月曜ジャズ通信 2014年3月17日 明日は関東にも春一番だとか号
もくじ
♪今週のスタンダード~アズ・タイム・ゴーズ・バイ
♪今週のヴォーカル~メル・トーメ
♪今週の自画自賛~坂本千佳『After the Rain』
♪今週の気になる1枚~木住野佳子『ふるさと』『HOPE』
♪執筆後記
「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。
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♪今週のスタンダード~アズ・タイム・ゴーズ・バイ
この曲が流れると、ロマンス映画の名作「カサブランカ」を思い出すという人も多いでしょう。
ハンフリー・ボガート扮するリックが経営するバー「カフェ・アメリカン」に、理由もなく姿を消した恋人のイルザ(イングリット・バーグマン)が偶然来店して再会する場面を効果的に盛り上げてくれるのが、この曲です。
実はこの曲、1942年公開(日本公開は1946年)の映画のために作られたものではありませんでした。
オリジナルは、1931年のブロードウェイ・ミュージカル「エヴリバディズ・ウェルカム」のために書かれたものです。作詞作曲はハーマン・フップフェルド。
フップフェルドはドイツ在住の9歳からヴァイオリンを習い始め、20代前半にあたる第一次世界大戦時は従軍、第二次世界大戦時はエンタテイナーとして基地や病院で活躍していたようです。
ミュージカルを丸々担当することはなかったのに、印象的なメロディと歌詞でブロードウェイでは知られた存在で、なかでもこの「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」は代表作として知られています。
1931年当時歌ったのはフランシス・ウィリアムズ。映画ではドーリー・ウィルソンが歌いましたが、ウィルソン版は当時のミュージシャン・ストライキの影響で録音できなかったというエピソードが残っています。
邦題は一般に「時の過ぎゆくままに」となっていますが、歌詞を見ると「世の中は相対性理論だとか科学の発達で変化の時代だとか言っているけど、キスの仕方が変わるわけじゃないし、ため息つくときは同じため息なんだよ、時が流れてもね……」というものなので、ちょっとニュアンスは違うかもしれませんね。
♪Casablanca 1942 As Time Goes By Ingrid Bergman Humphrey
映画「カサブランカ」で「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」が歌われる場面です。ハウス・ピアニストのサムに扮したドーリー・ウィルソンがピアノの弾き語りで歌っています。
♪As Time Goes By- Teddy Wilson
スウィング時代のトップ・ピアニストとして知られるテディ・ウィルソンによるヴァージョン。軽快ななかにもメロディを引き立てる絶妙な“味”を感じさせる演奏です。
♪Duke Jordan Trio- As Time Goes By
チャーリー・パーカーとの共演歴もあり、その端正なスタイルで“燻し銀”と評価されたデューク・ジョーダンによるピアノ・ヴァージョンです。
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♪今週のヴォーカル~メル・トーメ
一貫してジャズ・シンガーであることにこだわった唯一無二の存在。それがメル・トーメという至高のヴォーカリストへの評価です。
1925年に米シカゴで生まれたトーメは、4歳にしてレストランのステージで歌を披露して“歌手デビュー”。7歳からドラム、14歳からピアノを習得して、ソング・ライターとしての活動も始めます。
15歳のときに書いたというオリジナル曲「ラメント・トゥ・ラヴ」は、いくつかのプロの楽団が取り上げています。
このほかに有名なものは、「クリスマス・ソング」「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」「カントリー・フェア」「ア・ストレンジャー・イン・ザ・タウン」といったところでしょうか。
トーメが最初に歌手として注目されたのは、1944年に結成したコーラス・グループ“ザ・メルトーンズ”でのこと。
初期はフレッド・アステアを思わせるスタイルで人気を博しますが、徐々にその“ヴェルベット・フォグ=ヴェルベットの霧”と形容された声の魅力に注目が集まります。
1947年にはソロ活動を開始、1950年代になると、西海岸ジャズのリーダー的存在だったマーティ・ペイチとのコラボレーションで、本格的ジャズ・シンガーの地位を不動のものにしました。
♪Mel Torme-Blue Moon
シンガー・ソング・ライターとしてのメル・トーメの名声を築いた初期の傑作です。
♪Mel Torme- Dat Dere (Live)
ジャズ編成で朗々と歌うメル・トーメもいいものです。彼は自分の声のことを“フォグ”と言われるのを嫌っていたそうですが、それはおそらく、個性で歌をねじ伏せるのではなく、歌と裸の自分を対峙させたいというジャズ的なアプローチにこだわっていたからなのだと思うのです。
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♪今週の自画自賛~坂本千佳『After the Rain』
坂本千佳がピアノの土井一郎が主宰するスクールの門を叩いたのは10年ちょっと前のことだったそうです。
大学時代に軽音楽部でバンド活動を始め、卒業後はJポップ系でソロ・デビューも考えていたという彼女でしたが、諸事情で断念。
歌に対して新たに向き合おうとしたときに出逢ったのがジャズだったわけです。
Coccoや椎名林檎がレパートリーだった彼女は、与えられた課題曲「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」さえ聴いたことがないという“ジャズ初心者”だったこともあり、最初の数年はステージに立つことさえ許されず、人前に出るようになってもストレートなナチュラル・ヴォイスなので観客から「ジャズっぽくないね」と言われる扱いを受けました。
しかし、そんな周囲の雑音をものともせず、ジャズならではのバンドとのコミュニケーションを築き続け、6年越しで歌い込んだというレパートリーを揃えて臨んだのが、このアルバムのレコーディングでした。
彼女のジャズとの付き合い方は、ジャズっぽく歌うことがジャズであるとは限らないということをボクに教えてくれたような気がします。
このアルバムでは、CD同封のライナーに楽曲解説を書いたほか、坂本千佳へのインタビューをまとめた「Q&A」という印刷物を作成しています。この「Q&A」はCD購入者へのオマケとして活用されているので、読みたい人はぜひ彼女が出演するライヴをチェックして、CDをお買い求めください。
♪Round Midnight 土井一郎(p)Trio@yokohamaエアジン2011
残念ながら、坂本千佳の動画は一般に閲覧できるものがアップされていないようです。
その代わりと言ってはなんですが、彼女が「この輪のなかに入って行きたい」と、ある意味でジャズを歌う目標になった師匠・土井一郎率いるトリオの演奏を貼っておきましょう。
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♪今週の気になる1枚~木住野佳子『ふるさと』『HOPE』
淡麗なピアノと“なでしこ”ならではの感性でコンテンポラリー・ジャズ・シーンを活性化し続ける木住野佳子が、3年ぶりとなるアルバムを2枚同時にリリースしました。
1枚は日本の名曲をセレクトした『ふるさと』、もう1枚は彼女のオリジナルを中心とした『HOPE』。
『ふるさと』に関しては、耳なじみのあるメロディをシンプルに弾くというアプローチであるため、ジャズ的であるよりも彼女の感性を優先させたサウンドになっています。ある意味では日本語のスタンダードと呼べる曲を、ピアノ・トリオというジャズ的なアプローチにしばられることなく表現するのは、かなり難易度の高いチャレンジです。
彼女が磨き上げてきた音の美しさは、その挑戦を見事に成功へと導きました。
一方の『HOPE』では、メロディ・メーカーとしての木住野佳子をクローズアップ。
“ピアノを弾く”という外面と、“ピアノで表現する曲を作る”という内面に齟齬がある状態では、そこに表現者としてのリアリティがあるとは言えないかもしれません。
しかしこの2作を聴くことで、ボクらは彼女の外面と内面に齟齬がないと知ることができるはずです。
木住野佳子の挑戦は、表現者としての熟成を示す自信の表われであると受け取ってもいいと思うのです。
♪" INORI " by Yoshiko Kishino
『HOPE』収録の「INORI」のライヴ・ヴァージョンです。
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♪執筆後記
3月に入り、自分が生まれる前のジャズについて取材をする機会が続きました。
ひとつは、第二次大戦後すぐの東京でジャズ・ミュージシャンとして活躍した方を長野に訪ねて、話を伺ったこと。
60年ほど前の日本ではジャズが最先端のポップな音楽として受け入れられていたことを間接的にですが体験できた、貴重な機会となりました。
もうひとつは、ちょうど同じころに来日を果たして、日本に“サッチモ旋風”を巻き起こしたルイ・アームストロングのドキュメンタリー映像の上映会。
彼に“ポップ”というあだ名が付けられ、マイルス・デイヴィスがその業績に言及した“真意”を探る手がかりとなる、これまた貴重な機会になりました。
まだまだジャズは探ることが多くあって、奥が深いです。
富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/