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「倉本ドラマ」の新作と女優「浅丘ルリ子」

碓井広義メディア文化評論家

現在、脚本家の倉本聰さんが、連続ドラマの“新作”を書いている。ロケは、この秋からだという。また「倉本ドラマ」が見られるのだ。それだけでドラマファンはわくわくする。しかもNHK朝ドラと同じように、毎日放送する「帯ドラマ」だ。放送は来年の春から。タイトルは『やすらぎの郷(さと)』(テレビ朝日系)である。

●浅丘ルリ子と石坂浩二

ドラマの舞台は、一世を風靡した芸能人たちが暮らす老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada(ラ・ストラーダ、イタリア語で『道』)」。かつての大女優や人気俳優が一つ屋根の下で晩年を過ごすのだ。過去と現在とのギャップ、病と死の恐怖、残り火のような恋情など、それぞれが葛藤を抱えているはずで、“やすらぎ”どころか、濃厚な人間喜劇が展開されることだろう。

倉本さんは、具体的な役者を想定した“あて書き”をする作家だ。配役には、その意向が大きく反映される。今回も八千草薫、有馬稲子、山本圭といった名前が並ぶが、主人公で、倉本さん自身を思わせるベテランシナリオライターを演じるのは石坂浩二(75)である。そして本作のヒロインともいうべき”大女優”役が浅丘ルリ子(76)なのだ。

よく知られるように、2人は30年間も夫婦だった。結婚のきっかけは、倉本さんが書いたドラマ『2丁目3番地』(日本テレビ系、1971年)での共演であり、夫婦役が本物になったのだ。結婚から45年、また離婚から16年。元夫婦が「倉本ドラマ」で再び共演する。加えて、結婚前に石坂の恋人だった加賀まりこ(72)も出演者の一人になっている。脚本家・倉本聰が仕掛ける、虚実皮膜の人間ドラマが期待できそうだ。

●上梓された自叙伝『私は女優』

先日、浅丘ルリ子は自叙伝『私は女優』(日本経済新聞出版社)を上梓した。この本には、石坂との出会い、倉本さんに付き添われた石坂が浅丘の実家を訪れた結婚申し込み、楽しかったという結婚生活、さらに離婚の経緯も率直に綴られている。伝わってくるのは、”離婚会見の5日後”に再婚した石坂に対する、まるで慈母のような愛情だ。

これは別の見方もできる。浅丘の中に、強い執着心がないのだ。いや、ないのではない。お金も、着るものも、宝石も、男に対してさえも、執着することは、みっともないことだと信じているのだ。もはやそれは美学といえる。ただし例外があり、それがたった一人の男だった。

そう、熱烈な恋愛といえば、「運命の人」にして「結ばれぬ恋」と本人が書いている、日活時代の小林旭である。スターがスターだった時代。「一目会ったときから私は恋に落ちていた」とはいえ、その成就は難しかった。しかし、私生活の不幸さえも血肉に変えていくのが役者の業(ごう)だ。

浅丘ルリ子は今も美しい。年齢など超越した美しさだ。私見だが、人類には3種類ある。男と、女と、そして女優。本物の女優は、単なる女ではなく(もちろん男でもなく)、まったく別の生き物である。これは、プロデューサー時代にドラマの制作現場で接してきた女優さんたちから学んだことだ。

やはり浅丘ルリ子はこれまでも、そしてこれからも”大女優”なのである。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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