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【新型コロナ】米“マスク着用令”に抗議する市民が「殺害予告」 マスク着用率36% シュワちゃんも叱咤

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
トランプ氏の選挙集会では、マスクを着用している人々が少ない。(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの感染拡大以降初めて、オクラホマ州タルサで行われたトランプ氏の選挙集会。その光景をテレビで見て、何より驚いたのは、参加者の多くがマスクを着用していないことだった。

 奇しくも、この選挙集会が行われた米国時間6月20日、タルサでは、記録的な新規感染者数が報告されたが、それにもかかわらず、集会会場ではマスクをしている参加者が非常に少なかったのである。会場入り口にはマスクが置かれていたのだが、手にする人は少なかったようだ。

 会場は広大とはいえ密閉空間である。また、参加者の数がトランプ氏が豪語していたよりはるかに少なかったとはいえ、それでも、会場では多数の人々が社会的距離を取ることなくひしめき合っていた。

 そんな光景を見て、暗澹たる思いに襲われた。

 アメリカ各地で、今、新規感染者数が記録的に増加しているのは無理もない。これでは、感染は収まるどころか、拡大していくばかりだ。

記録的な新規感染者数

 ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、米23州で新規感染者数が増加している。

 6月2週目には、アラバマ州、アラスカ州、アリゾナ州、アーカンソー州、カリフォルニア州、フロリダ州、ノースカロライナ州、オクラホマ州、サウスカロライナ州、テキサス州が、1日の新規感染者数の記録を更新した。

 6月24日に発表された全米の1日の新規感染者数は3万6000人を超えた。

 アメリカでの新規感染者数をヨーロッパのそれと比較するとその差は歴然だ。人口446ミリオンのヨーロッパでは1日平均約4000人の新規感染者が出ているのに対し、人口328ミリオンのアメリカではその約6倍、1日平均約2万4000人もの新規感染者が報告されているのである。ヨーロッパの10倍近い新規感染者数が報告されている日もある。

 アメリカで新規感染者数が増加しているのは、検査数が増加していることが一因にはあるが、検査数が増加している割合以上に、感染者数が増加している割合が増えている州もある。

 特に、経済再開が早期に行われたフロリダ州、サウスカロライナ州、ジョージア州、テキサス州などアメリカ南部では若者の感染増加が顕著だ。クオモ知事が「111日間の地獄」に終わりを告げたニューヨーク州に代わって、新たな感染の中心と目されているフロリダ州では、6月2週目、新規感染者の62%が45歳以下で、20代、30代の感染者が増加していることが報告された。

31%が全然マスクをつけず

 増加の原因として指摘されているのが、経済再開に伴い、人々が行動を始めて、パーティーをしたりバーに集まり始めたりしているものの、マスク着用率が低く、社会的距離も保たれていないという問題だ。

 テキサス州ガルベストン郡では、スマートフォンの位置データから、社会的距離を保っている住民はわずか7%以下であることがわかった。

 また、アメリカの調査機関Gallupが4月に実施した調査では、公共の場所で「常にマスクを着用した」と答えた人は36%しかいなかった。32%が「時々着用した」と答え、31%が「全然着用しなかった」と答えた。アメリカで感染が拡大したのは自業自得の結果と言わざるを得ない。

過去7日間で、外出時、マスクやフェイスカバーをどのくらいつけたか?という質問に対し、常に着用したと回答した人は36%、時々着用したと回答した人は32%、全然着用しなかったと回答した人は31%だった。出典:Gallup
過去7日間で、外出時、マスクやフェイスカバーをどのくらいつけたか?という質問に対し、常に着用したと回答した人は36%、時々着用したと回答した人は32%、全然着用しなかったと回答した人は31%だった。出典:Gallup

 また、イギリスの調査機関YouGov.comが18歳以上のアメリカ人89,347人に対して行った調査では、ニューヨーク州では53%の人々が外出時にはマスクを着用していると回答した一方、モンタナ州では、着用していると回答した人々がたったの23%と都市部と地方では大きな差が見られた。

“殺害予告”も

 アメリカでは、マスク着用の義務化が進んでいるが、それに反対して過激な行動に出る市民もいる。

 新規感染者数が大きく増加しているカリフォルニア州。worldometer.infoの集計によると、6月23日、同州の1日の新規感染者数は6500人超と全米最多となった。

 懸念されている状況があるにもかかわらず、同州オレンジ郡では、先日、マスク着用を義務化した保健局の職員が“殺害予告”を受け、辞職に追い込まれた。そのため、マスク着用令も撤回されてしまった。

 6月22日には、カリフォルニア州ロサンゼルス郡で、連日、感染状況の記者発表を行っている郡保健局ディレクターのバーバラ・フェラー氏も、SNS上で“殺害予告”を受けたことを明らかにした。

「先月から“殺害予告”が始まりました。フェイスブックで感染状況の記者発表のライブをしている時に“撃つぞ”というメッセージが来たのです。私が感染状況を報告しているのは、メールやポスティング、手紙などで、3月から保健局に来ている攻撃から、職員を守るためです。一生懸命に働いている彼らが、ひどい憎悪に直面していることを非常に心配しています」

 カリフォルニア州コントラ・コスタ郡の保健局職員も、マスク着用を反対する活動家たちが2度、自宅まで抗議にきたと明かしている。

 同州に限らず、アメリカでは、様々な地域で、保健局の職員が、行政命令に抗議する市民たちから脅迫やハラスメントを受け、そのため、辞職している者もいるという。

 新規感染者数は増加しているものの、“マスク着用令”に断固反対する人々。

 その状況をみかねたカリフォルニア州のニューサム知事は、先日、全州民に、外出時のマスク着用を命じる行政命令を出した。しかし、筆者が外出の際に周囲の人々を見渡したところ、着用していない人はまだ数多くいる。

トランプというひどいロールモデル

 なぜ、そこまで、アメリカ人はマスク着用に反対するのか? 

 先日、現在発売中の週刊文春WOMAN夏号で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授のジャレド・ダイアモンド氏にインタビューした際、筆者は同氏にそんな質問を投げた。それに対して、同氏がこう答えた。

「義務化されたものの、マスクをしていない人がいるのは、それがアメリカだからです。ドイツとは違うからです。ドイツの人々は、メルケル首相にマスクをするよう命じられたら、みなつけるでしょう。日本の人々も安倍首相がそう命じたら、それに従うでしょう。しかし、アメリカ人はドイツ人や日本人のように政府の命令に従順ではないのです。マスクが自分自身や他の人々を守ることがわかっていても、政府の命令に従わないアメリカ人が大勢いるのです。それに、トランプ氏自身がマスクをつけないという姿勢を見せ、国民にとってはひどいロールモデルとなっています」

 政府にコントロールされるのを嫌がり、マスクを着用しないという「個人の自由」を主張するアメリカ人。一方、政府の命令を順守する日本人やドイツ人。当然のことながら、パンデミック下では、後者の姿勢が感染抑制に効果的とダイアモンド氏はいう。

政治の問題ではない

 実際、ミズーリ州スプリングフィールドの保健局のチーフは、実生活でマスクが感染を抑制した成功例を報告している。

 ある美容室で、2人の美容師が新型コロナ検査で陽性となったため、2人が担当した140人の客と6人の同僚に対して新型コロナの検査が実施されたが、誰も感染していなかったというのだ。2人の美容師がマスクをしていたことが感染を防止させたと推測されている。

 元カリフォルニア州知事で俳優のアーノルド・シュワルツェネッガー氏もマスク着用をツイッターで声高に訴えている。

「マスク着用は100%正しい行動だ。マスク着用は恐ろしいウイルス撃退の助けになる。科学は全会一致している。つまり、みながマスクをつければ、感染を抑え、安全に経済再開をすることができるのだ。マスク着用を政治の問題にしてはならない。政治の問題にする人は、理解ができていない全くの愚か者だ」

 感染者数が250万人に迫り、ここにきて、マスク着用やマスクの効果を強く訴え始めたアメリカ。

 日本に比べると、“今頃感”は否めないものの、シュワちゃんの訴えが、パンデミックという命に関わる状況下でも、行政命令を聞かず、「個人の自由」を標榜するアメリカの人々の耳に届くことを願う。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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