五輪組織委員会を巡る騒動でも露呈した旧態依然とした社会を鋭く問う。キラキラしていない湘南映画
「ある殺人、落葉(らくよう)のころに」とタイトルがつけられた本作は、湘南エリアの大磯を舞台にしている。しかし、湘南もしくは大磯に多くが抱くであろうビーチや海、青春や夏といったキラキラしたようなイメージは皆無。むしろ、眩いばかりの光の裏に普段は隠れている地元で生きる人間の闇に目を向ける。
ただ、それは湘南という土地の話にあってあらずというか。多かれ少なかれ、ここで描かれる幼なじみの男4人組のおかしなパワーバランスで成り立つ人間関係やいつのまにか掟ができた仲間意識というのは、日本のコミュニティや会社の組織といったあらゆるところにも当てはまる。先ごろ起きた、東京オリンピック組織委員会をめぐるゴタゴタで露呈した旧態依然とした組織の在り様、いわゆる体育会系の上下関係といったことに、遠からずつながっていることが「ある殺人、落葉(らくよう)のころに」には描かれているといっていい。
本作は社会の何を描き、日本の何を浮彫にするのか。その作品世界を手掛けた三澤拓哉監督と、主演のひとりである中崎敏の2回の対談から紐解く。
はじめに、「ある殺人、落葉(らくよう)のころに」を紐解くには、前段として三澤監督の前作に当たるデビュー作「3泊4日、5時の鐘」(2014年)を振り返らなくてはならない。実はこの作品は、同じ湘南である三澤監督の地元・茅ヶ崎を舞台にした恋愛劇。中崎にとっては俳優デビュー作であるとともに、スタッフとしても参加し、深く関わった作品となる。
監督はまったく考えていなかった(三澤)
「3泊4日、5時の鐘」で監督デビューするに至った経緯を三澤監督はこう振り返る。
三澤「明治大学卒業後に日本映画大学に入学して、映画作りを職業として意識しはじめたんですけど、もう実際に現場を体験したくて、製作プロダクションの『和エンタテインメント』にインターンとして大学2年のときから入らせていただいたんです。
最初に現場に入った作品は深田晃司監督の『ほとりの朔子』で、そのあと女優でもある杉野希妃監督の『マンガ肉と僕』などの作品に関わって、主にアシスタント・プロデューサーや助監督として現場を経験させていただきました。
その流れで、ありがたいことに『和エンタテインメント』のプロデューサーの小野光輔さんから、『大学を卒業する前に1本監督してみてはどうか』という提案をいただいたんです。僕自身は監督よりプロデューサー志望だったんですけど(苦笑)。
なので、監督はまったく考えていなかったんですけど、いざそういうチャンスをもらったら、スイッチが入ったというか。なにか勢いで脚本を書いて、監督したというのが『3泊4日、5時の鐘』の正直なところです。
まだ映画大学に通う単なる学生ですから、製作費も大きくない。撮影日数も一週間とかで、ほんとうにミニマムな映画で。
小野さんから『エリック・ロメールとか、ホン・サンスとか、そういった作品を参考にしながら、男女関係の機微を表現できるような作品になればいいよね』といった助言をいただき、参考作品も提示してくれて。それを受けて僕が自分なりの生まれ育った茅ヶ崎の舞台に脚本を書き上げていきました。
といいつつ、もともとは鎌倉で考えていたんですけど、映画に登場する『茅ヶ崎館』という旅館がお借りできることになって、それで地元になったところがあります」
ほんとうに自分が監督をするとは思っていなかったという。
三澤「当時の自分のイメージでは、監督って、もっと個性的というか、我が強いというか。自分の確固たるビジョンがある人がやるものだと思っていたんです。たとえば、自ら号令をかけて、その目標に向かってさまざまな人を牽引していくような。そうしたリーダーシップがある人がやるものだと思っていた。
僕はどちらかというと自分でなにか発信するというよりも、聞き役で。
日本映画大学で1年生のころから実習レベルですけど、プロデューサーをやると、講師の方に『ああ、三澤は、何か、プロデューサーに向いてるね』とけっこう言ってもらったんですよ。だから、その気になったところもあるんですけど、『自分はプロデューサーに向いているんだろうな』と思っていました。
ただ、監督をするチャンスをいただいて、いざ脚本を書いたりとか、現場でいろいろと指揮する中で、監督業に目覚めたというか。映画作りに対する自分の新たな意欲のようなものが確認できて。そこからは、もっと監督として映画作りをしてみたいというふうに変わっていったんです」
映画の裏方から、実質、主演に
一方、中崎は「3泊4日、5時の鐘」にひょんなことから関わることになる。実質、主演といってもいい彼だが、当初は出演する予定もなかった。
中崎「クレジットを見てもらうとわかるんですけど、僕のところに『新人』と書いてある。その通り、俳優デビュー作になりました。
当初は出演の予定はほんとうになかったんですよ。当時、友人が『和エンタテインメント』で制作の手伝いをしていて、『3泊4日、5時の鐘』の出演者、柳俊太郎君の本読みの代役を頼まれたんです。
自分は大学を卒業して、まだ事務所にも所属しておらず、演劇の学校に行っているときで。ちょうど夏休みだったので、いい機会だと思っていったら、『制作も手伝ってほしい』となった。
まあ、演劇の学校に通っていて、舞台ももちろんやりたいと思っているんですけど、自分はもともと映画が好きでこの業界を目指したところがあるので、ちゃんとした映画作りの現場が知ることができると思って、参加することにしました。
なので、最初は完全にスタッフとしてかかわることになったんです。映画の制作のボランティアを集めるために大学にプレゼンに行ったりしてました。企画書をもっていって。
劇中で使用したセットも、何件か交渉しに行きました。たとえば、ラストに結婚式のシーン。会場がサーフボードに囲まれていますけど、あれも茅ヶ崎のサーフショップに行って、僕が交渉してお借りしています。
それで制作助手みたいなところから始まったんですけど、いろいろと諸事情あったみたいで(苦笑)。それで、杉野さんと小野さんに食事に誘われて、何を言われるのかなと思ったら『この役をやってみないか』と。
自分としても最初は、単純に友達の力になれればぐらいだったので、(出演は)よもやという感じでしたね(笑)」
中崎さんが新人のことより、自分に監督が務まるかの不安が大きかった(三澤)
こうして三澤監督と中崎は出会うことになる。
三澤「はじめにあったときはスタッフなので、僕としては『手伝ってくれてありがとうございます』でしたね(笑)。たぶんよろしくお願いしますとか交わした会話も挨拶程度だったんじゃないかなと」
中崎「そうですね。ほんとうに、そんな感じだったと思います」
三澤「たぶん呼ばれて来たら、『映画の本読みあるので、じゃあよろしく!』みたいな感じだったでしょう?」
中崎「そうです、そうです(苦笑)。たぶん三澤さんとちゃんとした会話をもったのは、出演が決まってからだと思います。
はじめのころ、僕自身は、三澤さんもそうですけど、ほかのスタッフも誰が誰だかわからない(笑)。年齢も離れた方から、僕よりも年下の人もいたりで」
三澤「助監督の市原大地さんと、カメラマンの上野彰吾さんがダントツの大ベテランで。その他のスタッフの多くは、自分の学校の友達という体制でした。しかも、僕も新人。今考えると、凸凹な体制だったなと(笑)。
そんなところで、諸事情あって、知春役を中崎さんに演じてもらうことになったんだけど、不思議と不安はなかった。
『中崎さんがいいのでは?』という案が出たときに、改めて脚本と照らし合わせてみると、『むしろ当初想定していた人よりも、中崎さんのほうが合っているんじゃないか』みたいに思えた。
だから、中崎さんが新人でとかあまり不安はなかった。
むしろ不安は僕自身のこと。なにせ監督1作目だったんで、うまく物事を運べるのかといった漠然とした不安の方が大きかった(笑)。
あと、中崎さんはどう思ったかわからないけど、実際に話したときに、きちんとコミュニケーションがとれたというか。お互いに思ったことが伝え合えた感触があったんですよね。
それもあって、不安なかったと思います。何か言っても『通じてるかな?』と、思うことが中崎さんと話したときはなかった。それで、僕も新人監督で、中崎さんもデビューで、一緒にそれぞれの能力を高めていけたらいいのかなと思ったことを覚えています」
中崎「そうですね。お互いの志みたいなものを確認したというか。僕が、いまだに覚えてるのが、知春役が決まったばかりのとき、三澤さんが『5年後、10年後になったときに、こういういきさつで決まったというのを後で笑って振り返れたらいいね』みたいなことを言ってくれたんですす。それは、まだ何ものでもない自分にとっては心強かったし、すごい励みになりました」
俳優としてやっていく覚悟が生まれた(中崎)
こうして二人がタッグを組んだ「3泊4日、5時の鐘」は、とある旅館で一緒の時間を共有することになった男女の恋愛模様を描いた一作。ただ、すれ違い、なかなかうまくかみあわない男女の愛がシニカルかつコミカルに綴られる一方で、その笑いのブラックなところも。あまり日本独特のとは落とし込みたくないが、限りなく閉ざされた村社会で生じる愛憎や、正すことよりもその場を取り繕うことでないものとする社会の在り様といったことを鋭く突き、社会派のどこか持ち合わせている。
その作品は国内のみならず、海外映画祭にも渡った。この作品で得た手ごたえを二人はこう語る。
三澤「日本の社会には、なにか、あったことをなかったことにするところがあるというか。もみ消すというか、その場を取り繕うことがある。
たぶん、それは自分の中にもある。たとえば、親戚の集まりでなにか気まずい雰囲気になると、ちょっと自分が冗談めかしたことを言って、その場を収めるみたいな。
不穏なものをなかったことにする。でも、実際は解決してない。先延ばしにしているに過ぎない。こういう行為があらゆるところであるのではないか。そういったことを恋愛劇ではるんですけど、映画だったら表現できるのかなと思ったところがあります」
中崎「新人ですから、右も左もわからない。もちろん、現場はすごい緊張をしました。
完成した作品を見ての印象は、やっぱり自分はへたくそだなと。ただ、自分の演技の反省点はあったんですけど、それを置いといて、ひとつの作品として見たときに、すごい好きな作品と素直に思えた。
この作品に関わることができた。この作品にはじないように、『今後、もっともっと俳優として成長していかないといけないな」と思いました。俳優としてやっていく覚悟みたいなものが生まれたところがあります」
それぞれのデビュー作を経ての第2作
先で触れた「3泊4日、5時の鐘」で実は社会のブラックな側面に踏み込んでいる点は、「ある殺人、落葉のころに」に確実に引き継がれている。
そして、劇内で、キーパーソンとなるのが、中崎が演じる知春だ。彼は旅館で起きる男女の恋愛の光と影を、ちょうど中間点にいて体験するような人物で、すべての物事をみている傍観者のような存在として居続ける。そして、言いたいことがいえない、我が強くない。害がなく愛想もいい。当たり障りのない性格ゆえに人のいいなりになりがちな人物でもある。
この中崎が「3泊4日、5時の鐘」の知春役で果たした「キーパーソン」と「人物像」という役割もまた、「ある殺人、落葉のころに」で中崎演じる瀬田知樹へと引き継がれているところがある。
三澤「『3泊4日、5時の鐘』が、恋愛劇として受け入れられて、楽しんでもらうことができた。
ただ、僕の勝手な思い込みなんですけど、地元で『ちょっと当たり障りのいい映画を撮ってる人』みたいな感じで見られるのがちょっと癪で(笑)。『地元思いの青年』みたいな目で見られるようになるのは嫌だなと。
そういう僕の天邪鬼な性格があった上で、海外映画祭を回る中で、同世代が、もっと社会に踏み込んだ映画というか。エッジの効いた作品を撮っていることに刺激を受けた。
それで、次の作品はもっと社会的というか、歴史や社会や人間の闇に踏み込んだ作品をつくりたいという思いを抱くようになりました」
そのプロジェクトが始動することを中崎は待っていたという。
中崎「以後、比較的定期的に三澤さんとはお会いしていて」
三澤「実家でバーベキューやったりね(笑)」
中崎「それで、『こういう作品を考えているので、お願いしようと思ってる』みたいな話をいただいていて。2作目を絶対に撮るということを確信していたので、正式に連絡が来たときは、いよいよその時がきたかといった感じでした」
(※後編に続く)
「ある殺人、落葉のころに」
監督・脚本:三澤拓哉
出演:守屋光治 中崎 敏 森 優作 永嶋柊吾
堀 夏子 小篠恵奈 盧 鎮業 成嶋瞳子 大河原恵
ユーロスペースほか全国順次公開中