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サマータイム議論の論点──70年代以降5度目の提案は実現するのか?

松谷創一郎ジャーナリスト
サマータイムで期待されているのは、おそらくこういうアフター5(写真:アフロ)

 サマータイムの導入がまたもや議論され始めた。

 先日、安倍晋三首相が夏季に時間を早めるサマータイム導入の検討を自民党に指示した。2年後の東京オリンピックの暑さ対策だと見られている。

 すでにさまざまな議論が巻き起こっているが、過去に何度もその導入は検討されてきた。今回は、70年代以降では5回目くらいだ。歴史を振り返りながら、サマータイムの論点を整理してみよう。

省エネ対策だった70年代

 日本では、戦後すぐにサマータイムが導入されていた時期がある。まだアメリカの占領期にあった1948年から1951年までの4年間だ。当時の新聞では「サンマータイム」と表記されていた。欧米に倣って導入されたもので、当初は節電の効果なども強調された。だが、鉄道や気象台、農村からの反対意見が多く、あっさり4年で廃止された。

朝日新聞朝刊1948年9月2日付。見出しで「サンマータイム」と表記されていることがわかる。
朝日新聞朝刊1948年9月2日付。見出しで「サンマータイム」と表記されていることがわかる。

 その後、日本は高度経済成長を遂げたが、70年代にサマータイムの復活議論が巻き起こった。きっかけはオイルショックであり、目的はエネルギーの節約だ。日光を有効に活用することで、エネルギー消費を抑えようというものである。第二次オイルショックが起きた79年には、通産省・資源エネルギー庁で本格的な導入議論が始まった。

 この後も、概してその主目的とされるのは省エネだ。

省エネ+経済効果の90年代

 次に生じたのは、80年代後半から90年代中期にかけてだ。89年に首相の諮問機関である国民生活審議会がサマータイムの導入を答申した。おそらく、このきっかけのひとつは88年のソウルオリンピックの際に韓国でサマータイムが導入されたことだ(ただし87~88年の2年のみ)。93年には通産省・資源エネルギー庁が「サマータイム制度懇談会」を設置し、2年後の95年には参議院に超党派の「サマータイム制度研究議員連盟」が発足した。ゆっくりとではあったが、歩を進めていった。

 このころになると、省エネだけでなく余暇(ゆとり)の拡大も導入の目的として目立ち始める。経済の活性化のために経団連なども積極的な姿勢を見せ、メガバンク系シンクタンクも経済効果を試算し始める(朝日新聞朝刊1992年6月28日付「サマータイム導入すればレジャー8000億円増 さくら総研が試算」)。92年には総理府も世論調査をし、賛成43%・反対34.2%との結果が出た。

 この後、議員連盟は議員立法で法案提出に動いていたが、99年になって目前で見送り。10年続いてきた導入議論は、ここで頓挫した。

温暖化対策の00年代と節電のための11年夏

 00年代に入ると、地方自治体による導入実験が目立ち始める。2003年、滋賀県は県庁など各部署でサマータイムを導入(ただし警察や病院、学校などを除く)。このときは、省エネが第一目的とされた。

 翌04年には、北海道・札幌商工会議所が主導となり札幌市などでサマータイムの導入実験が始まる。日本の東側に位置するために日の出時間が早い北海道では、それなりの拡大を見せた。05年に道庁や旭川市が参加、06年には岩手などにも拡がった。当初6000人だった参加者は3年目には3万人にも増えたが、こうした動きはあくまでも道民の一部だったことは否めない。実質的にはフレックスタイムといえる。

 これと同時期の05年には、またもや議員立法の動きが生じている。超党派の「サマータイム制度推進議員連盟」が法制化を目指した。このときは省エネだけでなく、そこに地球温暖化対策という大義も加えられた。だが、結局は郵政民営化の混乱で見送り。08年にも、地球温暖化を主題とする洞爺湖サミットを前に、福田政権下で自民党が議員立法で成立を目指した。しかし、これも労働強化や睡眠障害を引き起こすという批判の高まりにより断念された。

筆者作成
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 そして(今回を除く)最後の動きは、2011年夏のことだ。東日本大震災による原発事故により、電力供給が逼迫するなかで生じた。このときはもはや省エネ対策ではなく「節電対策」だった。とくに浜岡原発が停止した中部地方では、自治体や企業が積極的に導入した。だが、なかには矢田立郎・神戸市長のようにその効果を疑問視して導入しない自治体も見られた。

さまざまなサマータイム批判

 さて、以上のようにここまで駆け足でその歴史を見てきたが、時代によってサマータイム導入の目的が変化してきたことがわかるだろう。

 当初は省エネ対策だったが、そこに余暇の増加による経済効果や地球温暖化対策、原発事故のときは節電対策と、そのメリットが具体的に付加されていった。そのポイントはやはり省エネと経済活性化に集約される。

 だが今回、政府と自民党が念頭に置いているのは、2年後の夏に開催されるオリンピックの暑さ対策だ。これは過去には見られなかった新しいメリットの主張だ。しかも1時間ではなく2時間という大きな変更も視野に入れられている。

 こうした導入派の主張は常に批判され続けてきた。なかでももっとも強く懸念されているのは、健康障害である。日本睡眠学会は2012年に小冊子を配布するなど、時間変更による健康リスクについてエビデンスをあげて訴え続けている(日本睡眠学会「サマータイム──健康に与える影響──」2012年[PDF])。

 また、戦後すぐにも問題視された残業の増加や、最近ではコンピュータープログラムの修正もサマータイム否定の論拠とされている。前者は昨今の「働き方改革」もあるので大きな影響を見せないかもしれないが、後者は多くのコストがかかりまた修正によってリスクが生じる可能性が指摘されている(上原哲太郎「2020年にあわせたサマータイム実施は不可能である」2018年8月10日付)。

 まとめると、推進派は省エネ・経済活性・暑さ緩和のメリットをあげ、否定派は健康障害・労働増加・コンピュータープログラム修正のデメリットを主張する。これが現在の状況だ。

世界的にも日の出が早い東京

「日本の朝は早すぎるよ! 4時なのにあんなに明るくなるのって、意味ないでしょう。サマータイムが日本に欲しい!」

 以前スペイン人の友人(30代女性)が、東京に住んで間もない頃に不満げにそう話していた。詳しく話を聞いてみると、彼女の出身であるバルセロナでは、夏の朝でも6時半頃からやっと外が明るくなるという。それにくらべると2時間も早く感じるそうだ。

 パリ出身のフランス人の友人(30代男性)にその話を伝えると、彼も同じ意見だった(パリとバルセロナは、経度に大きな開きはない)。

「うん、日本は太陽が出るのが早い。サマータイム、僕は慣れてるというか、逆にないことがありえない。日本みたいにない国にはすごくびっくりする」

 EU加盟国ではサマータイムが制度化されており、スペインやフランスでは3月末から1時間早くなる。彼らは生まれたときからサマータイムのなかで生活してきた。

 そんな彼らの意見で気になるのは、日本の日の出が早いという指摘だ。実際はどうなのだろうか。そこで、世界各地の今日8月10日の日の出と日の入時刻を調べてみた。

 まず日本を含めた東アジアでは以下のようになる。

フリー素材をもとに筆者作成
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 東京は4時56分が日の出だ。屋外で照明がなくても活動ができる市民薄明は、4時28分からだ。東京よりも緯度が高く東に位置する札幌は、さらに早い。市民薄明は4時03分と、もはや真夜中に十分明るい。過去に北海道で積極的にサマータイム導入実験がおこなわれたのは、こうした事情があるからだ。

 その一方で、西日本はずいぶんと異なる。福岡の日の出は5時36分。札幌より1時間も遅い。もちろんその分、日の入も遅いが。

 日本と時差のない韓国のソウルは、福岡よりもちょっと西に位置するので、さらに日の出が遅い。ソウルでは87年と88年の2年間サマータイムが実施されたことがある。これはソウルオリンピックを少しでも欧米に近づけるための策だったが、終了後にあっさりとやめた。

 だが、そこからさらに西の北京や上海は、日韓と1時間の時差がある。そのため、日の出の現地時間はソウルよりも早くなる。北京の日の出時刻はだいたい岡山と同じ5時20分頃だ。

 では北米はどうだろうか。

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 サマータイムが実施されているアメリカは、本土の東から西までに4つのタイムゾーンがあり、緯度もかなり異なる。だが、主要都市の日の出はだいたい6時前後だ。アメリカよりも緯度の低いメキシコシティでは7時台とさらに遅い。

 夏は緯度が高ければそれだけ日の出ている時間が長くなるが、アラスカのアンカレジでは日没が22時をすぎる。寝る間際まで明るいが、それでも朝は東京よりも1時間遅く始まるように設定されている。

 最後にヨーロッパを見てみよう。

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 前述したように、EU加盟国ではサマータイムが制度化されている。それもあって日の出の時間はかなり遅い。スペインのバルセロナは日の出が6時55分と、たしかに東京よりも2時間も遅い。筆者の友人の証言はおおよそ正確だった。パリも6時36分と日本よりもずっと遅い。

 ただ、緯度の高い国々では日の出も早くする傾向にある。北欧のフィンランド・ヘルシンキやアイスランド・レイキャビクでは、日本なみの早さで日が昇る。ただし、こうしているのは日の入がかなり遅いためだ。これらの国では、夜の9時を過ぎても外は明るいままだ。日本と近いのは、モスクワだ。ロシアではサマータイムが廃止されたために、日本と同じくらいの日の出時間だ。ただし、緯度が高いためにやはり日の入が遅い。

 ここまで確認してきたように、サマータイムをおこなっていないこともあって日本の日の出は世界的に見てもかなり早いほうだと言える。また、緯度が欧米ほど高くないこともあり日の入も18時台と早い。20時台が珍しくない欧米よりもずっと早いのが実状だ。導入議論が何度も繰り返されるのは、日の出が国際的にも早い状況があるからだ。

ひとまず試してみれば?

 今回のサマータイム導入議論は、オリンピックの暑さ対策として安倍首相が持ち出した経緯がある。そのために、オリンピックや安倍政権の不支持層がこぞって批判する向きがある。

 ただ、歴史を振り返れば省エネや地球温暖化対策など、保守やリベラルといった政治姿勢とはあまり関係なくサマータイムは議論されてきた。実際、議員立法を目指して幾度か発足した推進議連は超党派によるものだ。よって、これまでは特段の政争の具になることもなかった。

 問題はやはりわれわれの生活にどのような影響があるのか、ということだ。EUではサマータイムの見直しが検討され始めたようだが(毎日新聞2018年8月9日付「サマータイム EUは廃止の是非を検討」)、実際におこなわれてみなければわからないことも多いはずだ。

 たとえば健康への悪影響は実証されつつあるが、逆に余暇活動の増加によって健康増進の効果が生じる可能性もある。それを天秤にかけて考える必要がある。省エネ対策も、夏場にエアコンを使う必要のある日本では、ヨーロッパなどよりもずっと影響が大きいかもしれない。

 また、その恩恵を授かるひともいれば迷惑を被るひともいるだろう。加えて、日本は国土が東西南北に長細いため、東日本と西日本でも評価が異なってくる可能性が高い(おそらく東日本では歓迎され、西日本では批判が多いはずだ)。海外で確認できるエビデンスはけっして無視してはならないが、欧米とは文化や気候などの変数が大きく異なるために、総合的にはどっちに転ぶかはわからない。

 ただ、過去に幾度もおこなわれてきた世論調査では、程度はともあれ概ね賛成が反対を上回っている(中上英俊「サマータイム制度の導入について」2013年/PDF)。今回は批判が目立っているが、これまでは思ったほど反対派が多くなかったのだ。

 最後に個人的な体験を付記しておくと、まだ13歳だった1987年の夏に韓国旅行をした際、ソウルでサマータイムを経験したことがある。先にも触れたが、オリンピックのとき2年間だけ韓国はサマータイムを実施したのだ。

 強く記憶しているのは、20時半頃まで外が明るかったことだ。当時中学生になったばかりだったが、夜でもひとりで出歩けそうな雰囲気にワクワクしたことを覚えている。また、朝はじゃっかん薄暗くて涼しい。早起きしなくても、一日が長く感じられる印象があった。

 こうした体験も踏まえると、個人的にはひとまずやってみればいいのではないか、と思わなくもない。どんな影響が出るかは未知数だし、まったく予期されなかった効果も生じるかもしれない。だが、これまで賛成派が概ね上回っているなかで約50年間も議論が繰り返されているのを見ると、試してみてもよいのではないかと思ってしまう(ただし2時間は早めすぎだろう)。

 問題は変化を拒むあまり、訪れるかもしれないメリットを失うことだ。日本でイノベーションが生じにくいのは、変化を否定するひとびとの保守的な姿勢にある。だが、もし悪影響が多ければまた廃止すればいいだけの話だ。5年あたりを目処に見直しを前提としておけばいい。この件にかぎらず、高齢化もあって停滞する日本社会に必要なのは、なにに対しても変化を恐れずにフレキシブルに対応することだ。

 慎重になりすぎてもなにも得られないより、ひとまず試してみればいいのではないか。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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