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日本サッカー監督にとっても分岐点?ラウールはユース年代の監督成功を糧にできるか。

小宮良之スポーツライター・小説家
カスティージャの指揮を取るラウール・ゴンサレス(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

<ユース年代の監督成功をトップで還元できる指導者>

 その存在は、今後の日本サッカーを左右することになるかもしれない。さもないと、いつまでも同じ顔ぶれの監督が、結果も出せずにシャッフルされ続ける。ユース年代の指導者であっても、大化けできる人物は潜んでいるはずだ。

ユース年代から監督スタート

 スペインではユース年代から監督として率い、トップの監督になるケースがメジャーになっている。

 ジョゼップ・グアルディオラ、ルイス・エンリケ、エルネスト・バルベルデなどの有力スペイン人監督はいずれもユース、もしくはBチームを率い、その麾下選手を数人引き連れ、トップで勝負し、結果を残してきた。ジネディーヌ・ジダン、サンティ・ソラーリなど外国人も同様である。ジュレン・ロペテギの場合はスペインU―19代表監督としての成功を、フル代表につなげた。

 監督自身も現役引退後、ユース年代の指導で学ぶことが多いと言われる。まずは、野心旺盛な選手から刺激を受ける。結果に対する重圧はトップよりは低いが、集団をマネジメントすることを学び、決断する重みを感じ、失敗を糧にできる。

 ユース年代の監督からトップの監督に挑むのは一つの流れだ。

ラウール監督の可能性

 スペインサッカーを代表する英雄と言えるラウール・ゴンサレスは現役引退後、2018-19シーズンから監督として現場に立ち、カデテ(15-16歳)、フベニル(17-19歳)のチームを率いた後、2019-20シーズンからはカスティージャ(Bチーム)で采配を振っている。2019-20シーズンに関しては、ユース監督の代行としてUEFAユースリーグ(ユース年代のUEFAチャンピオンズリーグ)を戦い、優勝を飾った。

 リーダーとして、ラウールは大いに期待される。

 例えばリーグ戦で相手を下した後、スタンドに向けて一部の選手がおごり高ぶったパフォーマンスをしたことを、ラウール監督はロッカールームで叱った。

「マドリードのユニフォームを着ている意味が分かっているのか?」

 ラウールは、勝利に酔う選手たちを許さなかったという。真の一流選手になるには、低俗な振る舞いはすべきではない。マドリディスモ(マドリード主義と言われ、誇り高い勝者のメンタリティ)の大切さを説いた。

<勝てば何でもあり>

 それはマドリディスモに反する。高潔なプレー精神で、紳士として戦えるか。その信条を伝えているのだ。

 ラウールは自らが指導した選手たちで2020-21シーズンを戦い、2部昇格が手に届くところまできている。

シャビ・アロンソ監督が蹴るボール

 もう一人、注目すべき新鋭監督はシャビ・アロンソだろう。レアル・マドリード、リバプール、バイエルン・ミュンヘンで中盤の将軍としてプレーしたスペイン史上最高のMFの一人だ。

 シャビ・アロンソはレアル・マドリードのU―14を率いた後、原点とも言えるレアル・ソシエダに戻り、Bチームの監督として経験を重ねている。主力の半分がスビエタと言われる下部組織の出身選手だけに、「2,3年後にはシャビ・アロンソのトップチーム監督誕生」と現地では確実視されていたが、すでに有力クラブからのオファーがいくつも舞い届き、来季はボルシア・メルヘングランドバッハの監督就任も噂れる(ちなみに現在トップを率いるイマノル・アルグアシル監督も下部組織から持ち上がった指導者)。

「兄貴分として、選手の信頼を得ている。今は一本のロングパスを蹴るだけで、選手が黙って言うことを聞くしね」

 クラブ関係者はシャビ・アロンソ監督について絶賛していた。35歳で引退しただけに、未だにキックひとつでものを言わせぬ迫力がある。トップで台頭しつつあるマルティン・スビメンディは、シャビ・アロンソ監督の薫陶を受けたことが明確に伝わってくるMFだ。

 シャビ・アロンソが率いるレアル・ソシエダBは今シーズン、リーグ戦を首位で終え、2部昇格に近づいている。

 もう一人有望な監督として、2000年代前半にファンタジスタとして活躍したファン・カルロス・バレロンの名前を挙げたい。

 バレロンは今シーズン、デポルティボ・ラ・コルーニャのBチームで監督キャリアをスタートさせている。グアルディオラに師事し、その理論を確かめた。選手との対話がうまく、現在バルサで頭角を現すペドリにラス・パルマス時代(ユースコーディネーター)に影響を与えている。

 デポルのトップチームは2部Bに降格し、厳しい状況のままだが、”スーペル・デポル時代”の盟友フランがユースディレクターに就任し、下部組織からチームを変革させるために動き出した。フランはマンチェスター・シティの育成部門にいただけに、そのフォーマットを取り入れるという。

 バレロンは新時代の旗手となれるか。

吉田達磨監督の再起

 日本でも、ユース年代で実績を上げた監督に着目するべきだろう。

 柏レイソルのユース年代の指導で成功を収め、”教え子”を率いてトップの監督も務めた吉田達磨は若手育成から名を挙げ、成功に近づいたケースと言える。残念ながら、トップチームはリーグで下位に低迷し、ACLもベスト8と1年で契約解除となった。その後もアルビレックス新潟を率いたが、シーズン途中で解任の憂き目に遭っている。さらにヴァンフォーレ甲府でもJ2に降格させてしまい、J2でもシーズン途中で解任となった。

 しかし結果は出なかったものの、選手からは好評だ。

「達磨さんの指導で、サッカーがうまくなった」

 その声が根強かったのは、指導者の功名と言える。

 現在はシンガポール代表監督を務めるが、経験を重ねたことで再起が望まれる。

 また、サガン鳥栖の金明輝監督は現役時代こそJFLが主戦場だったが、ユース年代で指導者として成功を収め、今やトップチームでそのフォーマットを変換し、大器の予感を見せる。まだ、いら立ちが表に出てしまい、それが選手に伝播することあるが、サッカーへの知見は高く、信念も感じさせ、指導に対する真剣さは群を抜いている。ユース年代から育ててきた選手を中心にチームの骨格を作り上げつつある。下部組織出身の中野伸哉は日本サッカーを背負う逸材だ。

 しかし金監督はクラブの財政危機によって、そのポストを与えられたプロセスを経ている。つまり、彼の鳥栖での監督就任は偶然的要素を多分に孕む。言わば、不幸中の幸いの登用だ。

 クラブはユース年代で成功を収めた監督に着目し、起用する度胸と目を持つべきだろう。繰り返すが、現役時代の経歴が地味でも、指導者としてポテンシャルが高い人物はいる。ユース年代の指導で様々なトラブルに向き合い、指導者としての資質が試される。そうして頭角を現した監督同士が切磋琢磨し、熾烈な競争が生まれたら、名将も出てくるだろう。

 選手がこれだけ海外で挑む一方、監督が海外での指揮はすぐには難しいが、競争力の向上は急務だ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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