産業革新投資機構のいざこざに「単純ないきさつ」と「複雑な背景」
9月25日に発足した官民ファンド「産業革新投資機構(JIC)」の経営陣の報酬額で所管する経済産業省(経産省)と田中正明社長らとの間でもめています。この出来事から「単純ないきさつ」と「複雑な背景」双方をうかがえます。「サクッと読みたい」方は前半の「単純……」だけで読み飛ばして下さい。「複雑……」はバブル崩壊以降の前世紀末までさかのぼってみます。
「怒るのもわかる」という単純ないきさつ
田中社長ら新経営陣は発足前の9月21日、経産省から報酬案を示されました。固定報酬1550万円に加え業績連動報酬(いわゆる成功報酬)1億1000万円という内容です。機構側は11月末に経産省提示案とほぼ同額を同省へ届け出ました。
ところが最初の報酬案が明らかになってから政府内で「高すぎる」批判が噴出。嶋田隆事務次官が田中氏に陳謝した上で減額の意向を表明して田中氏が立腹します。機構が出した当初案に基づく申請を経産省は認可しませんでした。
総額で最大約1億2550万円の報酬が高いか安いかはともかく金額は田中社長が一方的に要求したのではなく他ならぬ経産省の提示。それを受けて就任し、まだ働いてもいない(予算が認可されていない)のに「お前の給料が高すぎるから下げる」と言われれば怒るのが当然です。つまり今回の騒動は経産省の失態以外何ものでもありません。以上が「単純ないきさつ」です。
官民ファンドって何だ
国(官)と民間が投資のためにお金を出し合って作る基金です。最近用いられる「官民ファンド」は2012年発足の第2次安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」における「3本目の矢」にあたる「成長戦略」の推進役として続々と作られたものを主に指すのですが産業革新投資機構の前身である産業革新機構自体は以前から存在していました(後述)。
もっとも実態は「官民」というより「官官官官官官官官官民ファンド」という体。産業革新投資機構の投資資金能力である約2兆円の大半は公的資金(政府保有株の配当金など)を基としています。ほとんど政府系ファンドなのです。
アベノミクスにおけるファンドの役割は既存金融機関(銀行など)が貸すのをためらうような案件のうち政府が「育てたい」と注目した会社などにリスクを取って貸し出して助け、経済成長を後押しするという狙いが込められていました。
産業革新投資機構はベンチャー企業など新しい産業を育てたり事業を再編たりするのを主目的としています。田中社長は産経新聞のインタビューで「ゾンビ企業の延命のための投資はやらない」と発言しています。つまり、かつてのファンドはそうでなかったと。そこで官民ファンドのありようを探るべく、ここで一挙に前世紀末へワープします。
何が目的のファンドかあいまいなまま
バブル崩壊後の日本産業は「設備」「債務」「雇用」の「3つの過剰」を抱えて苦しんでいました。そこで旧通商産業省(現在の経産省)が旗を振って成立させたのが1999年の産業再生法です。過剰設備の廃棄などを進める企業に登録免許税を軽くするなどの優遇税制で側面援助を国がしてやろうという混合経済的な内容でした。2003年には個別企業を対象とした旧法を改正して業界全体の再編も視野に入れます。この時に新設された「産業再生機構」が現在の官民ファンドのルーツといえましょう。
機構は04年3月に経営再建中のカネボウの支援を決めて化粧品部門を分離させた上で花王に売却しました。ダイエーの支援にも乗り出しています。機構は07年に解散しました。
産業「革新」機構はこの産業「再生」機構をモデルとして経産省主導で09年に創設されたようです。根拠法は産業再生法。「産業や組織の壁を越えて、オープンイノベーションにより次世代の国富を担う産業を育成・創出することを目的に設立」されました。分散している技術や特許を組み合わせた新事業や再編を担うというわけです。
ところが実際に大金を投じたのはソニー、東芝、日立3社の中小液晶ディスプレイ事業を統合した「ジャパンディスプレイ」の設立や半導体の「ルネサスエレクトロニクス」への出資など「日の丸」会社の官による救済という色彩が濃くなっています。17年の「東芝メモリ」売却問題でも「外資に渡すな」と乗り出してきました。
どうやら経産省官僚の心情は城山三郎著『官僚たちの夏』さながらでも時代は大きく変わってしまったもようです。「日の丸」救済の姿勢は機構が当初の目標を外して国策的発想で投資したと批判されました。だから新設の「産業革新投資機構」では民間経営者に投資を委ねて箸の上げ下ろしを指示するようなまねは止めようと決めたはずでした。
冒頭に述べた田中社長とのバトルで経産省は報酬の決定過程に国も関与できるよう求めたとされています。民間に委ねるのか、国の関与を強めるのか、あいまいなままの官民ファンドがそもそも必要でしょうか。
産業再生法は14年の産業競争力強化法施行にともない廃止。したがって現在の機構の根拠法は産業競争力強化法です。また革新機構は24年度までの15年と設置期限が決まっていたのが改組で33年度まで延長されています。のっけからつまづいた国内最大の「官」ファンドのありように厳しい目が注がれているのです。