「賞味期限切れ」の方がむしろおいしい食品とは?
先日、青森県の学校給食関係者から講演のご依頼をいただいたので、7月末から8月にかけて、青森県弘前市に滞在した。その弘前市で、避難情報のうち、危険度が最も高い警戒レベル5の「緊急安全確保」が発令されていてびっくりした。8月9日17時までの24時間の降水量が、青森県深浦町で252.5ミリ、青森県弘前市で218.5ミリと、観測史上最大を記録した。自然災害は、いつ起きるかわからない。あらためて、食料や飲料水を備蓄する大切さが身にしみて感じられた。
食品の備蓄にあたって、有効なのが、缶詰だ。製造してから賞味期限まで3年間ある。「缶」自体の品質が保たれる期限が3年間なので、ほとんどの缶詰では賞味期限が3年間に設定されている。実際には真空調理されていて、外から危害が加わらない限り、適正な場所で保管すれば、品質は賞味期限を超えて長く保たれる場合が多いことが実験でわかっている。
「缶熟」で賞味期限が過ぎてもおいしい
缶詰の中でも、魚の缶詰は、製造から長い時間が経ったほうが、味がなじんでいておいしい。缶詰業界では、缶詰ならでは起こる、この味の変化のことを「缶熟」と呼んでいるそうだ。
缶詰は、缶の中に具材と調味液を入れて密封し、缶ごと高温高圧で加熱して作るのが一般的だ。通常よりもずっと高い温度の115度で加熱調理することができる(2)。圧力鍋のように、短期間で具材をやわらかくすることができ、雑菌を殺すこともできる。
特に魚介類の缶詰は、完熟したほうが味がしみていてまろやか。作る際の加熱により、具材の筋繊維をたばねるコラーゲンが溶け出し、そのすき間に調味液がゆっくりしみ込んでいく、というしくみ(2)。
ツナ缶工場の社員は、取材に対し
「古いものから食べます」
「賞味期限が切れてるほうがうまいくらい!」
と回答している(2)。
また、長く食品保存の研究を続けてきた、東京農業大学客員教授の徳江千代子先生は「味の濃いものや果物のシロップ漬けの缶詰なら15年ぐらい持つ」とNHKの番組で答えている(3)。
災害時のたんぱく質補給に有効
筆者は東日本大震災の食料支援にたずさわった。その際、被災者の方の支援食料は、ご飯やパン、麺などの炭水化物に偏る傾向があり、たんぱく質が不足しがちになることを知った。当時、石巻専修大学の学長だった坂田隆先生は、しばらく避難生活が続くと、学長室までの階段をのぼるのがきつくなったと話していた。おそらくたんぱく質の摂取が少なくなったこと、運動量が減ったこと、などを要因に挙げておられた。
支援食料は、炭水化物が中心のものが多いので、魚の缶詰のように、たんぱく質が摂取できて、日持ちするものは、とても役に立つ。
缶詰博士の黒川勇人さんは、
- 高タンパク
- 低糖質
- 安い
- 加熱不要で食べられる
という理由から、ツナ缶を筋トレマニアの必須アイテムとして紹介している(4)。
黒川さんは、これまで世界50カ国・数千缶もの缶詰を食した経験があるそうだ。
調理の手間が要らず節電にも
2022年7月1日から、政府が節電を呼びかけている。魚の缶詰を常備しておけば、開けてすぐ食べられるので、そのまま食べれば調理の手間が要らない。オール電化などの住宅であれば節電になるし、ガス調理をしている家庭にとっても、ガスの使用量を減らすことができる。
賞味期限は品質期限ではなく「おいしさのめやす」過ぎても有効活用を
賞味期限は、品質が切れる期限ではない。おいしさのめやすに過ぎない。
「賞味期限と消費期限の違いを知っていますか?」というアンケートをよく目にする。過半数が「知っている」と答える。だが、知っていても、行動に結びついていなければ意味がない。
82.2%が「良いこと」 賞味期限切れの寄付
賞味期限はおいしさのめやすに過ぎないが、賞味期限=品質期限と誤解されていることもまだまだ多い。
たとえば食料支援の関係者から「賞味期限を切れたものをあげる(寄付する)なんて失礼だ」という意見も聞いた。だが、何度も繰り返す通り、賞味期限は品質期限ではなく、おいしさのめやすに過ぎない。
賞味期限切れの寄付について、616名にアンケートをとったところ、82.2%が良いこと・どちらかというと良いことだと答えている(52.3%が「良いことだと思う」29.9%が「どちらかといえば良いことだと思う」)(5)。
食べ物は、いろんな生き物の命をいただいている。生き物を殺しておきながら、その命をいただくことなく、無駄にして捨てることこそ失礼なのではないだろうか。
政府も賞味期限切れ食品の寄付を開始
政府は2020年12月から、賞味期限が2ヶ月程度過ぎた缶詰の寄付を始めている。初回の寄付のときに取材したところ、農林水産省の方から「食品メーカーにも確認した上での判断」だと伺った。
缶詰やアルファ米などの備蓄食品は、総じて賞味期限が長く、3年から5年持つものが多い。数ある備蓄食品の中でも、缶詰は真空調理されており、缶の品質保持期限である3年を多少超えたとしても、きちんと保管されていたものであれば安心して使うことができる、ということで寄贈に踏み切ったと考える(6, 7, 8)。
南極観測隊「賞味期限はめやすだから食べたほうがいい」
南極(地域)観測隊へ2回、調理隊員として派遣された竪谷(たてや)博さんに取材したとき(9)、次のように話していた。
賞味期限が切れているとか、捨てちゃえポイとか、あり得ないです。そういう人が一緒に行っていたら「じゃあ食べなくていいよ」と。周りはおいしいおいしいって食べている。お腹が空いたら食べないわけにいかない。だからそんなの関係ない。(賞味期限は)めやすだからいきなり腐るわけじゃないから、食べたほうがいいんだよって。
南極観測隊は、1年4ヶ月の間、日本に帰国することができない。コンビニもスーパーもない。ある食材で暮らす。そのような環境であれば、おいしさのめやすである賞味期限など気にしない、ということだ。
「南極と日本では違う」と言われるかもしれない。だが、日本も南極も同じ地球上にある。どちらにいても食料には限りがある、ということを考えると、たとえ日本にいたとしても、「賞味期限」というおいしさのめやすにとらわれ過ぎることなく、限りある食料を、最後まで有効に活用していくことが必要なのだと考える。とりわけ、真空調理してある缶詰についてはそう言えるだろう。
関連情報
1)東北・北海道の記録的豪雨、きょうも警戒…弘前市が「緊急安全確保」発令(読売新聞、2022/8/10)
2)「NHKガッテン!」2020年12月号、主婦と生活社
3)『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』井出留美著、幻冬舎新書
4)もうツナ缶が手放せなくなってしまう理由【缶詰博士】(メシ通、2017/1/12)
5)賞味期限切れ食品を寄付してもいい?アンケートで判明した「賞味期限への勘違い」(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2022/4/7)
6)たとえ「賞味期限切れ」でも国は災害備蓄食品を有効活用 なぜ民間では使わない? #知り続ける(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2022/3/14)
7)賞味期限切れ備蓄はすぐ捨てないで!内閣官房はじめ20府省庁が賞味期限切れ含めた災害用備蓄食品の寄付(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/7/10)
8)「賞味期限切れ」備蓄食料を農水省が寄付 国として初の試み、その意義とは?(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2020/12/21)
9)「キャベツ♪!キャベツ♪!」と狂喜乱舞 南極観測隊の料理人が痛感した野菜の重要性(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2019/10/31)