Yahoo!ニュース

なぜウクライナへの軍事侵攻を計画するのか? 知っておきたいプーチン大統領の狙いとは

亀山陽司元外交官
(写真:ロイター/アフロ)

12月7日、米露首脳電話会談が行われたが、そのメインテーマはウクライナ情勢だった。日本にいるとなかなか感じられないが、欧州ではロシア軍のウクライナ侵攻は秒読みだとの緊迫感が漂っている。

ロシア軍大集結のウクライナ国境

先立つ12月3日のワシントンポスト紙は、米政府のインテリジェンス文書を引きながら、年明け早々にもロシア軍が多方面攻撃を予定しているとの見方を紹介している。現在、ロシアとウクライナの国境付近の数か所に総勢7万人規模の兵力が終結しており、近く17万5千人にまで増強されると予測されている。自衛官の数が15万人程度であることを考えると、とんでもない数字だということがわかる。

対するウクライナの軍事力だが、ロシアを除けば欧州最大とされており、人数25万人、戦車2430台、装甲車両11435台、多連装ロケット砲550基等となっている。仮に全面衝突することになれば激烈な戦闘となることは明らかだ。

ウクライナ情勢

ここでウクライナ情勢を簡単におさらいしておきたい。ウクライナは1991年のソ連崩壊とともに独立した。歴史的にポーランドとロシアの双方からの支配を受けてきたため、西部地域は欧米寄り、東部地域はロシア寄りの傾向があった。2014年、新欧米派のデモに発する政権交代によって、親露派大統領のヤヌコヴィッチが追放されたが、直後にロシアによるクリミア「併合」が起こった。クリミアにはロシアの重要な軍事基地があったからである。また、親露派住民の多い東部地域で分離派武装勢力が蜂起し、現在も内戦状態が続いている。ロシアが分離派勢力(「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」)を軍事的に支援しており、事実上の独立状態にある両地域住民に対し、ロシアのパスポートを与え、半ばロシア化している状態だ。ウクライナ東部地域の紛争については、2014年と2015年に停戦合意(ミンスク合意)が締結されているが、うまく機能しているとは言い難い状況が継続している。

焦点はウクライナの中立化

現在、ロシア・ウクライナ国境で生じている緊張状態はうまく回避できるのだろうか。

米露首脳会談で、バイデン大統領からプーチン大統領に対し、軍事的なエスカレーションが起きる場合には、経済その他で強力な措置で対応すると警告した。一方のプーチン大統領は、NATOやその同盟国がウクライナ領を同化しようと試み、ロシア国境周辺の軍事力を強化しているのが問題だとし、NATOの東方拡大や、ロシアの近隣国に攻撃用の兵器システムを配備しないことを法的に保障するよう求めたという。

このように、両者の立場や考え方は異なっているが、その焦点になっているのはウクライナの扱いだ。要するに、ウクライナを中立化するかどうかということである。ウクライナ自身はNATO加盟を希望しているが、まだ加盟が決定しているわけではない。ロシアはどうしてもウクライナのNATO加盟を阻止したいのである。ウクライナがNATOに加盟すれば、ウクライナ領内へのミサイル配備やミサイル防衛システムの配備の可能性が高まり、ロシア国境における軍事的緊張が一気に高まることになる。これはロシア側にとって大変な軍事的ストレスとなり得る。ロシアが避けたいのは、こうした軍事的圧力を国境で受けることだ。

現状では、立場は逆であり、ウクライナがロシア側からの軍事的圧力を受けている状況だが、仮にウクライナがNATOに加盟すれば立場が逆転する可能性もあるのだ。

日露戦争前夜を思い出してみたい。当時、朝鮮がロシアの影響下に入ろうとしていた。仮にロシアが朝鮮を支配していれば、明治日本はロシア帝国からの強い軍事的圧力を受けることになっただろう。

ロシアが今していることは、自分がNATOからの軍事的圧力を受けないために、ウクライナ東部国境付近に軍を集結させて圧力をかけているということなのである。

軍事侵攻の可能性は

では、侵攻は起こるのだろうか。確かに、国境付近に軍を集結させることは、戦争準備の基本である。日本は、第二次大戦前夜の1941年7月、関東軍特種演習(関特演)として、対ソ戦を想定して満州に大々的に軍団を集結させた。同じく7月に、フランス領インドシナ南部にも進駐したが、これが米国の激しい反発を惹き起こし、石油禁輸措置を招いている。

ただ、実際に侵攻する場合、攻撃準備は極秘に進められ、不意打ちにする方が望ましい。パールハーバー然り、バルバロッサ作戦然り、現代では第4次中東戦争も然りだ。その意味では、ロシアのあからさまな軍事行動が直接的な戦闘準備とは考えにくい。むしろ、ロシア軍集結の真の意図はウクライナとNATOへのメッセージであると考えるべきだ。「紛争を拡大したくなければ、ウクライナのNATO加盟は考えなおしたほうが賢明だ。」というものである。

しかし、これがただのブラフでロシア軍の侵攻可能性がないかと言えばそうとも言えない。相手の出方次第ではエスカレーションの可能性も十分にあるだろう。これに似たことが過去にあった。2008年のグルジア紛争である。グルジアも旧ソ連諸国の一つで、ロシアと国境を接するコーカサスの国だ。内部にロシアがバックアップする親露派の分離派(南オセチア、アプハジア)を抱えており、戦闘が勃発したと思ったら、数日でロシア軍の両地域占領となってしまった。このように一旦戦端が開かれてしまえばロシアは決して後へは引かない。ロシアに限らず軍事行動とはそういうものだ。従って、なんとしても外交的な解決が必要となる。

米の抑止力は機能するのか

ただし、外交的解決のためにも抑止力が働かなければ事態のエスカレーションを招いてしまうことになる。相手の出方を見ながら少しずつ前に出てくるからだ。初期段階で対抗措置を取っておかないと、いつの間にか取り返しのつかないところまで事態が進行しているということになってしまう。バイデン大統領は、非常に強力な経済制裁やウクライナへの軍事支援で対抗するとしているが、ロシア側の要求はNATO東方不拡大などの安全保障に関する法的取り決めだ。しかし、バイデン政権はNATO加盟国を決めるのはロシアではない、と、ロシア側の要求を断固拒否している。

ロシア側の要求を拒否している以上、緊張緩和の糸口はつかめない。そうなると、「やるぞ」、「やれるものならやってみろ」という威嚇と抑止のぶつかり合いになる。経済制裁にはロシアからドイツに向けたガスパイプライン「ノルドストリーム2」も含まれているというが、これで十分な抑止力になるかどうかが問題だ。ただ、ロシアにしたところで、すでに事実上独立状態にあるウクライナ東部に侵攻することで得るものは何もない。

オバマ政権で駐ロシア米国大使を務めたマクフォール氏は、プーチン大統領が「空気(何もないところ)から危機を作り出している」と評し、ロシアによる軍事的な威嚇行動をロシアの内政上の必要性からの行動だと述べている。

国の運命は隣国次第

ウクライナはもはやロシアの同盟国に戻ることはないだろう。ロシアはウクライナというソ連時代の同胞を完全に失ってしまった。これはロシアにとって巨大な損失である。少なくともウクライナの中立だけは確保しなければならない。ウクライナ問題は、いつの間にかクリミア「併合」や東部紛争の解決という問題からウクライナの中立という問題に重心が移りつつある。これはもはや局地的な問題ではなく、欧州の戦略の次元の問題なのだ。

ウクライナは自国の運命も自由に決められない状況に立たされている。ウクライナからすれば大変な迷惑だ。隣国次第で国の運命は変わってしまう。隣国の問題といえば、日本も他人ごとではない。米中対立のはざまで、ウクライナのようににっちもさっちもいかなくなることがないように、中国による一方的な現状変更の試みを封じる手立てを講じて、ルールに基づく国際秩序をインド太平洋地域に構築していく必要がある。

元外交官

元外交官 1980年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)、中・東欧課(ウクライナ担当)(2017〜2019年)など、10年間以上ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。気象予報士。日本哲学会、日本現象学会会員。著書に「地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理」(PHP新書)、「ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす」(NHK出版新書)。北海道在住。

亀山陽司の最近の記事