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TPP合意文書とサンフランシスコ平和条約はまったく同じ。「日本語の正文がない」ということの意味とは?

山田順作家、ジャーナリスト
TPP大筋合意後の初会合(写真:ロイター/アフロ)

■TPP合意文書に日本語の正文がない

甘利大臣が辞任し、2月4日には合意文書の署名があったので、「TPPはもう終わったことと」というムードになり、このところTPP関連の話題が少なくなった。ただ、今後、国会ではTPPの承認案と関連法案の審議が行われる。そこで、その前に、一つの大きな問題を提起してみたい。

それは、すでに明らかになっているTPP合意文書に、日本語の正文がないということだ。日本語の翻訳文はやっと公開されたが、正文でない以上、それを読んでもほとんど意味がない。なぜなら、国会で承認するといっても、それは正文の合意文書のことだからだ。

■外務省の驚くべき答弁

そもそも、合意文書に日本語がないということ自体が信じがたいことだ。正文は、英語、スペイン語、フランス語の3言語だけである。日本はTPP経済圏のなかで、経済規模はアメリカに次いで2番目に大きい。それなのに、正式文書に日本が採用されないということがあっていいのだろうか?

すでにこの問題は、昨年秋の国会でも追及され、外務省の担当者は、「日本語を正文にしろと提起したことはない」と、驚くような答弁をしている。その理由は、「日本が遅れて参加したから」というのだが、それならなぜ同じく遅れて参加したカナダの要求でフランス語が正文になったのだろうか?

フランス語はTPP参加12カ国のなかで、カナダでしか公用語になっていない。それも英語との併用であって、使われているのはケベック州など一部だけである。

それなのに、外務省は「カナダにとっては政治的に非常に重要な課題だ。日本語をどうするかという問題とは文脈が違う」と説明した。そこで、はっきり言いたいが、日本語を正文に採用させるということは、日本にとっても “政治的に非常に重要な課題”だということだ。

■本当に言うべきことは言ったのか?

TPPは政府間交渉で、どの国でも議会とは関係なく勝手に進められてきた。そうして、昨年秋、ついに“大筋合意”となったわけだが、“大筋合意”というのは本当なのだろうか? 甘利全大臣はその立役者で、安倍首相や政府筋が言うように、「日本は言うべきことは言った」「守るべきものは守った」というのは、本当なのだろうか?

交渉内容の詳細などは知るよしもないが、おそらく、日本側はほぼなにもしなかったのは間違いない。なぜなら、甘利前大臣には、英語での交渉の席で、なにが問題なのかを理解する力があったかどうかさえ疑問だからだ。

しかも、カナダのように自国言語の正文採用を要求しなかったということは、なにも要求しなかったに等しいからだ。

■「サンフランシスコ平和条約」とまったく同じ

正文に日本語がないということで、思い出すのは、戦後日本の国際間のポジションを決めた「サンフランシスコ平和条約」である。このサンフランシスコ平和条約にも、日本語の正文はない。今回のTPP合意文書と同じく、英語、フランス語、スペイン語の3言語が正文で、付け足しで日本後版もつくったと、次のように書かれているだけである。“DONE at the city of San Francisco this eighth day of September 1951, in the English, French, and Spanish languages, all being equally authentic, and in the Japanese language.”

このことをつき突き詰めると、条約として有効なのは、英語、フランス後、スペイン語の文章のみであり、日本語は参考文書ということになる。

このことをきちんと指摘しているのは、苫米地英人氏だけである(著書『日本を捨てよ』『脳と心の洗い方』などで)。また、国会では民主党の藤末健三参議院が質問したことがあるが、そのときの政府答弁は「日本文は正文でない」と認めただけだった。

このようなことから、苫米地氏は、サンフランシスコ平和条約は、日本の独立を認めた条約ではないとも言っている。

■「日本人による自治権」を認めただけ

じつは、私も自著(『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』)でこのことを書いたことがある。さらに、この欄で昨年書いた『安保法案「米要望通り法制化」記事(東京新聞)の信じがたき誤解』でも、このことを指摘した。

サンフランシスコ平和条約というのは、大きく言うと、敗戦国の日本に「日本人による自治権」だけを認めたものだ。つまり、日本人は日本を統治できる“自治権”を持っていいと、戦勝国(連合国)が認め、講和したということである。

これを日本の教科書は「日本が独立を回復した」と記述したので、今日まで日本人は「日本は独立国家だ」と信じ込まされてきた。歴史教育の間違いだ。

■日本は「再独立」などしていない

サンフランシスコ平和条約は、アメリカの意向によるアメリカとそれに従う国々による「日本との講話」であって、参加していない国も多かった。まず、毛沢東の中華人民共和国と蒋介石の中華民国のどちらが日本と交戦した当事国とするかで米英の意見が分かれ、中国共産党政権はこれに参加しなかった。

参加したのは52カ国(日本を含む)だが、ソ連、ポーランド、チェコスロバキアは参加したものの条約には調印せず、インド、ビルマ(現ミャンマー)、ユーゴスラビアは出席を拒否した。

つまり、サンフランシスコ平和条約は、ホンモノの「平和条約」(peace treaty)ではない。したがって、日本の教科書の記述「日本は独立を回復した」は間違いである。しかし、今日まで、このことをはっきりと指摘した人は少ない。

日本は敗戦国なのだから、1951年の時点で、平和条約に日本語正文が採用されなかったのは仕方ないかもしれない。しかし、あれから半世紀以上たった今日においても、国際条約で日本語の正文がつくられない、それを政府が要求すらしないということは、日本自らが「独立国ではありません」と言っているのと同じだ。

■憲法を改正してもほとんど無意味

次の参院選で勝ったら、安倍首相はいよいよ憲法改正に乗り出す意向だという。それは、日本を本当の意味での独立国にしたいがためだと思われる。しかし、自主憲法を制定できたとしても、その望みはかなわない。

なぜなら、憲法は国内法であり、サンフランシスコ平和条約は国際法で、国内法より上位に位置するからだ。

憲法を改正することはかまわない。ただ、まずはTPPのような国際条約で、日本語正文を認めてもらう努力をしてほしい。そして、サンフランシスコ平和条約に代わる平和条約を各国と締結する努力をしてほしい。それをしないで、憲法改正に突き進んでもほとんど意味はない。日本政府は、もっと国民に対して真剣に向きあうべきではないだろうか?

それにしても、日本の国会はTPPの合意文書をどうやって承認するのだろうか? 英語正文を読んだ議員はいるのだろうか? 正文ではない翻訳文書を承認しても、本当の意味で承認したことになるとは思えない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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