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ウクライナ侵攻、中国の仲介で日本はどうなる

亀山陽司元外交官
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

停戦交渉の仲介に積極的な中国の動きと高まる期待

4月26日、習近平がゼレンスキー大統領と電話会談を行った。その前の3月には習近平は訪露してプーチン大統領と会談を行っている。中国はさらにその前の月である2月には、12項目の停戦計画を公表している。中国が本格的に停戦交渉の仲介に乗り出していると見ていいだろう。

誰の仲介であれ、停戦が実現するのであればそれはロシア、ウクライナ両国の国民にとっては望ましいことだろう。ロシアの世論調査でも、和平交渉を始めるべきと考える人が約50%という状況が続いている。戦場となっているウクライナ国民であればなおさらであろう。また、停戦は両当事者のみならず、欧州諸国やアフリカ諸国、もっと言えば、世界経済全体の安定にとっても望ましい。銀行が立て続けに倒産するという異例の事態に陥っている米国にとっても、世界経済が安定することを期待せざるを得ないはずだ。

国際的な威信を高めようとする中国

では、和平交渉を仲介することで中国にはどのようなメリットがあるのだろうか。もちろん、世界経済が安定することは長期的に見て中国にとっても望ましい結果であろう。しかし、それ以上に重要なメリットがある。それは、新たな冷戦とも言われる欧米とロシアとの対立にまで発展したロシアとウクライナとの戦争を停戦に導くことによって、国際政治における自らの重みと威信を増大させることである。

経済的に巨大化し、大国化している中国に足りないのは、国際的な「威信」だ。威信とは、経済力、軍事力、文化、国際政治などの力によって、他国を従わせることができる影響力に他ならない。経済的にはGDP世界第二位となり、軍事力でも核兵器を保有し、中華文明を誇る中国だが、国際政治における影響力はまだまだ限定的である。仮に停戦交渉で影響力を発揮できれば、中国の威信は大いに高まることになるだろう。

グローバルサウスを引き付ける中国、インド

現在のウクライナにおける紛争は、当初のウクライナとロシアの地域的な安全保障という問題を大きく逸脱し、アメリカとロシアの対立という構図が際立ってきている。この世界的な対立はいつ終結するのか誰にも予想できない状況だ。世界の治安を維持する警察官を自負してきたアメリカが、紛争の一方の当事者に肩入れしており、国連という国際機関も全く何もできない。国際政治の世界には、もはや信頼に足りる秩序がない。それぞれの陣営が自らの立場の正当性を教条的に主張している。岸田政権はグローバルサウスを自由民主主義の旗印の西側陣営に惹きつけようと動いているが、グローバルサウス諸国からしてみれば、正直、他所事なのだ。

そのような中、中国やインドといった新たなパワーたちは、どちらにもつかない中立的な立場から平和的解決を謳っている。グローバルサウスから見れば、自由民主主義か専制かといったイデオロギー上の問題よりも、中印のより現実的な立場に親近感を覚える諸国も多い。グローバルサウス取り込み戦略という観点からは、欧米的価値観を標榜して取り組む岸田政権の奮闘も分が悪い。

ロシアに対する非難に終始する欧米諸国と比べて、中国はロシアの立場にも理解を示しているため、欧米諸国からはロシア寄りと見られているが、これは欧米に比べれば、ということであって、実際には中国はウクライナとも良好な関係を維持している。

たとえ敗戦してもロシアはなくならない

ここで想像してみよう。ロシアが仮に敗戦すれば、ロシアは地球上からなくなってしまうのだろうか。もし、なくなってしまうのであれば、欧米諸国は溜飲を下げるだろうし、世界の大国が一つ減ることになる。日本からしてみれば北方の脅威がなくなるのかもしれない(北方の不安定化という要因を除けば)。そうであれば、日本は将来の北方の脅威を気にすることなく、対露強硬策をとっていればよい。

しかし、現実にはこの戦争でロシアが完全敗北して崩壊し、国家としてなくなってしまうことはあり得ない。そもそも、最終兵器である核兵器を保有している以上、完全敗北するとも考えにくい。つまり、いつになるかはわからないが、いずれ停戦が実現することになるだろうし、ロシアは北方の大国として日本の隣国であり続けるということだ。

まだ早いと思うかもしれないが、我々は停戦のその先のことも考えに入れておかなければならないのである。

欧州はいずれロシアと関係改善、中露は関係を強化

まず、欧州諸国はロシアとの関係の改善にゆっくりと向かうだろう。エネルギーのロシア依存からの脱却とはいうものの、コストや地理的利便性から見れば、ロシアは欧州のエネルギー源として有力な選択肢であり続けるからだ。また、ロシアとの関係が安定することこそが欧州の安定にとって有益であるからである。既に、欧州諸国の中にはフランスやハンガリーなど、戦争の長期化に与しない国々もある。実際には欧州のほとんどの国は早期停戦を期待していると言ってよい。地理的に遠く離れたアメリカと違って、ロシアと隣接する欧州地域には特有の地政学的事情があるのだ。当然ロシアにとっても欧州との関係改善は非常に重要である。双方には関係改善の強いインセンティブがある。

また、ロシアと中国は一層緊密な関係を築くことになるだろう。両国は、アメリカの国際政治における影響力を減じるという一点で協調している。そして、ウクライナでの戦争でロシアの完全敗北という成果を出すことができなければ、紛争を長期化させただけとしてアメリカの威信は減じるだろう。もちろん、戦争によりロシアはダメージを受けるだろうが、アメリカも威信の観点からダメージを受けることになる。

つまり、想定とは裏腹にアメリカは影響力を減じ、ロシアと中国のパートナーシップが強化することで、世界は一層多極化する可能性がある。そして、仲介努力によって中国は威信を高める。グローバルサウスは中国やインドの立場への親近性を高める。

アメリカだけが頼りの日本の立場

さて、こうした状況になった場合、日本の立場はどうなるのか。

まず、日本はアメリカに完全追従することでロシアとの関係をほとんど切り捨てている。同時に、台湾有事を「見据えて」、この機会に対露強硬策でNATOにも接近し、中国の牽制を画策している。つまり、日本はウクライナ紛争を機に、中露双方との関係を悪化させ、対立を固定化する方向に動いているように見える。

ここで冷静に考えてもらいたいのは、果たして日本は長期的に見て、自国の国益にかなう行動をとっているのかということである。停戦後にはロシアと関係改善に向かい、おそらく中国との対立も望まない欧州は、極東で中露と同時に対峙しなければならない日本にとって真に頼れる仲間であり得るのだろうか。

そうでないならば、日本はますますアメリカ一国に強く依存しなければならない立場に立たされることになるだろう。そして、潜在的な敵に囲まれながら、一国のみに強く依存せざるを得ない状況がいかに危険なことか、よく考える必要がある。

本当に新たな冷戦構造は再構築されるのか

日本政府は、これから新たな冷戦構造がしばらく続くのだと想定して行動しているのではないだろうか。もし、国際政治において冷戦構造が再構築されることが確実であるならば、「西側陣営」の結束を高めるために我が国が対中露で主導的立場に立つことも選択肢かもしれない。

しかし、本当に二大陣営が固定化するような冷戦構造が再現されるのかは大いに疑問である。グローバルサウスと呼ばれる第三世界は以前よりもはるかに成長している。彼らはどちらにつくのか。果たして岸田首相の説得に応じるのか。また、中国やインド、ブラジル、トルコ、韓国など、G20諸国の影響力も冷戦時代とは比べ物にならず、その存在は無視できない。彼らはどう動くのか。少なくとも日米についてくるとは確言できない。

米国は引き続き、中露と対立し続けるだろうが、欧州やG20の中堅国、そしてグローバルサウス諸国の動向を無視することはできない。冷戦期と比べればアメリカ一国の重みは低下しているのだ。

G7の結束だけで日本の未来は安泰か

こう考えてくると、さて、現在の日本外交としては、G7議長国にあたっているからといってウクライナ支援を唱えていればそれでいいのだろうか。G7の中でもフランスのように対米追随だけが選択肢ではないと考える国もいる。既にアメリカの外交政策にはG7の内側からも疑問が突きつけられている。現在の国際情勢の力の分布の変化を見れば、G7の結束だけが日本にとって最も大事なことだとは思えない。

なぜアメリカは停戦に向けて積極的に行動しないのだろうか。ウクライナへの武器供与だけでこの危機を乗り越えようとしているようだが、もしアメリカが停戦に向けてもっと積極的に動いてくれれば、みすみす中国の国際的威信を高めるようなことにはならないと考えるものである。

外交は、その場の流れで行うべきものではなく、つねに過去の歴史から学びながら、同時に長期的視点に立って先を読みながら行う必要がある。もちろん、それは簡単なことではないが、日本の将来を考える諸氏には、その一つの参考として近刊の拙著「ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす」にも目を通していただければ幸いである。

元外交官

元外交官 1980年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)、中・東欧課(ウクライナ担当)(2017〜2019年)など、10年間以上ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。気象予報士。日本哲学会、日本現象学会会員。著書に「地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理」(PHP新書)、「ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす」(NHK出版新書)。北海道在住。

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