「ブラックパンサー」のSAG受賞はポリコレか?
ハリウッドのアワード戦線が、予期せぬ展開を見せた。全米映画俳優組合賞(SAG)のキャスト賞に、「ブラックパンサー」が選ばれたのだ。
SAGに所属する役者たちが、出演者全体の演技に対して投票するキャスト賞(通称、アンサンブル賞とも言われる)は、作品賞的意味をもつもの。プロデューサー組合賞(PGA)の打率には劣るとはいえ、これまで50%近い確率でオスカー作品賞と一致してきた。SAGキャスト部門にノミネートすらされなかった映画がオスカーの作品賞を取ったことは、過去に2度しかない。また、俳優がアカデミー会員の中で最も多い人数を占めることも、この賞が注目される理由である。
今年のSAGキャスト部門候補作は、「ブラックパンサー」「ボヘミアン・ラプソディ」「ブラック・クランズマン」「クレイジー・リッチ!」「アリー/スター誕生」。「ROMA/ローマ」「女王陛下のお気に入り」「グリーンブック」「バイス」は、候補入りを逃した。オスカー作品部門候補作は全部で8本だが、以前の記事にも書いたとおり(オスカーノミネーションが発表:作品部門は5本の熾烈な争いになるか?)、実質的には、「グリーンブック」「ブラック・クランズマン」「女王陛下〜」「ROMA 〜」「アリー〜」の5本レース状態。その中で、ノミネートだけはやたらと多いのに受賞を逃し続けている「ブラック・クランズマン」と「アリー〜」にとって、ほか3本が候補入りしなかったSAGは、弾みをつける絶好のチャンスだった。
なのに、プレゼンターのジョディ・フォスターが読み上げたのは、「ブラックパンサー」だったのだ。当の本人たちにとっても意外だったようで、同作品に主演するチャドウィック・ボーズマンは、「まさか自分がしゃべることになるとは思いませんでした」という言葉で受賞スピーチを始めている。しかし、その後は、黒人は映画や舞台で主役にはなれないのだと言われつつ、「自分たちには世界に提供できる特別なものがある」と信じ、ここまでがんばってきたのだと続けた。
彼の言葉に対しては、アワード史上に残る感動のスピーチだとする賞賛が寄せられている。しかし、それと同じくらい、アクション中心のスーパーヒーロー映画が演技の質に対して贈られる賞を取ったことに対する疑問の声も上がった。業界やエンタメ系サイトのコメント欄には、「俳優の授賞式番組だと思っていたら、アファーマティブ・アクション(社会的に不利な状況に置かれている人たちを優遇する措置)の番組だったんだね」、「誰ひとりとして個人ではノミネートされなかった役者が集まった作品が勝つの?単なるポリティカル・コレクトネスじゃないか」(今作のキャストは、オスカーにも、SAGにも、主演、助演部門にいっさいノミネートされていない)、「僕は驚かなかったな。左翼がただ肌の色で選んだだけでしょ」などの書き込みが見られる。一方では「やったぞ、『ブラックパンサー』!」「あなたたちを嫌う人たちの血圧を上げることができてよかったね」というようなコメントもあり、受け止められ方はさまざまだ。
商業的映画でも演技が劣るわけではないという訴えか?
しかし、理由は本当にポリコレだけだったのか。もしそうならば、「ブラック・クランズマン」でもよかったはずだ。
スパイク・リーが監督した同作品は、70年代、コロラド・スプリングスで初の黒人刑事となったロン・ストールワース(ジョン・デビッド・ワシントン)が、白人を装ってKKKのメンバーと電話で話し、ミーティングには白人の同僚刑事(アダム・ドライバー)を送り込んで捜査をするという、驚きの実話を語るもの。その頃の状況がトランプ政権下の現代にどれほどつながっているのかも強調するなど、時事性にもあふれている。ドライバーは、オスカー、SAG、両方の助演男優部門に候補入りしているし、結局は逃したものの、ワシントンも両方に食い込むのではと思われていた。
ここで思い出されるのは、2017年だ。この年、SAGは、その後まもなくオスカーを取ることになる「ムーンライト」ではなく、「ドリーム」に賞をあげている。どちらも黒人キャストだが、「ムーンライト」の北米興行成績が2,700万ドルだったのに対し、「ドリーム」は1億7,000万ドル近くを売り上げる、一般からも愛された作品だった。今年の候補作にしても、「ブラック・クランズマン」以外はすべてメジャー系の大ヒット作だ。オスカーと違い、SAG授賞式はケーブルチャンネルでの放映で、一般の関心ももともと低く、視聴率狙いとは思えない。しかし、ほかのアワードがアート系映画を偏重しがちなだけに、商業的な映画だって演技の質が劣るわけではないのだと言っているのだろうかと考えてしまう。
いずれにしても、この結果は、「ブラック・クランズマン」と「アリー〜」にとって、とりわけ手痛かった。来月10日の英国アカデミー賞には、この2作品もノミネートされているが、ここでは英国王室ものである「女王陛下のお気に入り」が強いと見られている(ほかの候補作は『グリーンブック』と『ROMA〜』)。そして、英国アカデミーを予想どおり「女王陛下〜」が取ったとすると、なおさら今年のアワードシーズンは、ばらばらになる。これまでのところ、PGAは「グリーンブック」、SAGは「ブラックパンサー」、放送映画批評家協会賞は「ROMA〜」だ。
それはつまり、希望はまだ誰にでもあるということ。2年前には、「ラ・ラ・ランド」が圧巻してきたのに最後は「ムーンライト」だったという出来事があったばかりだ。オスカーの投票開始は、英国アカデミー賞発表2日後の来月12日で、締め切りは19日。寝る時間を惜しむキャンペーンも、いよいよ最終段階となった。結果がどうあれ、ゆっくり寝られる日々は、もうそこまで来ている。