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安倍政権の盗人猛々しい言い訳は通用するか

田中良紹ジャーナリスト

佐賀県知事選挙は滋賀、沖縄に次いで自公の推す候補が敗れた。安倍政権は「統一地方選挙や農協改革に影響はない」と平静を装い、敗因は候補者だった樋渡前武雄市長の政治手法にあるとして自らの責任に頬かむりをしている。盗人猛々しいとはこのことだ。

敗れた樋渡前武雄市長の政治手法を高く評価して候補者に推薦し、それに異を唱える者の政治生命を断とうと懲罰的な対応を取ってきたのは誰なのか。地方の声に耳を傾けず中央が強権的に行う安倍政権の政治手法が、沖縄に続いて「NO」を突き付けられたのである。この結果は決して軽くない。

安倍政権にとって佐賀県は特別の意味を持っていた。古川佐賀県知事は原発再稼働もオスプレイ配備も容認してくれる頼もしい味方であった。その古川氏を国政に参画させ、後任に古川氏と同じ考えの人間を擁立して波長の合った中央と地方との関係を確立する。それを安倍政権は考えた。

これは地元の考えではない。安倍政権の都合である。そして古川氏の後任として古川氏と同じ総務官僚出身の武雄市長樋渡氏に白羽の矢を当てた。一般的に官僚出身の地方首長には「改革派」が多い。生活者マインドで政治を見るより経営者マインドで政治を見ているのである。樋渡氏は民間活力を導入して改革を進める市長として有名だったが、それがアベノミクスを推進する安倍政権に評価された。

一方で佐賀県の選挙区は0増5減の対象となり選挙区が3から2に減った。佐賀3区の保利耕輔氏が引退を表明したため、普通なら小選挙区は1区と2区の現職がそのまま公認されるところだが、古川氏の国政参画が検討されたため、2区の現職今村雅弘衆議院議員は九州比例ブロックへの転出を要請された。無論、名簿上位で遇する条件でである。

こうして古川氏が佐賀2区の小選挙区候補、今村氏が比例上位の候補者になる運びだった。ところが安倍総理が昨年末に突然解散した事によってシナリオに狂いが生まれた。そもそも古川氏は今年4月まで県知事を続け、任期切れをもって国政参加を表明するつもりでいたが、任期途中で辞めざるを得なくなる。

しかし大義もないのに県知事を辞める訳にはいかない。自民党佐賀県連が立候補を要請する形にして古川氏の国政転出は決められた。そして後任の県知事候補として樋渡武雄市長の名前が中央から下りてきた。

樋渡氏は昨年4月の市長選で3度目の当選を果たしたばかりである。まだ任期は3年以上も残っている。それが安倍総理の突然の解散によって任期途中で職務を投げ出す事になった。佐賀では県知事と武雄市長がいずれも突然の解散で職務を途中で投げ出した。

安倍政権のTPPに対する姿勢や農協改革に反発する声は農村に沈殿している。その声なき声に安倍政権は耳を貸そうとしない。そこに生活者マインドとは距離のある官僚出身の改革派市長が県知事候補に押しこめられた。そこで地方の怒りが爆発した。

今村氏は党本部の決定に従わず、佐賀県JAが推す元総務官僚の山口祥儀氏を支持する。すると安倍政権は比例名簿上位優遇の約束を反故にして今村氏を名簿の31位にランクした。落選が決まりと思われる順位である。党の決定に従わない者は政治生命を断つという見せしめ的な懲罰であった。

ところが自民党が大勝したおかげで、当選する筈のない今村氏までもが当選する事になった。それから行われた佐賀県知事選で、安倍政権の推した樋渡候補は4万票も差を付けられて落選した。意に従わなければ政治生命を断つ。その安倍政権の強権的な政治手法が敗れたのである。

総選挙を受けて「安倍総理の求心力が高まる」とメディアは言うが、私はそうは思わない。やる必要もない選挙をやったことで賞味期限は短縮されると考えている。第一次安倍政権で安倍総理を退陣に追い込んだ二階総務会長は「敗因を徹底分析すべき」と言いだした。高村副総裁も「負けに不思議なし」と言っている。

それは「樋渡前武雄市長の政治手法に責任をなすりつけて終わりにするな」と言う意味である。候補者に責任があると言うのなら誰が候補者を選んだのか。自民党県連を分裂させ、意に従わない者の政治生命まで奪おうとしたのは誰なのかと言っている。それを「徹底分析」すれば安倍政権の政治手法が俎上に上る。

意に従わない沖縄県知事を冷遇し、懲罰的な予算配分を押し付け、日本人の中に対立と分断をもたらす政治手法が問題にされているのである。かつての自民党にはなかった政治手法が、中曽根内閣から始まり、小泉政権を経て安倍政権に引き継がれた。

それはアメリカのレーガン政権から始まる新自由主義の経済政策と軌を一にしている。かつてのアメリカには「思いやりのある保守」が存在した。共和党の保守本流はリベラルな顔を持っていた。あくまでも正義を主張するのではなく、最後はそれぞれが譲歩する妥協の政治こそが民主主義と考えられていた。

それが最近では「勝ち組」と「負け組」が対立する政治に置き換えられている。そのせいか至る所に分断が見られ、格差も激しくなった。それが世界的なテロの温床になっていると私は思う。それぞれが利益を少しずつ譲歩する政治から、正義の追求のためには決して譲歩しない政治への転換が世界を苦しめているのである。

安倍総理の言う「この道しかない」はまさに妥協のない政治である。そして困るのはそれを正義だと信じ込むオツムである。佐賀県知事選の敗因を「徹底分析」すればそうしたところにまで行きつくはずだが、メディアに持ち上げられているうちは恐らくそうはならないのだろう。それでは救われない政治が続く事になる。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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