガルのポルト大学などの研究者が、リンパ腫と診断された23匹のイヌの細胞分裂の指標を示す数値(高いほうが悪い)を比較したところ、飼い主が喫煙者であるイヌのほうが数値が高かったという。
リンパ腫にかかったイヌの細胞分裂の割合を細胞増殖マーカーであるKi67により飼い主の喫煙・非喫煙に分けて調べた。タバコを吸う飼い主のイヌのほうが高かった。Via:K C. Pinello, et al., "Immunocytochemical study of canine lymphomas and its correlation with exposure to tobacco smoke." Veterinary World, 2017
ネコの受動喫煙でも同じようにリンパ腫のリスクが研究されている。米国のマサチューセッツ大学などの研究者が、1993〜2000年にかけて悪性リンパ腫にかかったネコ80匹と腎臓病(ネコで一般的な病気)のネコ114匹(コントロール、受動喫煙とネコの腎臓病との因果関係はないとされている)を比べて調査(※9)したところ、受動喫煙環境にあるネコが悪性リンパ腫にかかるリスクはそうでないネコの2.4倍で、5年以上の受動喫煙では3.2倍になることがわかった。
受動喫煙が健康に被害をおよぼすことはよく知られているので、飼い主の意識も変化している。米国ミシガン州の疾病予防センターの研究者による調査(※10)によれば、ペットの近くでは喫煙しない、もしくは禁煙しようと考える傾向が強くみられた。
これはイヌ、ネコ、小鳥を飼っている3293人に対するアンケート調査で21%(698人)が喫煙者、非喫煙者の27%(531人)が喫煙者と同居していた。うち、受動喫煙についての知識を得てから喫煙者の11.3%が禁煙を意識し、28.4%が禁煙にトライし、非喫煙者の24.2%が喫煙する同居人や来訪した喫煙者に室内で喫煙しないよう頼んだりすると回答したという。
さらに、ペットを飼っている喫煙者の18.9%が、自宅の中で他人がタバコを吸うことを許さないと答えている。この調査により、喫煙者の約40%と非喫煙者の約24%が、ペットとの関係を考え、受動喫煙や禁煙について興味を持ったようだ。
小型犬の平均寿命は15歳以上になっているが、飼い主の多くはなるべく長生きして欲しいと願うだろう。イヌやネコはもちろんタバコを吸わないが、望まない受動喫煙のせいで寿命が少しでも縮まることのないようにしたいものだ。
※1:杉田陽出、「2001〜2006年の犬飼育率と犬飼育者の属性の推移─室外犬から室内犬へ─」、大阪商業大学論集、第5巻、第5号、2010
※2-1:Elizabeth A. McNiel, et al., "Urinary biomarkers to assess exposure of cats to environmental tobacco smoke." American Journal of Veterinary Research, Vol.68, No.4, 349-353, 2007
※2-2:Elizabeth R. Bertone-Johnson, et al., "Environmental tobacco smoke and canine urinary cotinine level." Environmental Research, Vol.106(3), 361-364, 2008
※3:Saud Bawazeer, et al., "Determination of nicotine exposure in dogs subjected to passive smoking using methanol extraction of hair followed by hydrophilic interaction chromatography in combination with Fourier transform mass spectrometry." Talanta, Vol.88, 408-411, 2012
※4:D Ka, et al., "Association between passive smoking and atopic dermatitis in dogs." Food and Chemical Toxicology, Vol.66, 329-333, 2014
※5:「口腔・咽頭がんリスク『2.4倍』〜タバコを吸う男性」2018/01/28、Yahoo!ニュース個人
※6:Natalia Perez, et al., "Exposure to cigarette smoke causes DNA damage in oropharyngeal tissue in dogs." Nutation Research/Genetic Toxicology and Environmental Mutagenesis, Vol.769, 13-19, 2014
※7:Yani Lu, et al., "Cigarette Smoking, Passive Smoking, and Non-Hodgkin Lymphoma Risk: Evidence From the California Teachers Study." American Journal of Epidemiology, Vol.174, Issue5, 563-573, 2011
※8:K C. Pinello, et al., "Immunocytochemical study of canine lymphomas and its correlation with exposure to tobacco smoke." Veterinary World, Vol.10(11), 1307-1313, 2017
※9:Elizabeth R. Bertone, et al., "Environmental Tobacco Smoke and Risk of Malignant Lymphoma in Pet Cats." American Journal of Epidemiology, Vol.156, Issue3, 268-273, 2002
※10:S M. Milberger, et al., "Pet owners’ attitudes and behaviours related to smoking and second-hand smoke: a pilot study." BMJ, Tobacco Control, Vol.18, Issue2, 2008