【体操】内村航平、大技『リ・シャオペン』に込めた思い
世界選手権(10月、英国・グラスゴー)の代表選考会を兼ねた体操のNHK杯が東京・代々木体育館で行われ、既に代表入りを決めている内村航平(コナミスポーツクラブ)が2位以下を寄せ付けないスコアで大会7連覇を果たした。
内村は4月の全日本個人総合選手権の予選に続いてDスコア6・2点の跳馬の大技『リ・シャオペン』に挑戦。前回は着地がずれてラインオーバーの減点があったが、今回は技の出来映えを示すEスコア9・350点という大成功で、15・550点の高得点をマークした。
「全日本のときはまだ立てるか立てないか分からない状態でやっていたが、今回はしっかりやれば絶対に立てるという余裕があった。良い出来だった」。満足そうに出来映えを振り返った背景には、大技に込める、強い思いがあった。
「0・2、上げたい」
「跳馬は0・2、上げたいですね。0・2でもすごい大きいですから…。来年は『リ・シャオペン』、やりたいです」
昨年10月に中国・南寧で開催された体操世界選手権。日本は団体総合で中国にわずか0.1点差で敗れ、銀メダルに終わった。
その団体総合決勝があった日から4日後。最終日の種目別決勝に備えてのトレーニングを終えた内村航平を、体育館のゆかのマットに座って囲みながら、少人数で話を聞く時間があった。
「0・2」
内村が口にしたのは中国に勝つために足りなかった数字でもあった。昨年の世界選手権団体総合は、ホームタウンディシジョンがちらつく採点結果ではあったが、負けは負け。日本が銀メダルに終わったという厳然たる事実は覆しようもない。
ならば、もっと実力をつけるしかない。そのとき内村の脳裏に浮かんだのは、夏場の公開合宿では成功させておりながら、世界選手権には間に合わなかった『リ・シャオペン』という技だった。個人総合で前人未踏の5連覇を果たしたばかりのチャンピオンは、自らさらなる高難度技を身につけるという率先垂範で“打倒中国”を成し遂げてみせるという決意を示した。
“中国体操界の至宝”と呼ばれた選手の名がついた技
『リ・シャオペン』とは中国の李小鵬(リ・シャオペン)が発表した技だ。(李小鵬は02年のハンガリー世界選手権で成功させ、種目別金メダルを獲得している。李小鵬は五輪と世界選手権合わせて16個の金メダルを獲得。これは李寧をしのぐ、中国の歴代最多金メダル数)
ロンダートからひねって跳馬に着手し、前方伸身宙返りで2回半ひねるという、技術と脚力とセンスがすべて凝縮されている、世界でも限られた選手しか使えない高難度技である。
内村がこの技に興味を持ったのは高校時代。初めてトライしたのは今から8年前、日体大1年のときだった。そのときは、「やってみたら一応できたんですが、全然使えるレベルではなかった」ということで、すぐに封印したが、心の奥では李小鵬が演じる雄大な跳躍が忘れられなかった。いつか自分のものにしたいという野望が沸き上がった。
口に出すことはなかったが、それからは若き日に描いた青写真に向かって歩みを進めていく毎日だった。
当時の内村の跳馬の主な技は、現在のD得点5・6の『シューフェルト(ロンダート後転跳び伸身宙返り2回半ひねり)』。この技の前半部分は『リ・シャオペン』と同じ動きである。内村は北京五輪からロンドン五輪まで主要大会ではこの技を使っており、個人総合で金メダルを獲得したロンドン五輪では立花泰則監督(当時)をして「人類史上最高のシューフェルトだ」とうならせるほどの出来映えを披露するまでに至った。
そして、ロンドン五輪後に大会で使うようになったのがD得点6・0の『ヨー2』という、難度を上げた技だった。これは『リ・シャオペン』の後半と同じ動きであり、内村は2011年頃にも一時期この技を使っていた。
「大学1年のときにやってみてから、僕の跳馬の終着点は『リ・シャオペン』だと決めた。『ヨー2』も、『リ・シャオペン』を跳ぶための練習だと思いながら取り組んできた。今、やり始めて8年、9年目。ようやく形になった」。チャンピオンは感慨深そうにそう言った。
この間、「リシャオペン選手本人の映像を100万回は見た」という。サラッと言うが、とてつもない回数だ。どうしたらうまく跳べるか、どういう跳び方が正解なのか、目を凝らし、ポイントを探りながらの100万回。これこそチャンピオンになる人間特有の底知れぬ探究心だろう。
こうして昨夏、内村は「今までは違う跳び方をしていたが、最近ひらめいて理解できた。手のつきかたが違った。体をひねる分、いかに早く(跳馬に)手をつくかが大事だった」と語った。試合で使うと決めたのは、技の本質を見抜いたと確信したからだった。
「リ・シャオペンは日本の武器になる」
膨大な労力を割いて体得した『リ・シャオペン』。しかし、今の内村はそれを自分のものとは考えていない。「今日のような跳躍を続ければ間違いなく日本の武器になる」と言うのである。最初にこの技をやりたいと思ったころとは違う思い、違う責任感を王者は持っている。目指すところはあくまで団体での金メダル。努力はそのためにある。
「でもまだ、彼のような高さのある、余裕のある跳躍には届いていませんね。できれば本人にどうやってやるのか聞いてみたいと思っているんですけどね」
体操選手の原点とも言える遊び心が浮かんだのは、ほんの一瞬だけだった。