「タイソン耳噛み事件」以来の注目度。ヘビー級リマッチに漂う危険な空気
正統派王者フューリー
ヘビー級のリマッチ、デオンテイ・ワイルダー(米)vsタイソン・フューリー(英)のWBCタイトルマッチが間近に迫ってきた。注目の一戦は今週土曜日22日ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで開始ゴングが鳴る。両者は現地時間明日18日、会場入りする予定だ。
現在ヘビー級はWBA“スーパー”・IBF・WBO3冠統一王者のアンソニー・ジョシュア(英)を含めて“3トップ”体制の様相を呈する。物理的にタイトル承認団体のベルトを保持しないフューリーだが、メディアも本人も“lineal”(正統な)チャンピオンと称している。これは2015年に、それまで3冠統一王者で9年間も絶対政権を築いていたウラジミール・クリチコ(ウクライナ)をフューリーが破ったことに起因する。
そんな快挙を達成したフューリーが3冠王座を一度も防衛しないまま無冠となったのは残念だった。クリチコを下した後、IBF王座は指名試合を強要されたため返上したが、WBAとWBO王座は自滅によって彼の下から取り上げられた。アルコールとドラッグ禍によりフューリーは2年半もリングから遠ざかるハメになったのだ。
日本的な見方では、そういう不祥事を経験した男を正統派チャンピオンと見なすのは問題があるかもしれない。それでも18年にカムバックし2試合消化後、これまた無敵のワイルダーと渡り合い、ドローに終わったフューリーは“3強”の一角であることをまざまざと見せつけた。
ヘビー級史を飾る一戦になる!
フューリーのプロモーター、トップランクのCEO、ボブ・アラム氏は「1971年のモハメド・アリvsジョー・フレージャー(第1戦)に続くアメリカで開催されるヘビー級のビッグイベント」と吹聴する。一方では02年のレノックス・ルイスvsマイク・タイソン以来の注目度という声も聞かれる。また「世紀のバイト(噛みつき)」でスキャンダルを巻き起こした97年のイバンダー・ホリフィールドvsタイソン2に匹敵する話題をさらっているともいわれる。
宣伝効果があったのは今月2日に行われた米国スポーツ界最大のイベント「スーパーボウル」。全米で約1億4850万人がテレビ観戦したスーパーボウルで、2度このヘビー級戦のCMが流れ、いずれも1億人以上が視聴したと報道される。同時に試合をPPV中継するFOXとESPNは随時このCMを流しており、ファンの目に触れる頻度が増えてきた。また一般チャンネルでも以前から宣伝しており、日に日に関心を集めている。
勝敗予想、賭け率が非常に接近している背景も注目度を高める原因となっている。フルラウンドの戦いになった初戦は2度ノックダウンを奪ったワイルダーが優勢だったと思いきや、他のラウンドは千両役者ぶりを散りばめながらフューリーが巧妙なボクシングで翻弄したような印象さえした。
フューリーは、そのアウトボクシング+かく乱戦法。ワイルダーは一発強打をどこで炸裂させるか――。勝利を導く手段が対照的でわかりやすいことも人気を呼んでいる理由だ。試合発表後、オッズは11-10といった数字でワイルダーが有利だったりフューリーに傾いたりと両者の間を行き来している。
名物解説者はワイルダー有利
初戦がドローながら、やや分がよかったと認識されるフューリー。しかし、これまで42勝41KO1分無敗、唯一判定勝ちに終わった相手バーメイン・スタイバーン(ハイチ=カナダ)も初回KOで返り討ち。10度の防衛戦はすべてKO勝ちというワイルダーと対峙するのは相当な覚悟、精神力が必要だと推測される。
ESPNの中継の元名物解説者で殿堂入りトレーナー、そして伝説の名将カス・ダマトの下でマイク・タイソンと同僚だったテディ・アトラスは「第1戦と比較してワイルダーの方がフューリーよりも向上している」とWBC王者を支持する。
「フューリーは(初戦で)ベストな出来、ファイトを披露した。そして今回、『おい、テディ。彼はあの右は食わないぜ。以前よりベターな選手になっている』とファンは強調する。それはわかる。でも彼が最高のファイトをもう一度披露しても勝てるとは断然できない」(アトラス)
その根拠はワイルダーの最大の武器、右強打にあるとアトラスは言う。「ワイルダーは右強打に改良を加えている。いきなりブーンじゃなくて左ジャブ→右のパターン。それはジョージ・フォアマン、テオフィロ・スティーブンソンが得意としたもの。オーバーハンドとサイドへのパンチの中間の軌道だね」
モハメド・アリの「キンシャサの戦い」で敗れて後に引退。10年後カムバックして奇跡のヘビー級王座返り咲きを成し遂げたフォアマンとオリンピック3連覇のキューバの伝説スティーブンソンを引き合いにワイルダー有利を主張する。
死闘は間違いなし
それでも予想が拮抗するのは、どんなにワイルダーのパワーがすごくても効果を相殺してしまいそうな魔力をフューリーが秘めているからではないか。そう思えて仕方がない。
番狂わせでクリチコに勝った時フューリーは、その騒々しさから「英国のアリ」とも呼ばれた。確かにその人を惹きつけるパフォーマンスはアリに通じるものがある。スタイルもアウトボクシングを身上としておりザ・グレーテストを彷彿させるところがある。
アリが初めて世界王者に就いたソニー・リストン第1戦、そして神がかり的な王者復帰を果たしたフォアマン戦が長い年月を経てよみがえる――そんな不穏な空気が今、米国のリングシーンに漂っている。メンタルゲームでフューリーがどんな仕掛けを用意しているか興味津々だ。
自ら“ジプシーキング”と名乗る英国の移動型民族の子孫は裏の面も持ち合わせている。彼はプロ転向前、非公式な試合で無敵だったと自ら明かしている。そこでは想像を絶する残酷な技が許され、けっして公衆の面前に晒されることがない戦いが繰り広げられる。
片や試合のたびに「ボクシングは紳士のスポーツではなく残忍な競技だ。仮に相手を死に至らしめても合法であり、同時に金がもらえる。私のパワーは絶対だ」と広言するワイルダー。今度こそ死闘の予感がするのだが、どうだろうか。ゴングまで5日。やはりこの対決はどうしても見逃せない。