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ドイツが史上初めてアフリカ大陸と連結。ガスのパイプラインで。脱ロシア、イタリア復権とEU水素回廊

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
ショルツ独首相とメローニ伊首相。ベルリン首相官邸で会談。2023年11月22日(写真:ロイター/アフロ)

2月9日、ドイツのエネルギー大手企業子会社が、北アフリカのアルジェリアの国営企業から、ガスを購入する中期契約を結んだ。

液化天然ガスの海上輸送ではない。パイプラインで受け取るのだ。アフリカ大陸とドイツがパイプラインでつながるのは、歴史上初めてである。

戦争が始まる前、ドイツはガス輸入の55%をロシアに頼っていた。今、ロシアからのパイプライン輸入はすべて止まっている。代わりにアフリカに接続されたのだ。東から南への大転換だ。

エネルギー問題はただの経済事項ではないのは言うまでもない。

ドイツが第一次世界大戦で敗戦し、アフリカ大陸の植民地を失ってから1世紀強。地政学の大変化の第一歩だと言っても、過言ではないのではないか。

ガスの逆流

契約を結んだのは、ドイツの大手EnBWの天然ガス輸入販売子会社フェアブントネッツ・ガス(VNG)と、アルジェリアの国営石油・ガス会社ソナトラックである。

ガスはもう、アフリカからドイツへ流れている。

ドイツとアルジェリアは遠い。パイプラインは経由国を経てゆく。

アフリカ大陸のアルジェリアを出発したガスは、チュニジアを通り、地中海の海底を通り、欧州大陸に到達する。到達国はイタリアのシチリアである。

赤紫色がドイツにつながるパイプライン。詳細は下記参照。© Sémhur / Wikimedia Commons / CC-BY-SA-4.0(以下同)の上半分
赤紫色がドイツにつながるパイプライン。詳細は下記参照。© Sémhur / Wikimedia Commons / CC-BY-SA-4.0(以下同)の上半分

イタリアに到着した後は、オーストリアを経て南ドイツのバイエルン州へ向かう。

これらは既に存在しているパイプラインを繋いでいくものだが、主要なパイプラインのガスが逆流することになる。

そもそもイタリアとオーストリアは、TAG(Trans Austria Gasleitung)というパイプラインで繋がっていた。これがロシアのガスをイタリアへ運んでいた。

イタリアは戦争前、ロシアからガスを全体の40%、300億立方メートル輸入していた。

このTAGパイプラインの中のガスが逆流するのである。

Gas Conect Austriaより。日本語は筆者が挿入。https://www.gasconnect.at/en/ アルプス山脈を避けるようにパイプラインが敷設されている。
Gas Conect Austriaより。日本語は筆者が挿入。https://www.gasconnect.at/en/ アルプス山脈を避けるようにパイプラインが敷設されている。

イタリアにとっても、ロシアの代替ガスを探すのは、大きな課題だった。

イタリアがアルジェリアからガスを輸入するのは、戦争前からのことで、210億m3輸入していた。

ロシアの代替を探すのに、大変な親イタリア国であるアルジェリアは、フル稼働(300億m3)して輸送することを約束した。

アルジェリアは今後、さらにドイツからの分も請け負うことになる。

ただ、この輸送はまだ規模が大きくない。

今後は、アルジェリアからドイツまで、新しいパイプラインをつくるのだ。イタリアとオーストリア・ドイツの間には、アルプス山脈がそびえ立っている。歴史的に国境をつくってきた名高い山脈である。できるだけ迂回するものの、越えないわけにはいかない。巨大構想である。

昨年2023年の11月22日、ドイツのショルツ首相とイタリアのメローニ首相はベルリンで、エネルギーに関する包括的な協定に合意した。

ベルリンの首相官邸に到着したジョルジア・メローニ首相は、ドイツのオラフ・ショルツ首相に歓迎された。2023年11月22日、
ベルリンの首相官邸に到着したジョルジア・メローニ首相は、ドイツのオラフ・ショルツ首相に歓迎された。2023年11月22日、写真:ロイター/アフロ

ショルツ首相は、「イタリアとドイツ間の新しい天然ガスと水素のパイプラインの作業を進めることに合意できたことを嬉しく思います」と述べた。

そして、国境を接していない両国を結ぶ輸送インフラの拡大について「ガスと水素の南回廊のさらなる開発が特に重要です。我々は、アルプスを横断する新しいパイプラインを建設することで、両国の供給の安全性を高める計画です」と述べた

ソナトラックのラシド・ハチチCEOは、「VNGとの画期的な契約を通じて、欧州とのエネルギー・パートナーシップを強化できることを喜ばしく思う」と述べ、今後の拡大に意欲を示した。

ドイツは、どうやってロシアのガスを減らしたのか

戦争が始まって7ヶ月後の2022年9月、爆破事件を受けて、ロシアは大動脈 「ノルドストリーム1」を使ったドイツへのガス輸出を、無期限に停止すると発表した。

現在、ロシアからのパイプラインのガス輸送はゼロである。

ドイツは侵攻以来、ロシアのガス供給シェアを約55%から、2022年5月には約35%まで減らすことに成功していた。しかし、依然として残りのシェアをどこから持ってくるかは、重大な問題だった。

今はどうなっているのだろうか。

2023年の数字を示したドイツ連邦ネットワーク庁の統計を見ると、最大のガス供給先はノルウェー(43%)である。

以下、2位オランダ(26%)、3位ベルギー(22%)、4位LNG(7%)となっている。上位3国とはパイプラインでつながっている。

Bundesnetzagentur - 2024より。日本語は筆者が挿入。https://www.bundesnetzagentur.de
Bundesnetzagentur - 2024より。日本語は筆者が挿入。https://www.bundesnetzagentur.de

ロシアはゼロとなっている。しかし、この統計には落とし穴がある。

3位輸入元のベルギー。この中には、ベルギーがロシアから海上輸送で輸入した液化天然ガス(LNG)が含まれているのだ。

LNGを輸入するには、適応した港と、液状からガスに変換する装置が必要である。ベルギーのゼーブルッヘ港には主要なLNGターミナルがある。ここにはロシアからの船が燃料を下ろすために入港している。そして再ガス化されて、パイプラインでドイツに送る。

オランダの方も同様である。オランダのすべてのターミナルに到着するLNGの一部は、再ガス化されてドイツとベルギーに輸出されている(欧州大陸のガス網は、それはそれは複雑である)。

オランダには、フローニンゲン油田という欧州最大で世界有数のガス田があった。ここからもドイツは輸入していた。

しかし、長年に渡る採掘のせいで地盤沈下が置き、90年代以降は低マグニチュード地震が起きるようになってしまった。オランダ政府は採掘を2022年に終了するとして、ドイツとも合意が取れていた。

そこに戦争が始まり、事情が変わってしまった。閉鎖は延長され、終了する前に増産するとしたものの、結局2023年10月採掘は停止された。約4500億立方メートルのガスが残っていると言われている。

ただし、これらの国がもっぱらロシアからLNGを輸入しているわけではない。強調しておきたいが、EU全体に最大量のLNGを送っているのは、アメリカである。

約50%と半分を頼っている。EUの長期戦略に組み込まれている、両者の長いスパンの合意によるものである。

LNGをどうやって輸入したか

それでは4位につけているLNG。ここだけ国名ではなくてLNGとなっているのが不思議であるが、ドイツに直接運び込まれるLNGは、どこに頼っているのだろうか。

戦争が始まる前、ドイツには一つもLNGターミナルが無かった。ガスはすべてパイプライン輸送に頼っていたのだ。

急遽2カ所のターミナル建設が決定したが、建設には3年かかるという。

そのため2022年5月、ドイツは急遽、長さ300mという巨大な4つの浮体式LNG基地をリース契約した。すごい底力である。

浮体式貯蔵再ガス化装置(FSRU)船「ホーグ・エスペランサ」がタグボートに誘導され、ヴィルヘルムスハーフェン港に到着した。2022年12月15日
浮体式貯蔵再ガス化装置(FSRU)船「ホーグ・エスペランサ」がタグボートに誘導され、ヴィルヘルムスハーフェン港に到着した。2022年12月15日写真:代表撮影/ロイター/アフロ

まず頼った国は、カタールだった。カタールは、世界第3位のガス生産量を誇っている。2022年には、LNGの長期的な供給契約に合意、協定書に署名した。

最初に運用を開始したターミナルはヴィルヘルムスハーフェン(Wilhelmshaven)で2022年12月に、2023年1月にはルブミン(Lubmin)、3月にはブルンスビュッテル(Brunsbüttel)、12月にはシュターデ(Stade)で開始した。

ただ、ドイツ側はカタールからの輸入計画について詳細な数字を示していない。

2023年には、総ガス輸入量の7%がLNG基地を通じてドイツに輸入された。

アルジェリアはガスの宝庫

さて、ドイツには新しい輸入元となるアルジェリアである。

2023年世界で10位のガス産出国である。同国のエネルギー省によると、ガスの埋蔵量は約2.5兆m3だという。

同国とイタリアの間を結ぶ「トランスメッド・ガスパイプライン(地中海縦断パイプライン)」は、チュニジアを通過する2400キロメートルのパイプラインである。

上図のパイプラインのうち、赤のTrans-SaharanとオレンジのGalsiは実現しておらず、黄のMagreb-Europeはアルジェリアとモロッコの国交断絶により2021年より稼動していない。
上図のパイプラインのうち、赤のTrans-SaharanとオレンジのGalsiは実現しておらず、黄のMagreb-Europeはアルジェリアとモロッコの国交断絶により2021年より稼動していない。

かつて国営石油ガス会社ソナトラックのハッカールCEO(当時)は、同国の日刊紙『リベルテ』に対し「このガスパイプラインは、未使用の容量があり、欧州市場への供給を増やすことができる」「長期パートナーを支援する準備はできている」と輸出への意欲を示していた。

サハラ砂漠の可能性

さらに、この計画はサハラ砂漠の可能性を秘めている。

エネルギー専門家なら誰もが、サハラ砂漠が、そしてアフリカ大陸のガスが、ロシアにとって代わることができるのかと頭を悩ませている。世界有数の埋蔵量があるが、ほとんどが未開発なのだ。

アルジェリア国営ソナトラック社のハッシ・ルメル・ガス田。2018年10月16日、アルジェリア。
アルジェリア国営ソナトラック社のハッシ・ルメル・ガス田。2018年10月16日、アルジェリア。写真:ロイター/アフロ

例えばナイジェリアは、膨大な量のガスを埋蔵している。

「サハラ砂漠縦断ガスパイプライン(TSGP)」は、ナイジェリアの広大なワリ炭化水素田からニジェールを経由してアルジェリアを結び、4000キロ以上で、欧州に到達するという壮大なプロジェクトだ。実現すれば、年間300億m3とも言われている。

計画そのものは1970年代からある。2000年代に交渉が進んだ時もあるのだが、10年以上も迷走していた。政情不安定でテロが多発し、住民の搾取に反対する組織の脅迫などもあり、投資家には懐疑的な計画だった。

しかし転機は2021年におとずれた。移民問題ために閉じられていたアルジェリアとニジェールの国境が再開、2022年にはウクライナ戦争が起こり、同年6月アルジェリア、ニジェール、ナイジェリアのエネルギー大臣は、このプロジェクトを復活させた。

しかし、また暗雲が襲った。2023年6月にニジェールで軍事クーデターが起きて、親欧米だったバズム政権が転覆したのだ。

背後にロシアとワグネルの陰があると言われた。目的は、ニジェールのウランや、欧米がイスラム過激派対策のために築いた足場を崩して不安定化させること等が言われた。

加えて、欧州へのガス供給で、アフリカがロシアに取って代わられることを防ぐ目的もあったのではないかと、筆者は思っている。

EUの「水素回廊」とイタリアの復権

ところで、両大陸を結ぶ新しいパイプラインの建設だが、前述で太字で記したように、ショルツ首相は、水素パイプラインにも言及している。

欧州のニュースを見れば、ガスパイプラインによるアフリカとの新たな接続と計画は、水素の文脈で語られていることが多いのに気づくだろう。これは、EUの水素回廊という、実に広大な計画を反映してのものだ。

◉水素とは何かの参考記事:水素が次世代エネルギー社会を切り拓く!(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)

EUには、次世代を担う新たなエネルギー「水素」を狙う、大きな戦略がある。現在、7つの水素回廊ーー南中央、イベリア、北海、北欧バルト、東、南東ーーを創設するという壮大な計画に発展している。

2030年までに、EU内で再生可能水素を1000万トン生産し、1000万トン輸入することが目的である。

ショルツ首相が言及した「南回廊(前述・太字)」とは、7つの回廊のうち、いのいちばんに位置づけられている「南中央回廊」のことだ。

このルートは、南のアフリカ大陸からイタリアを通りドイツへ、中継国のオーストリア、スロヴェニア、クロアチア(やスイス)へも供給されるというものだ。更にはチェコとスロバキアにも伸びてゆく。

潜在的な水素供給回廊、欧州委員会、RePowerEU コミュニケーション行動計画より。2022年5月。
潜在的な水素供給回廊、欧州委員会、RePowerEU コミュニケーション行動計画より。2022年5月。

新しく作られるパイプラインの中は、まずは従来の(メタン)ガスが通るのか、新しい水素ガスが通るのか、両方を混ぜたものが通るのかは、実のところ、まだ不確定な要素が多すぎてわからない。欧州のメディアでも混乱が見られる。

どちらにせよ、ドイツがアフリカ大陸と接続するのは、地政学の大転換である。

最後に付け加えると、このことはイタリアの地政学的な重要性が飛躍的に増すことでもある。

イタリアは過去10年間、イタリアから北の欧州へ、ガスの逆流を促進するインフラに投資してきた。イタリア北部のガスのインターコネクターはすべて、輸出用の逆流能力を備えているのはそのためだ。

このことは、EU内部の力学にも、大きな影響を及ぼすに違いないと筆者は思っている。

イギリスがEUから抜ける前は、ドイツとフランスとイギリスがEUの中心で、全体のバランスを取っていた。イギリスが離脱し、後釜はイタリアとスペインで争っているように見えた。やはり、独仏の2カ国では収まりが悪く、3カ国のほうが良いのだろう。

アフリカ大陸の中継者として、これからはイタリアの力が強くなっていくのではないか。

更に、イタリアは、EUの加盟候補国が複数あるバルカンにも近く、トルコを通れば、コーカサス地方やカスピ海、中央アジアに繋がることができる。不安定なウクライナやロシアを通らなくてすむルートである。

かつて世界と欧州をリードした大先進地域だったイタリアは、フランス革命と産業革命以降、世界の超一流先進の座にあるとは言えなかった。でも復権してゆくかもしれない。

それにしても、第二次大戦の枢軸国側で、アフリカの植民地経営には英仏ほどには関わりをもたなかった両国が、手を取り合ってアフリカのエネルギー市場と地政に大きく関与していくとは。

二つの大戦から100年近く経った。世紀は新しいエネルギーの到来の夜明け前の光と共に、大きく変わろうとしている。

ドイツ南西部エーリンゲンにあるステーション。再生可能電力からのグリーン水素30%と天然ガス70%の混合物を近隣の家庭に配送するテストを行う場所。2023年2月8日。
ドイツ南西部エーリンゲンにあるステーション。再生可能電力からのグリーン水素30%と天然ガス70%の混合物を近隣の家庭に配送するテストを行う場所。2023年2月8日。写真:ロイター/アフロ

◉参考記事(筆者執筆):ロシア産ガス輸入をゼロにする。代替ガスをどこに求めるか ―EUの団結とエネルギー共通政策(CISTEC ジャーナル 2022年5月号)

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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