終盤に追いつかれてドロー。なでしこジャパン、ブラジル相手に先制するも、勝ち切れず
女子サッカーの4カ国対抗戦、「トーナメント・オブ・ネーションズ2017」が、現地時間7月27日(木)にアメリカ西海岸のシアトルで開幕。なでしこジャパンは初戦でブラジルと対戦し、1-1で引き分けた。
シアトルの夏は、1日が長く、最も気温が高くなる夕刻は、30度を超える日が続いていた。そんな中、連日の猛暑が一転、涼しい1日となった現地時間27日の16時すぎ、大会の始まりを告げるキックオフの笛が鳴った。
ブラジル戦に臨む日本のスターティングメンバーは、GK山下杏也加、ディフェンスラインは左からDF万屋美穂、DF鮫島彩、DF市瀬菜々、DF大矢歩。中盤はMFの宇津木瑠美と阪口夢穂がダブルボランチを組み、左サイドにMF長谷川唯、右サイドにMF中島依美。2トップにFWの横山久美と田中美南が並んだ。
今大会の日程は国際Aマッチデーに当たらないため、センターバックとしてなでしこジャパンの守備を統率するキャプテンのDF熊谷紗希が招集できず、その穴をどのように埋めるかが一つの重要なポイントだった。そんな中、初戦のブラジル戦で高倉麻子監督がとった戦略は、左サイドバックを本職とする鮫島のセンターバック起用である。
スピードを活かした攻撃参加を持ち味とし、なでしこジャパンの左サイドを長く支えてきた鮫島が最終ラインの中央に立つのは、この試合が初めて。複数のポジションに対応できることを求め、「選手が持っている良さや可能性を引き出したい」と、すべての選手に対して様々なポジションでの起用を示唆する高倉監督らしい抜擢と言えるが、今大会の準備期間は実質2日で、ほぼ「ぶっつけ本番」である。さらに、左サイドバックの万屋はこの試合がA代表デビュー戦で、センターバックを組む市瀬と右サイドバックの大矢も、A代表出場は4試合目。世界大会上位の常連国であるブラジル相手に、初々しい顔ぶれが並ぶ未知数の急造ラインは果たしてどこまで通用するのかーーそれはチームにとって、適応力や状況判断など、様々なことを試すチャレンジだった。
【拮抗した前半】
試合開始30秒、ブラジルの先制攻撃が日本を襲う。日本の右サイドを突破され、深い位置から上がったクロスに、中央でFWルドミラがヘディングで合わせた。シュートはバーの上に外れたが、日本はキックオフ直後のタイミングでピンチを招く形に。
ブラジルはその後も隙あらば、3トップに左サイドハーフのガビを加えた4人がドリブルを活かして中央突破を仕掛けてくる。日本はボールを動かしながらブラジルの勢いをかわしてビルドアップを図ったが、特に序盤、最終ラインのボール回しはパススピードやポジショニングに手探り感があったことは否めず、呼吸が合わずにパスがタッチラインを割ってしまう場面も見られた。
そんな中、機転を利かせたポジショニングで最終ラインをサポートし、パスワークに安定感をもたらしたのが、宇津木だ。宇津木はセンターバックの2人の間に下りて実質3バックのような形を作り、ビルドアップに参加。
この形について、宇津木は「サイドバックに高い位置を取らせたいという狙いがあった」と振り返る。
3バックにすることで、ブラジルの2トップのプレッシャーを回避しやすくなり、左サイドバックの万屋は、高いポジションで味方のパスを引き出し、左利きの強みを活かした思い切りの良い攻撃参加を見せるなど、良いプレーが見られた。また、宇津木が最終ラインに下がった際の中盤の穴を左サイドハーフの長谷川唯がカバーするなど、2列目と最終ラインの柔軟なポジションチェンジでブラジルのプレッシャーに対応した。
守備から攻撃への切り替えの早さも、日本の流れを加速させた。
象徴的だったのは、前半15分の場面。ブラジルの攻撃の起点となるトップのマルタがピッチ中央でボールを受けた際、日本はすかさず、宇津木と阪口、そして市瀬が3方向から囲んでプレッシャーをかけた。たまらず、マルタがこぼしたボールを長谷川→中島→宇津木→長谷川とダイレクトでつなぐと、テンポよく前線の田中にボールをつなぐ。田中から長谷川へのラストパスは相手に阻まれてシュートに持ち込めなかったが、断続的にプレッシャーをかけ続けることで、ブラジルのカウンター攻撃をけん制した。
しかし、問題は、ボールを奪った後の攻撃である。攻撃のスイッチとなるような縦パスがFWに入らず、ブラジルの最終ラインの裏を狙った阪口のロングパスも、なかなか味方とタイミングが合わない。宇津木は「前半は、相手云々というよりは、自分たちで攻撃の扉を探せていなかった」と、振り返った。
ブラジルで最も怖い存在だったのは、やはり、背番号10をつけるマルタだ。
過去にFIFA年間最優秀選手賞を5年連続で受賞したこともあるブラジルの大黒柱は、周囲のサポートをおとりにして、鋭い切り返しとフェイントを活かしたドリブルで日本のディフェンダーを2人、3人とかわして、最後は強引にシュートまで持ち込める強さと巧さがあった。
実際、前半の残り10分間はブラジルに流れが傾き、マルタのきわどいシュートが2本、日本のゴールを襲ったが、GK山下がセーブし、ピンチを切り抜けた。ブラジルがロングボール一発で日本の最終ラインの裏を狙ってきた場面でも、山下は的確な判断で飛び出し、日本のディフェンスライン裏の広いスペースをカバー。最終ラインの市瀬、鮫島と連携しながら、しっかりと足下でパスをつなぎ、日本のビルドアップの起点にもなった。
そんな中、44分には田中が絶妙の動き出しで、ブラジルのペナルティエリアに侵入。相手を3人引きつけた横山からスルーパスを受け、相手GKと1対1の決定的な場面を迎えたが、田中のシュートにブラジルのGKが反応してブロックされ、両チーム、決定機を決め切れずに無得点のまま前半が終了した。
【勝ち切れなかったなでしこジャパン】
後半、日本は早い段階で前線にボールを入れる狙いを見せた。そんな中、61分に万屋に代わって左サイドバックにDF北川ひかるが投入された直後に試合が動いた。
停滞し始めていた空気を打破したのは、後半に投入されたFW籾木結花だ。
「前半を(ベンチで)見ていて、自分たちのミスからカウンターを受けるシーンが多かったので、後半は自分がミスを減らして、数少ないチャンスをものにすることを心がけてやりました」(籾木)
62分、籾木は相手陣内右サイドからゴール前にライナー性のクロスを上げた。このボールが相手のクリアミスを招き、バーに弾かれたボールがゴール前にこぼれた。中央から走り込んだ田中が無人のゴールに左足インサイドで流し込もうとしたが、ボールは無情にもバーの上へ。
しかしその1分後、左サイドを突破した中島のクロスに、中央で横山と田中が相手DFを引きつけた裏のファーサイドでフリーだった籾木が、ヘディングでブラジルゴールに叩き込んだ。
待望の先制点を奪った日本は、その4分後にも、籾木がゴール前中央で相手を引きつけ、左サイドからペナルティエリアに走り込んだ中島に絶妙のスルーパスを通して決定機を演出。GKと1対1になった中島は、切り返してシュートを放ったが、コースはブラジルのGKバーバラに阻まれた。
日本の先制点が生まれたあと、マルタを中心に、ドリブル突破やシンプルな放り込みで総攻撃を仕掛けてきたブラジルに対し、高倉監督は6つの交代枠をフルに使い、FW菅澤優衣香、FW泊志穂、DF高木ひかり、MF猶本光を次々に投入。しかし、ブラジルの流れが続いた。
何とか同点に持ち込みたいブラジルの攻撃が続く中、87分には日本の右サイドが崩され、ゴール前に入れられたグラウンダーのクロスを、山下が相手と交錯しながら前に弾き、こぼれたボールを宇津木が前方に蹴り出した。しかし、このクリアボールが、日本のペナルティアーク手前で待ち構えていたブラジルのMFカミーラの足下へ。カミーラはワンタッチでボールを前に転がすと、日本のゴールまで20mほど離れた位置から、ワンステップで右足を振り抜いた。日本のゴール前を固めていた5人のディフェンダーの間を縫うように、その強烈なシュートはゴール右上に突き刺さった。
その後は、劇的なゴールによって土壇場で同点に追いついたブラジルの勢いを制止しつつ、2点目を狙った日本だったが、試合はそのまま1-1で終了。日本は初戦で、惜しくも勝ち点3を逃した。
【残り2戦に向けて】
勝てなかった理由を考えると、やはり、チャンスを活かせず、2点目を奪えなかったことが挙げられる。
日本がリードを奪った70分前後には、ブラジルに疲れがみえた。だからこそ、ブラジルの希望を打ち砕く「あと1点」が必要だった。
後半、クロスから籾木が決めた1点は、複数の選手が間接的に絡んで決めた理想的な形だった。それ以外にも、横山と田中の連携から生まれたチャンスや、途中出場の菅澤と泊に両サイドハーフの中島と籾木が絡んだチャンスなど、新たな得点につながりそうな機会が3回あった。しかし、相手のプレッシャーや自らのミスによって、ゴールを決められなかった。試合後、高倉監督は
「ワールドカップやオリンピックでは、さらに1.5倍から2倍のプレッシャーが来ると考えて、常に、判断の精度とスピードにこだわっていかないといけません。最低限のスピード感とか、ゲームの雰囲気を感じながら、日頃からのプレーを心がけてほしい」(高倉監督)
と、ゴール前での決定力アップに期待を込めた。
セットプレーからの得点のパターンを構築することも、今後の課題である。
また、終盤の10分間は、1点のリードを守り抜く戦い方もあった。その点、交代で入った選手も含めてボールを持った際の失い方が悪く、ブラジルに勢いを与えてしまった。時間帯によって戦い方を徹底することは、引き続き、日本にとって課題となる。
守備面に目を向けると、流れの中から崩された失点がなかったことは、急造の最終ラインをチーム全体でカバーした成果でもある。
両サイドバックが同時に攻撃参加した場面でカウンターを受けるなど、チャレンジした中でバランスを崩した場面もあったが、それを差し引いても、十分な収穫と言える。鮫島は、持ち味のスピードと、長年の経験を活かした守備のリスクマネジメントで、初のセンターバックをしっかりと務め上げ、センターバックのコンビを組んだ市瀬は1対1の場面で落ち着いた対応を見せつつ、ここぞという場面では中盤まで飛び出してマルタのボールを奪うチャレンジも成功させた。
終盤に失った1点は、相手を褒めるべきゴールとも言えるが、防げないシュートではなかった。
ミドルシュート自体はそれまでにも何本か打たれていたが、山下が的確な判断で防いでいた。しかし、ブラジルの選手たちが放つミドルシュートの質が国内リーグのそれとは明らかに違うことを、山下自身は試合中から感じていた。43分に、ゴールから30m近く離れた位置からブラジルのMFアンドレシーニャにミドルシュートを打たれた際、山下がパンチングでゴールの上にはじき出し、コーナーキックに逃れた。そして、その直後に山下は渋い顔で首を傾げている。その理由を聞いたところ、こんな答えが返ってきた。
「ミドルシュートを打ってくることは頭に入っていたのですが、シュートがこのパワーで、このスピードでくるのか、ということにびっくりしたんです。それなら、シュートを打たせることもダメだな、と思いました」(山下)
終盤に決められたカミーラのシュートも、同じように山下の想像を超える威力だった。ゴール正面から、日本の壁の中央を抜けるように飛んできたカミーラのシュートに対して、シュートの直前に重心を逆に置いていた山下の反応はわずかに遅れているが、それでも、手を目一杯伸ばしてボールを弾き出そうとした。しかし、その手を弾いたボールの勢いは、スタンドの上方から見ていても十分に伝わってきた。思い出したくない失点であることを承知の上で、あのシュートの威力は国内にはない強さだったのか?と聞くと、山下は苦笑いを浮かべながら認めた。
「そうです。パワーとスピードに、目が反応しきれていなかったなと。今までに受けたシュートで一番強烈でした」(山下)
この試合で日本が直面したようなゴール前での相手のプレッシャーやミドルシュートの威力などは、こういった国際大会でしか味わえないものだ。だからこそ、この貴重な機会にそれらを体感する中で、ミドルシュートを打たせない守備や、強豪相手に点を獲るために必要な感覚を、選手が自らの肌感覚で体得してほしい。
日本はこのブラジル戦から中2日で、現地時間7月30日(日)に行われる第2戦のオーストラリア代表戦に臨む。オーストラリアは初戦でアメリカ相手にいくつかの決定機を作り、1-0で勝利した。アメリカは多くの決定機を活かすことができず、オーストラリアにとっては、アメリカに勝った史上初の快挙となった。日本がオーストラリアと対戦するのは、2016年2月29日のリオデジャネイロオリンピック予選で1-3と敗れて以来。今大会ではその雪辱を果たし、第3戦のアメリカ戦につなげたい。
大会の模様は、NHK BS1で、以下の日程で生放送される。
7/31(月) なでしこジャパン(日本女子代表) vs オーストラリア女子代表 6:18キックオフ
8/4(金) アメリカ女子代表 vs なでしこジャパン(日本女子代表) 11:15キックオフ
(※時間はすべて日本時間)